ハシからスミまで北海道です('98北海道旅行記)

☆日程 : 1998(平成10)年8月31日(月)〜9月13日(日) 13泊14日



< 目 次 >

<はじめに>

  大学に入って以来、夏になるとニューサイの合宿のため北海道を訪れた。
何時の間にか私も4回生になり、長期間旅行に出かけられるのも最後の年となった。
毎年北海道に行っているけれど、まだ行ってないところが多々あるため今年も北海道ツアーに
出かけることにした。
チャリ部なら自転車で北海道をまわるべきであろうが、北のハシから東のスミまで移動しなけらば
ならないので、車(レンタカー)を利用することにした。バイトもあるので日数は2週間弱しかとれないし。
それに引退しているから車で楽していいだろう。
  今回は、さらにリッチに寝台列車(ブルートレイン)で北海道に行くことにした。船や列車などのん
びりした交通機関を今後使うことは希であろうし、昨年の山陰旅行で約30分間ほど昼間に寝台列
車に乗ったとき、ぜひとも一度は寝台列車で寝てみたいと思っていたからだ。

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☆8月31日(月) 日本海1号

  17時40分に私は大阪駅の10番線に着いた。
  大阪17時47分発函館ゆき寝台特急「日本海1号」に乗るためだ。
  真っ青な車体の列車は既に到着しており、自分の座席である2号車6番上段(B寝台)へ向かった。
  この列車はB寝台のみのモノクラスで豪華さは感じられない(食堂車や電話もビールやジュースの
自販機もない。挙げ句の果てに車内販売も金沢到着までしか営業しない。)が、ブルートレインには
初めて乗る(寝るのは)ので、嬉しさも手伝ってか不満には感じない。
  唯一不満なのは上段のベッドに指定されたことぐらいだ。いちいちトイレに出かけたりするのに、はしごで登り
降りするのが邪魔臭い。そんなにお客さんはいないのに。下段にしてくれー。
  定刻通り大阪駅を発車した列車は、暫く通学で見慣れた景色の中を快走していく。乗車率はか
なり低い。函館まで17時間33分の旅が始まった。

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☆9月1日(火)  函館市(谷地頭温泉・摩周丸)・登別温泉

  青森で私のベッドの下にいたおばさんが降りた。このおばさんは金沢から乗ってきたが、かなり
いい香りのする香水をプンプンさせ、はじめは若い女の人だと思っていた私をがっかりさせた。
  青森駅では30分近く停車するので、ホームの売店で朝食のサンドイッチを買う。
  やがて、列車は青森を出て青函トンネルに入るが、このトンネルは今回3度目なのであまり感動
しない。単なる長いトンネル(約53キロメートルもある)だ。

  11時20分函館駅に着くと、まず市電で谷地頭(やちがしら)温泉へ向かう。2年前にも来たが、
建物が新しくなりとてもきれいになっていた。広い浴槽、何個あるのか分からないくらいある蛇口、脱衣室の広さ
はそのまま引き継がれ、露天風呂も新たに誕生していた。しかも市営なので安い。函館市内の温
泉はここが一番お勧めである。

  次に青函連絡船の摩周丸を見に行った。10年前青函トンネル開通とともに廃止された連絡船の
うち、この摩周丸と八甲田丸は展示施設として函館と青森に残っている。ほかの連絡船は外国航
路で第2の人生を歩んでいるのもあれば、ぼろぼろの姿になってあちこち転売されているのもあると
いう。
  1954(昭和29)年、台風15号(洞爺丸台風)により旧国鉄の青函連絡船「洞爺丸」含め計5
曹が沈没したが、その記事も展示されている。洞爺丸は史上最大の海難事故といわれる英タイタ
ニック号に次ぐ犠牲者を出した。映画「タイタニック」はヒットしたが、洞爺丸をもとにした映画を作っ
たとしてもあまり流行らないように感じる。洞爺丸は豪華客船ではない。席もJR(国鉄)の列車と同じ
く「グリーン」か「普通」という差しかない。

  それから、本日の泊まるユースホステルに向かうべく15時2分発札幌ゆきL特急「北斗13号」に
乗る。駅に入ると、発車20分以上前なのに改札が始まっていた。5号車の10A番が私の席だ。
  列車は定刻どおり発車し、立ち寄ってみたかった大沼は今回も列車から眺めることで我慢した。
このあと私や隣に座っていた横浜の若い女性3人組(切符をちらっと見たら横浜市内発と書いてあ
ったから)を驚かせる出来事があった。列車は大沼公園を出た後であろうか。後ろから20代後半の
女の人が歩いてきたのだが…。ただ付けるのを忘れてしまっただけならその女性があまりにもかわ
いそうなので事件の内容は省略させていただくことにする。ひょっとして露出狂か?何と大胆な。

