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第九話          2001年7月08日
怖〜いお医者さん
カテゴリー : 生活

第9話 「怖〜いお医者さん」

 海外で病気にかかったらどうする?
 先ず、英語で症状の説明をしなければいけない。 これが、難儀な技である。 症状が言えても、お医者さんの口にする医学用語は聞き取りにくいし、聞き取れてもそれが何かさっぱりわからない。 少なくとも、英和・和英辞典を準備していったほうがよさそうだ。 クアラルンプール(KL)では日本語の話せるお医者さんも結構いるようでKLへ赴任されたら、日本領事館などで確認しておくといいだろう。 私は、KLから約400Km北のスンガイペタニという町にいて、ここには日本人の話せる医者はなく、ペナン島に日本薬房という町医者があるのでここに行くとそこの先生は日本語を話せる(日本で学んだそうだ)。

 私がコタバルという東海岸のケランタン州の首都に赴任したのが1981年で私はそこに他の同僚に先駆けて少し早くから滞在していた。ある日曜日のこと、日本から応援部隊が駆けつけ、日曜日を海水浴で楽しんでいた。 私は他の出張者と違い一人、家を借りて住んでいた。その日は私は家で寝転がっていたのだが、突然、出張者の一人が仲間が交通事故に遭ったと駆け込んできた。話をきくと、海へ行くのに白タクシー(闇営業のタクシーで結構いっぱいある?)に乗っていて、無理な追い越しで対向車と衝突事故を起こしてしまったようだ。 なんと、、、。 急いでコタバルの総合病院へ飛んだ。 事故に遭った仲間は方から包帯をまいて、右腕を吊っている。 看護婦がレントゲンの写真をみて、鎖骨が骨折しているみたいだと言っているようだ。 言葉が通じない。 相手はマレー語、こちら片言に毛の生えたような貧弱な英語。 お互いに通じないのだ。 主治医が来て何かいうがよく分からない。 こちらは骨折しているという鎖骨のレントゲン写真を指すのだが、通じない。 というよりも、医者のほうがさじを投げたのか、「別状無い」と言い出した。 分けの分からない外国人相手が嫌だったのだろうか? そのレントゲン写真を持って町医者のところへ行ったが、そこも、総合病院がそういうので「別状なし」という。 現地の評判のいい骨接ぎ屋に現地の人に案内してもらって行ったが、そこも「外国人に対しては治療できない。 責任が持てない」と言うのである。 結局、明日のフライトで骨折のままその仲間は日本への帰路についたわけである。 1981年のことだった。 これは、多分外国人だというので、敬遠されたのではないかと思っている。

 次に、私は1982年に現地ではしかのような病気にかかった。 体中に赤い発心が出て、高熱に約一週間うなされた。 この間特に医者に見てもらわなかったが、 熱が引き始めた頃から、顔や足が異常に浮腫んできた。 足はスリッパさえもはけないぐらい浮腫み、血圧が上がったのだろうか早朝5時前から目がさめ眠れない。 排尿も回数が増えた。 高熱で寝ていたのは我慢できたが、ここまでくると医者に診てもらわないと不安である。 町医者に診てもらったが、ろくに私の浮腫んだ足を診ることも無く遠巻きにかつ事務的に高熱の後遺症で直ぐに浮腫みは引けると言っただけ。 それから2日後、コタバルからKLへ行く用事があり他の日本人の仲間に会った。 「普通じゃないぞ」とみな口々に言う。 私は経過を説明したが、大至急KLの診療センター(今のパンタイ・メディカル・センター)へ行った。 尿と血液検査の結果、急性腎炎だとわかり、即入院。 約10日間で食事と薬による治療で少し回復した。
その後、日本へ帰り3ヶ月間の静養休暇を取って完治した。 日本では大学病院で診てもらったが、腎炎になった原因がわからず、ただ高熱(しょう紅熱)より腎炎を併発させたとか。 

 今では、XXメディカル・センターとかいっぱいあり、病気をしても先ず大丈夫だ(病気なんか誰が喜んでなろものか!)。 昔はそう意味で怖かったが今でも注射されるのかなと思うとやっぱり怖〜い。

 でも、基本は辞書を持って行こう! だ。 
 
 
 

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