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マレー語では明けましておめでとうを、SELAMAT TAHUN BARU (セラマット タフン バル)といいます。 TAHUN BARUは 新年で、ちなみにチャイニーズニューイヤーは、CINA (チナ) を付け加えると、 TAHUN BARU CINA
、チャイニーズニューイヤーとなります。

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スリー、トゥー、ワン、ハッピーニューイヤー〜〜〜〜〜。 2004年1月1日が華やかに始まりました。 今年の正月はクアラルンプールで迎えました。
日本での正月は、もう、20年くらい味わっていません。 お正月といってもあまり、ピンときません。 マレーシアではマレー人、華人、インド人の多民族国家で、それぞれの民族がそれぞれのお正月を迎えます。 1月1日の元旦は、宗教、民族の違いに関係なく、皆が一丸となって新年を祝います。 とは言え、1月1日が祭日となっているのはジョホール、ケランタン、ケダ、ペルリス、トレンガヌ州以外の州です。 私の住むケダ州では、1月1日は特に何もありません。 テレビで、クアラルンプールの人たちが、カウントダウンしているのや、歌手たちが歌っているのを見る程度。 それでも、午前0時になると、どこからともなく、爆竹や花火の音で寝ていた子供も起きてしまいます。 ケダの田舎から出てきた我々家族は女房のお姉さんの家に泊まりました。 大晦日の夜は、我が娘は、お姉さんの子供、つまり、従姉妹達とKLCC(今は世界2位のノッポのツイン・タワー)に夜空に打ち上げられる花火と歌手たちの熱唱を見に出かけました。
そんなのテレビでも中継しているのですが・・・。 |
今、マレーシアでは海外からの特にインドネシア、バングラデッシュなどからの労働者が多く、日本と同様、3K(きつい、きたない、苦しい)の仕事に就く人が減り、こうした外国人労働者に頼っています。 これらの人たちは、契約で3年などと滞在期間が決まっており、この間、帰国も出来ず、こうした催しに仲間同士で参加しています。 先日のハリラヤ・プアサのときも、故国へ帰ることの出来ない彼らは、クアラルンプールで同じ仲間同士、時間を費やしたようです。
日本では、お正月は1月1日です。 これは何を祝っているのでしょうか?
日本は1873年(明治6年)に太陽暦を導入。 その年の豊饒を約束する年神様を迎えてお祭りするもので、門松を立てたり、しめ飾りをしたり、鏡餅を飾って年神様を心から歓迎する日です。 「明けましておめでとうございます」は、実は新しい神様を迎え入れ、称えることの表しのようです。 今では、年末に皆で行く年を送り、新年を迎えます。 正月には皆が家に集まり祝います。
マレーシアも皆が帰郷して集まって祝う意味の正月があります。 各宗教ではそれぞれの暦があり、その上に西暦が一般的生活のリズムとなっています。 この宗教的な暦上での正月は単なる年の始まりで、皆が一同の下に集まるようなものではありません。 マレー人は断食月の明け、ハリラヤ・プアサが皆、帰郷して祝います。 公休日は2日間。 この前後1週間が多くの民間の会社では休みになります。 仏教徒の華僑人はやはりチャイニーズニューイヤーです。 公休日は州によりますが、1〜2日間で、華僑人ベースの民間会社ではやはり1週間ほど休みになります。 華僑人は1年休まず働き、このチャイニーズニューイヤーでたっぷりと休みます。 ヒンズー教のインド人は光の祭典、デパバリーと体中に針を刺すタイプーサムです。 公休日は1日。 キリスト教はクリスマスで公休日は1日です。
1月1日は、新しい都市を迎えるという意味で皆エキサイトします。 日本では昭和までは誕生日ではなく、お正月に全員歳をとるという慣わしがあったそうですが、マレーシアではやはり誕生日に歳をとります。 でも、やっぱり、歳はとりたくないですね〜。
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