  17時12分登別到着。駅からバスで10分ほど移動すると温泉街に入る。バス停から1分ぐらい下
るとYHあかしや荘が見える。お世辞にもきれいな建物ではないが、ペアレントのおばさんやヘル
パーさんがとても楽しく、毎年私は訪れている。今年のヘルパーさんは女性二人だった。このユー
スに我がニューサイ女子の合宿で利用したそうだが、その話をYHの人にすると、彼女たちはたくま
しくも汚く暗いユースのガレージで自炊し、食事をとったという。完全に合宿モードに入り、女を捨て
ていたようだ。
  同じ部屋の人(京都の大学生)と、銭湯とラーメンを食べに行った。そして、ユースの温泉にも入
る。毎年同じことをしている。

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☆9月2日(水)  富良野市・上富良野町(吹上温泉)

  レンタカーを借りるべく、汽車で富良野へ向かう。登別9時20分発札幌ゆきL特急「スーパー北斗
1号」に乗り、札幌では、4分のりかえで旭川ゆきL特急「ライラック7号」を利用。乗り込んだらすぐ
の発車だった。12時ちょうどに旭川に到着。
富良野までの汽車は発車まで1時間半弱ほどあるので、駅前ビル地下にあるカレーショップ
「クレイジースパイス」で昼食をとった。うちの回生では、御用達となっているカレーのおいしい店だ。
運もよく、翌日3日から5日まで仕入れのため休みという張り紙があり、無事今年もこのカレーと巡り合う
ことができた。

  13時24分発の富良野ゆきに乗車。1両編成のワンマン列車。満員。
富良野に到着後、すぐ予約している駅レンタカーの営業所に向かい、日産「キューブ」を借りた。
こんな新しい車で、背の高い車なのでうれしい。
  しかし、車の操作に戸惑った。この車のシフトレバーはハンドルのところにあるコラム式だがサイドブ
レーキはペダルだと思ったのに足元には見当たらない。よく見ると運転席左にレバーがあった。

  富良野は訪れるたびに大雨であったが、今日は晴天だった。ワイン工場だけ見学し、宿泊予定地の
吹上温泉キャンプ場(空知郡上富良野町)へ向かう。キャンプ場前の白銀荘で温泉に入り(600円)、
食事を作る。

その際私は今回の旅の中で最大の失敗を犯した。夕食のカレーを作っているとき「スパッ」と、
左手人差し指を切ってしまった。空も暗くなって症状も分からない。慌てて持ってきていた包帯で止血して、
これからどうしょうと考えた。助けを求めるにも隣のテント二つは仲良く話をしていて話しかけづらい。
反対側はカップルが楽しそうにしている。もう一つのテントは誰がいてるのかさえ分からない。とりあえず
辺りを片付け、白銀荘で病院の場所を聞き、上富良野町立病院へ一人で出かける。
車で山を20キロ降りて、病院に着くとすぐに3針縫われる始末だ。

  化膿止めと止血、痛み止めの薬をもらって、5,000円近く払った。本当に保険証のコピーを持っ
てきておいてよかった。私は職員の方々にお礼を言って病院を後にした。また20キロの道のりを帰
らなければならなかった。夜空を見ながら、サッポロビール「クラシック」(北海道限定販売)を飲ん
で寝るという夢は、一度も果たすことなくもろ脆くも砕け散った。

 本日の走行キロ  77キロメートル。

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☆9月3日(木)美瑛町・美深町

  朝、起きると天気もよかった。テントを出てトイレに行くと衝撃的なことが判明した。私は昨夜、け
がをしたあとすぐにトイレの水道に駆け込んだが、なんと女子トイレだったのだ。痛くは感じなかった
ので自分では冷静でいたつもりなのに、実は相当落ち着きを失っていて、女性用トイレを示すマー
クさえ私は判別できなかったのだ。よく車で無事に往復40キロの道を運転したものだ。今考えるとと
ても恐ろしい。

  出発前、白銀荘のおばさんに昨夜のお礼を言った。そのおばさんは余計にも、おもしろいからと
言ってエホバの証人の冊子をあげるという。確か、献血は駄目とか、科学を否定する宗教だったと
思う。要らないとはいえないので頂戴しておく。

  この日は7時出発で、来た道を戻るのはおもしろくないので、白金温泉経由で上富良野の町へ
向かう。国道237号線に入り、美瑛の丘の景色を楽しみながら旭川へと進む。旭川では洗濯を済ま
せ、下着が足りないのでスーパーで買うことにした。この日北海道サティー20周年記念セールとい
うことで朝の9時から営業しておりとても混雑していた。まだ9時30分なのにレジで列を作っていた。
主婦たちが家族の下着を持って並んでいる中に、私は入った。間の悪いことにレジはブラジャーな
どカラフルな女性用下着がいっぱい陳列してあるところに置かれていて、なんか気恥ずかしい。自
分の番まで10分近く待ったのではないかと思う。

  11時過ぎ、旭川を出発した。この日は美深町のキャンプ場に泊まる予定であったが、翌朝稚内
市の病院で消毒してもらう必要があったので、できる限り稚内に近づくことにした。寄り道して
朱鞠内湖(しゅまりないこ)に行く定だったが、カットした。
  13時半頃に美深町のキャンプ場に到着し、併設されている温泉に入ることにした。ここは入浴3
00円でとても安い。キャンプ場もきれいで無料で使えるのが嬉しい。ケガに水がかからないよう左
手をビニールで巻き、体を暖めないようにするためすぐに風呂から出た。
  国道40号線を更に北上すると、北緯45度線を示す標識を通過した。ここは赤道と北極の中間
点となる。

  その後、サロベツ原生花園を通り(何もないただの原っぱ。観光バスの大群が押寄せ、騒がしか
った)、17時兜沼キャンプ場に到着。このキャンプ場は昨年まで無料だったが500円とるようになっ
た。そのためか人気が落ちたと、ここで泊まっているチャリダーさん(30歳代の男性)から聞いた。こ
の夜から、けがによる激痛が襲ってきた。

本日の走行キロ  333キロメートル(累計410キロメートル)

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☆9月4日(金) 稚内市(ノシャップ岬・宗谷岬)紋別市・上湧別町

  午前8時、まず稚内市街地へ目指す。この日は曇りのため日本海から利尻富士の姿を見ること
ができない。ノシャップ岬に着いても景色はよくない。

それから、稚内市立病院に寄り、けがの症状を診てもらう。しかし、消毒の必要はないと先生に言われ、
包帯からカットバンに替えてもらっただけだった。
診察料800円ほど払い、診察券をもらう。大阪に住む私にとって、もう二度と稚内市立病院には
お世話になることはないであろうが。

  ひとまず安心して一路日本最北端の地、宗谷岬へ行く。到着すると、観光バスが停まっており、
ジジババたちの大群が集合写真を撮っていた。岬のモニュメントの前で写真に取ろうと思ってもな
かなか順番が回ってこないと思うので、諦めて昼食をとり、到着証明書を買ったりした。曇っている
ので樺太を見ることはできなかった。出発しようとするとちょうどモニュメントが空いていたので、写真
を撮った。

  昼からはひたすらサロマ湖、網走方面へ向かう。紋別空港に近いコムケ国際キャンプ場に行っ
たが、管理人は不在で小さい子を連れたファミリー一組だけがテントを張っていた。静かなキャンプ
場とガイドブックにあるが、静かすぎる。指に激痛が襲い、天候もよくないこともあり、バンガローに
泊まりたいと思ったので、隣の上湧別町の五鹿山(ごかざん)公園キャンプ場へ行く。

  本日の走行キロ  318キロメートル(累計722キロメートル)

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☆9月5日(土)網走市・美幌町・屈斜路湖・摩周湖・硫黄山・多和平

  早く目覚め、昨日風呂に入っていないのでシャワーで頭だけ洗い、7時にキャンプ場を発つ。天
気は晴れ。
  サロマ湖を眺めて、2年前もここ走ったなあと感じながら。
  9時半頃、網走市に入り、刑務所を移築した博物館と天都山(オホーツク流氷館)を見ることにし
た。実際の刑務所は、2年前に合宿のフリー時間に独りで行ったから今回はパス。やはり独りで観
光地へ行くと侘びしい気分になる。

  昼食は、網走市内の商店街にあったロッテリアで済ます。
  昼からは摩周湖や屈斜路湖方面に向かう予定だ。美幌峠に向かう道の途中で温泉があったの
で、体をさっぱりさせてから峠を登ることにした。
  1回生のときは霧で何も見えなかったが、今回の美幌峠は霧がかかってはいるが屈斜路湖が見
ることができ嬉しかった。ピーカンに晴れているよりきれかったのではないかと思う。

  山を降り、砂湯・川湯温泉を素通りし、硫黄山へ行く。車の空調を外気にしていたので硫黄の匂
いが車内に充満する。途中の砂湯のキャンプ場は合宿で2回泊まったが、この日もたくさんのテント
が張っていた。

硫黄山のレストハウスでジャガイモやとうきびが売られていて、それを見ていると、まるでアナウンサ
ーのように低音のきいた、いい声のまじめそうなお兄さんが「おいしいですよ」と言うので買ってしま
った。(どこかで買うつもりでいたので衝動買いではない)。

  それから摩周湖に行くと、予想通り霧が立ち込めていた。湖面を見ることができない。「霧の摩周
湖」と言われるようにここはめったに晴れることはない。前、来たときは晴れて、湖がくっきりはっきり
見えて運の良いのやら、悪いのやら。なぜなら晴れた摩周湖を見ると「結婚できない」とか、「出世
できない」とかいう迷信があるからだ。

  この日は、友人のお勧めである標茶(しべちゃ)町の多和平(たわだいら)キャンプ場に泊まる予定だ。
360度大パノラマが見られる展望台があり、地球が丸く見える。キャンプ場は展望台のある牧場の一角に
設置されている。星がきれいというが、キャンプ場に着く手前から無情にも雨が降ってきた。

  私は、レストハウス内にある受付でキャンプ場の料金(367円)を払い、レインウエアを着てテント
を張る。いつも私はテントを張る位置に迷うものだが、この日は特に悩んだ。小さい子供たちがワイ
ワイガヤガヤしていてこのグループの近くにするかどうかだ。どちらかというと孤独が好きな私である
が、けがをして、薬のおかげで食欲もなく精神的なダメージも大きく受けて、人恋しい。迷ったあげ
く、このグループの少し離れたところにテントを張る。余計に侘びしくなるかもしれないが…。

  テントを張っていると、チャリダーさんから声をかけられた。彼女は3日に釧路に着き、星を見るた
めずっといるそうだ。チャリダーのマキさんは言った。「あとでワインを飲みましょう」。私は言われる
まま約束した。
  雨がぱらぱらしていたので、一人で使うには大きすぎるニューサイのテントの中で、マキさんと後
からキャンプ場に到着した黒田さんと集まることにした。黒田さんは大学5年生で釣りをしながら北
海道を旅している。途中、自転車のサークルの合宿にも合流していたそうだ。珍しくチャリダーばか
り集まり(えっ?)、この夜はとても楽しかった。寂しさも紛わしてくれる。
  このころにはけがの痛みも和らいできたようだ。

  本日の走行キロ  250キロメートル(累計972キロメートル)

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☆9月6日(日) 阿寒湖・釧路市・厚岸町(愛冠岬)

  この日は多和平でイベントがあるので、連泊することにした。けがのおかげで、予定していた行程
より早く進んでいるし、これより2,3日は移動距離も短い。それにここからだと道東各地へ行く道が
伸びているので、交通の便もよいからだ。
  黒田さんは夕方4時ごろ友人と待ち合わせのため釧路駅へ向かう。それまで多和平にいるそうだ。
昼間にもイベントは行われているし。麻紀さんはオンネトーに行きたいと言う。私の予定していたコ
ースの一つに当てはまっていたので、この日はマキさんと一緒に行動することになった。

  今日も雨が降り、今宵も星は見られそうにない。阿寒湖までにある双湖台(そうこだい)(展望台)
からは案の定、何も見えない。阿寒湖畔を素通りし、オンネトーへ到着。
この湖(オンネトー)は見る場所で水の色が変わりとても神秘的だ。合宿で来たことがあるが、足寄の町
から延々と峠道をダラダラ登り、苦労した記憶がよみがえってくる。自転車で来るには、なかなかたいへんだ。

  もう一度阿寒湖畔に戻り、釧路方面へ南下する。
  釧路市内に入ると私はジーパンが血で汚れていたこともあり、新しいのを購入した。ちなみに釧路駅
前の和商市場は日曜日で休みだ。少し残念だ。まあ、2人とも魚介類には飢えていないのであまり
感動することはないが(私は魚屋の会社でバイトしている)…。昼食のラーメンをマキさんにゴッチャン
になり(車の運転の引き換えに)、厚岸(あっけし)に寄ってから帰ることにした。

  運転手を代わってもらうのも良いがマキさんは免許証を持ってきていないらしい。以前、旅行中
財布を無くして再発行してもらったことが理由だ。免許証不携帯の人が車の運転はできないし、た
とえ持っていても、レンタカーを借りるとき、代理の運転手を予め報告していないと、万一の事故発
生時、保険の対象にならない。

  厚岸に向かい、愛冠(あいかっぷ)岬へ行く。人が少なく静かだ。「愛」という字が入っているせいか、幸せの鐘
があったりする。曇っているのでどこか物悲しい雰囲気がした。

  標茶町内の温泉に入り、キャンプ場へ戻る。キャンプ場手前5キロの地点で前方から黒田さんが
釧路駅に行くため自転車で走ってきた。ひょっとしたら会えないと思っていたのだが、間に合ってよ
かった。時刻は16時半過ぎだった。

  18時30分から多和平カントリーフェスタ‘98の後夜祭が始まった。横浜からバンドを呼び、コン
サートは大いに盛り上がる。私は100円で羊肉の焼き肉を食べたり、とうきびをもらったりもした。こ
のイベントは標茶町があまり宣伝をしないので、地元の人が多く、とてもアットホームなお祭りだ。司
会のお姉さんも東京都荒川区から来た人と聞いていたのでプロの人と思っていたが、実は化粧品会社の
S社の社員で、今回は知り合いに頼まれてこちらに来たと言う。とても美人な女性で、テレビの宣伝(フ
ジテレビのコーナーで)にも出ているそうだ(顔は映らないらしいが)。

  ところで、今年で4回目になるこの祭りも、まだ一度も晴れたことがないそうだ。毎年8月に実施さ
れるところを、今年は秋晴れを期待して9月にしたが、雨だった…。来年はぜひ晴れてもらいたいものだ。

  前後するが、この日はカブ(50cc原付バイク)でやってきた亮さんがこのキャンプ場に来た。なん
とさきほどまでいた黒田さんと同じ東京都H市に住んでことが分かり(違うのが○丁目くらい)驚い
た。
  このような楽しいイベントと偶然巡り合うことができて本当によかった。機会があれば、多和平をも
う一度訪れて、今回は見ることのできなかった星を眺めながら寝たいと思う。

  本日の走行キロ  319キロメートル(累計1,291キロメートル)

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☆9月7日(月)  中標津町(からまつの湯・開陽台展望台)納紗布岬・霧多布岬

  星空を期待したいところであるが、レンタカーを返す期限があるので、諦めて移動する。8時出発。
このキャンプ場で知り合ったマキさんや亮さん達と別れを告げた。
今朝も残念ながら曇っている。

この日はまず、からまつの湯へ向かう。ここは、川の中にある混浴の露天風呂で、男女別の脱衣
場はあるが、浴槽は橋から丸見えである。女性はちょっと入りにくい野生味ある温泉だが、マキさん
はこの湯に入ったと言う。一応、念のため素っ裸ではない。セパレートの水着の下だけ着て、後は
タオルを巻いてだそうな。
地元の方も入るので全部水着を着るのは抵抗があったそうだ。余談だが、彼女は体育大学の出身で
ライフセービングの心得もあるそうで、男性の前で水着になる抵抗はないらしい。

  ここでは、釧路から来た若者3人組が川の水に飛び込んだり騒がしくしていた。こういう静かなと
ころに不釣り合いな行動ではあるが、一人で行動している私にとって、騒ぎあっていることに懐かし
さ、羨ましさのような感情が生まれてくる。

  次は開陽台(かいようだい)へ行った。元祖「地球が丸く見える」有名な展望台だ。
しかし360度何もなく地平線が見えるのは隣の多和平のほうで、開陽台展望台は牛馬の小屋が見えたりする。
通(つう)は標茶町の多和平のほうが良いと口を揃える。そのためか中標津町の開陽台は控えめに「330度の
パノラマ」と言っている。私は、両方とも天気のよくないときに来たので、景色の善し悪しは判断できないが、多
和平のほうが無名なので、観光バスの大群が来ることがないから静かでいいと思う。

  続いて日本最東端を目指し、根室の納紗布岬へ行く。次第に晴れてきたが、北方領土を見ることは
できなかった。この岬では、日本を車で一周するというおじさんと話したり、なぜか6人グループ
の写真に入ってしまったりするハプニングに遭った。この6人グループにいた一人の女性は、賑や
かな人で、多分ずっと傍にいてても、飽きないだろう。

  そして本日の宿泊地の霧多布岬のキャンプ場に向かう。国道44号線より海沿いを走る道道のほう
が景色が良さそうなので道道142号線を使う。霧多布も天気がよくないことが多いそうだが晴れてよ
かった。きれいな海岸を眺めることができた。かもめかなんの鳥か分からないがたくさん飛んでいる。

キャンプ場に着いたが、まだ暗くなるまで時間があったので濡れたテントを乾してから、近隣の
浜中観光ホテルの牛乳風呂に入りに行った。牛乳風呂はあまり濃くなく、においもしない。

  キャンプ場に戻り、コンビニで購入した弁当を車の中で食べる。
  それにしてもすごい風だ。テントのフライシートが飛んでしまいそうな音がする。支柱を折ってしま
ったらどないしよう。借り物なのに。

本日の走行キロ  310キロメートル(累計1,601キロメートル)

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☆9月8日(火) 浜中町(霧多布)厚岸町・中標津町・標津町(野付半島)・羅臼町(知床半島)

  昨日買ったパンと、家から持ってきていた紅茶を作って簡単な朝食をとる。

  この日は7時30分出発でアゼチの岬、琵琶瀬展望台、涙岬、あやめヶ原を通り、厚岸町に戻る。
朝も若干早いせいだろうか。人もあまりいなかった。広い駐車場のある、あやめヶ原も私一人だった。
なんとなくさみしい感じだ。しかし霧が多い場所だが、この日も晴れていて嬉しい。景色が良く見え
た。

道の駅スタンプラリーが10個以上たまって応募用紙を出す(抽選でプレゼントが当たる)ため、2
日前に来た道の駅(厚岸グルメパーク)に再び入る。途中からスタンプを集めたが、もっと早く始め
ていたらよかった。
  昆布アイスがあるそうだが、前回はソフトクリームしか目に入らなかった。売店内を探すと、冷凍
庫にカップのアイスがあり、バニラ、ミルクをはじめ昆布やかき牡蠣のアイスがあった。とりあえず昆布の
アイスを食べたが、昆布の味があまりしなかった。おいしい。そして2日前にも見た、屋上展望台に
もう一度登って、そこで休憩をとった。

  それから中標津町を通り、トドワラで有名な野付半島へ。トドワラは近年、海水による侵食が激し
く、駐車場から片道1.5キロも歩いて行くほどの価値はなくなっていた。時間をかけて行くにはもっ
たいない。疲れた。

  標津町のサーモン科学館を見学して知床半島に向かおうとしたとき、雨が降ってきた。知床の
羅臼町では熊の湯、苔の洞門を見て、相泊(あいどまり)地区へ行くことにした。
相泊は道道の行き止まりにある集落で、ここから先、知床岬方面へ行く道はない。
相泊温泉(露天風呂)があるくらいで、着いたころにはすっかり暗くなったので何もせず、引き返す。

羅臼峠にある、らうす自然とみどりの村キャンプ場に今日は泊まることにする。
ここにはトド肉を食べさせてくれる店があるが、もう閉まっていた。明日は早く発つ予定なので今回は
食べることができない。でも、聞くところによると、あまり美味くはないそうだ。

  知床峠の入り口にある国設キャンプ場はテントが一面に張られていたが、ここは4人グループとラ
イダーのカップル一組だけだった。このキャンプ場に着いたころには雨も止んでいた。

  余談だが、昨日と今日通った中標津はとてもあやしい町で、安全基準外のガスのカートリッジや
あやしげな宝くじが売られているそうだ。私が町内のホームセンターに行ったときには、ガスのカー
トリッジは売切れていて、実際には見てないが。また、恐ろしいことに、昼食をとろうと思っていた中
標津町役場の前にある森林公園(キャンプ場もある)は、7日に熊が出て立入禁止になっていた。

本日の走行キロ  357キロメートル(累計1,958キロメートル)
 

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☆9月9日(水)斜里町(知床半島)上湧別町

  幸いなことに寝ている間に雨は降らなかった。7時に出発し、知床峠を登り、宇登呂に向かう。
道は霧のため大変視界が悪く、30メートル先までしか見えない。案の定、頂上は霧の中だ。
ここからの景色は良いそうだが、何も見えない。真っ白だ。

  知床五湖では、一湖と二湖だけ見た。三湖から五湖まで見るには1時間も歩かないといけない。
それに熊も出やすいので、一人では危険だ。定期観光バスのガイドのおばさんと客である老夫婦と
歩くペースが同じになったので、ガイド付きの観光になった。なんと大型バスにお客さん2人らし
い。

  ここから先、カムイワッカの滝まで行く未舗装の道があるが、先日までの大雨のせいだろうか。が
け崩れの危険があるため通行止になっていた。開通時期は未定だそうだ。

フレペの滝(乙女の涙)の駐車場に車を止めると、「アーッ」と声がする。私も瞬時に反応した。何
とマキさんと彼氏さん(大阪府T市在住)だった。「何でここにいるの」と言うが、ここは、私の予定通
りのコースだ。こちらこそ「何でいてるんや?」と聞きたいぐらいだ。(でも言わなかった)。

一緒に滝まで行くことにした。2人は昨年、勇敢というか無謀というか立入禁止の宇登呂灯台へ行き、
熊を目撃したそうだ。

2人と別れ宇登呂の市街地に出て、高さ60メートルあるオロンコ岩に登ったりした。一気に登っ
たので、息が切れた。しかし景色は良かった。宇登呂では晴れたり曇ったりした。

  ウトロ市街からは離れたところにあるオシンコシンの滝を見ると、ここからは観光も終え、あとは、
車を返すため旭川に近づくのみだ。
  国道334号線で網走に向かうが、雨が次第に激しくなる。

  途中にある釧網本線北浜駅構内にある「停車場」という店のオホーツクラーメンがおいしいと以
前先輩から聞いたことがあるので昼食をここでとることにする。駅舎に入ると、また、あの2人が
いた。聞くと、昨年2人で書いたメッセージを探しているそうだ。駅舎内は定期券・プリクラ・名刺など
が壁一面に隙間なく貼られている。なぜか期限切れの免許証もある。大昔に「愛国」から「幸福」ま
でという切符が流行り、現在も旧幸福駅には隙間なく壁一面にメッセージがあるそうだが、まるでそ
のような感じだ。ちなみに現在両駅のある広尾線は廃止になっている。私も以前集めた、もう必要
のない大学の出席票(緑)を張りつけておいた。

  「停車場」に入り、私はカウンター席に座り、例のラーメンを注文。店内は客車風で座席は実際に
使われていた列車のボックスシートが置かれている。その上には荷物を載せる網棚がある。出され
たラーメンは塩味でたらばがに、いくら、えび、鮭、帆立などが入っていて、とても豪華でおいしい。
食べている間に、雨がすっかりあがって晴れてきた。勘定を済ませホームに出ると、きれいなオホ
ーツクの海が広がっている。ホームから海まで数十メートルしかないのだ。たしか「オホーツクに消
ゆ」というファミコンのゲームにこの北浜駅が登場したはずではないだろうかとふと思い出した。違う
かもしれないが。

  網走では洗濯をして、16時半頃、サロマ湖畔にあるホテルの風呂に入る。サロマ湖の夕焼けを
見ながら風呂に入ろうと思っていたが、ちょっと早すぎて、まだ太陽が昇っていた。
  無情にも、ホテルからキャンプ場に向かう途中でオレンジ色の夕焼け空が広がってきた。

  今日は、4日に泊まった五鹿山公園キャンプ場に泊まる。キャンプ場の受付は時間外なら公園
内のSさん宅でするのだが、ここのおじさんは相変わらず愛想がよい。
前回と同じ2番のバンガローにしてもらった。このキャンプ場はテントサイトと、公園内に置かれている
客車には無料で泊まれる。シャワーは4室あり、5分100円と安い。200円あれば十分足りるだろう。
到着直後は星空できれいだったが、すぐ曇ってきた。意外と丘から見える上湧別の街の明かりが明るい
のには驚いた。

本日の走行キロ  252キロメートル(累計2,210キロメートル)
 

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☆9月10日(木)旭川市・札幌市・千歳市(支笏湖)

  遠軽町・北見峠・上川町を通って10時頃、旭川に入る。ダンボールを入手するため先日のサテ
ィーに向かうつもりが道に迷いダイエーに着く。テントなどキャンプの道具を旭川駅近くの日通の営業所
から送って、12時にお世話になった「キューブ」を旭川の駅レンタカーの営業所で返却した。

  また今日もカレー店「クレイジースパイス」で昼食をとる。本屋などで時間をつぶし、15時発札幌
ゆきL特急「ホワイトアロー16号」に乗る。特急に乗るなんてかなりリッチと思われるかもしれないが、
JR北海道のYOUNG GO GO CLUBに入会する(入会金1,000円、入会資格は13〜25歳で
1年有効)と、特急利用時の運賃が45%OFF(一部区間は特急料金も割引)になり、札幌―旭川
間が自由席利用でなんと2,020円ポッキリだ。普通列車で行くと2,420円もするし、1日に片手で
足りるくらいの汽車しかない。所用時間も倍ではきかない。特急だと10〜30分間隔で運行してい
る。
  16時20分札幌に到着。ここからまたレンタカーで支笏湖ユースホステルに向かう。今回借りた車
は、トヨタ「スターレットルフレ」の4WD。燃費がかかるのでショックだ。
  支笏湖ユースホステルは日本最古の直営ユースで建物も大きい。今日同室になったのはライダ
ー君とチャリダー君の計3人だ。チャリダー君は自転車のプーリーが外れたので、明日何もすること
の決めていない私は、スターレットに自転車を積んで、札幌市内まで送ることを約束した。
  素泊まりの私とライダーの人とでラーメンを食べに行った。もう少し遅かったら夕食がなかったとこ
ろだった。私はお腹が減っていなかったが、ないのはちょっとつらい。

本日の走行キロ  214キロメートル(累計2,424キロメートル)

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☆9月11日(金)札幌市・定山渓・山中峠・洞爺湖・オロフレ峠・登別温泉

  自転車屋が開くまで時間があるので、チャリダー君と苔の洞門を見てから札幌に行くこと
にした。苔の洞門は岩一面に苔が生えていて触りたくなる。でも触っちゃダメ。
ここでも「熊に注意」の看板がある。

  札幌駅近くのユースにチャリダー君を降ろし、札幌ロフト内で昼食をとり、私は中山峠、洞爺湖、
オロフレ峠を経て室蘭市へ行こうとしたが、残り20キロの地点となる登別で眠たくなったので、また
あかしや荘でお世話になることにした。このコースは一度通ったことがあるのであまり楽しくなかった
が、登別手前のオロフレ峠の景色が今回は見ることができて、よかった。

  オロフレ峠は、以前に登別から登ったことがあるが、あまりの坂のきつさに死にそうな思いだった。
雨だったし、余計にしんどかった思い出がある。

  本日の走行キロ  278キロメートル(累計2,755キロメートル)

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☆9月12日(土)室蘭市・苫小牧市・札幌市・小樽市

  室蘭も過去2度行ったことがあるが、白鳥大橋が今年の6月にできたばかりなので渡りに行く。こ
の橋は自動車専用で歩行者、自転車、125cc以下のバイクは走行できない。

  今日は札幌で車を返し、小樽からフェリーに乗る予定だ。室蘭からは田舎といえども車が多く、ス
ピードが出ないし腹が立ってきたので、苫小牧から札幌までは、道央自動車道を使う。それに疲れ
もピークに達していた。

  14時半ごろ札幌駅に着き、15時11分発快速「エアポート145号」で小樽に行く。
  汽車の中で、隣の若い女性が「(クーラーが)寒いですね」と問いかけられたが、私はずっと長袖
のシャツを着ているので暑いぐらいだ。それが小樽到着直前だったのでもう少し小樽まで時間があ
ったら良かったのにと悔しい思いが込み上げる。もっと早くこっちから話し掛けても良かったなあ。
札幌からは約30分で小樽に到着する。

  フェリーの出港は23時30分なので、まだまだ時間はある。交通記念館、北一硝子に行き、夕食
は小樽駅構内のアサヒビール園でとった。意外にここの料理はいける。「小樽っ子丼」なるものを食
べたが、ウニ雲丹や数の子、いくらがとてもおいしい。北海道最後の夜なので、夕食に私は1,800円も
出したが、コーンバターラーメンなど安い料理もあるので、小樽へ来た際には立寄る価値のある店
だと思う。

  フェリーターミナルまでどうやっていこうかと迷ったが時間もあるので、バスの1日券も買ったことも
あって、フェリータミナルの近くまで路線バスで行き、残りは歩いていくことにした。フェリーターミナ
ルに着いて、不運にも船の中で食べるインスタントラーメンを小樽駅前のスーパーで買っていたの
だが、バスの中に忘れたことに気づいた。またフェリーターミナル前のローソンで買い直す羽目に
なった。

  ターミナルの駐車場で霧多布岬のキャンプ場で話したライダーさんと会った。このお兄さんは良
い人だが、あまり話がはずまないので気まずくなる。
  定刻よりやや遅れて敦賀港ゆきのフェリー「すいせん」は出港した。12日間滞在した北海道とも
お別れだ。私は小樽の夜景を眺めたが眠たいので、すぐベッドに駆け込む。

  本日の走行キロ  189キロメートル(累計2,944キロメートル)
 

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☆9月13日(日)帰路

  フェリーは20時30分に敦賀港に着き、バスで敦賀駅まで行く。
敦賀駅で船の中で知り合った登山のおじいさんと別れ、私は京都まで21時21分発大阪ゆきL特急
「雷鳥44号」に乗り(この電車に乗らないと家までたどり着かない)、京都からは新快速、大阪環状線、
近鉄線を乗り継いで、日付が14日に変わろうとする24時ちょうど自宅に到着。

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<おわりに>

  今回は1日平均300キロメートル近く、10日間毎日車を走らせたのでとても疲れた。もし今度北
海道に行くことがあれば、「滞在型」の旅にしたい。どこかベース(拠点)を作り、毎日アチコチフラフ
ラ、のんびり夜空を見ながらサッポロビール「クラシック」を飲みたいものだ。(なんかオッサンみたい)。
  今回の旅も、多くの人と出会いがあり、とても良い思い出を作ることができた。この場を借りて感謝します。
  また北海道に行けたらいいのに。そう願いながらこの愚作の旅行記を締めくくりたい。
  最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

1998年9月



 

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