Ironic Innocence


――1――


 私の変化とは関係もなく、何一つ変わらぬ風景。眩しい朝の日差しに、私は軽い目眩を覚えた。
 通い慣れた高校へのアスファルトに覆われた道は、その日差しを十分に含み、熱としてむせ返る臭いと共に放射する。
 朝、7時50分。
 私は今日も歩いている。今にも破れそうに薄い、紙のような現実の上を。

 いつも一人のはずの私の隣を、男の子が歩いていた。
 名は、井上馨(いのうえかおる)。
 私と同じ高校に通っている。年も同じ17歳で、少し髪が長く、少し背が高い。・・・何の変哲もない、と言ってしまえばそれまでか。ただ、1つ気になることに、口元が・・・何と言うか、気持ち悪い。色素の薄い肌に浮かぶ赤い唇、それは笑うときにわずがに吊り上がり、私に卑屈な印象を与えた。
 そんな、男の子。
 どうも、数日前から私たちは付き合うことになったらしい。私は、全く興味などないのに。まあ、むしろそれが原因で彼の申し出を断るのも気が引けたのだが。あまりにも真摯な態度に対し、あっさり断るだけの理由が見つからなかったのだ。
 ――それはそれで、何となく、彼に悪い気がした。
 今日も、私たちは言葉少なに高校への道程をただただ歩いていた。
 「・・・――・・・――」
 いや、口数が少ないのは私だけで、彼はそうではなかった。どうやら、私に何やら話しかけていたようだ。口が、ぱくぱくと金魚のようにせわしなく動いている。
 ただ、その言葉が私の中で結実することは稀だった。無論私も軽く受け答えくらいはしているのだから、全く分かってないわけでもない。しかし、彼の発するそれは、あたかも外国語であるかのように、注意して聞き取らねばならなかった。
 そこまでする義理もない。
 私はそう思い、ほとんどの話を聞き流す。それが、ここ数日間に得た対処法なのだ。
 ・・・それにしても、彼は、どうしてこんな面白みのない人間に関心を抱いてしまったのか。私はよくよく不思議に思った。
 社交性に欠け、無口。趣味も特技も無し。容姿も取り立てて良いことはない。むしろ、周囲と比べれば劣る方だろうと思う。
 あまりにも分からなくなって、一度彼に問いつめたことがある。
 ところが彼はどうしたことか、目を伏せ、ぼそぼそと分かりにくい言葉を更に分かりにくく綴ったため、私には一語として理解できなかった。
 それ以来、そのことについて言及することはしなくなった。何だか、馬鹿馬鹿しくなったのだ。
 「ねえ相原(あいはら)さん、聞いてる?」
 不意に横から声が聞こえ、どきりとして彼の方に向き直る。
 「お願いだよ、僕のこと・・・嫌わないで」
 彼の顔に不安が広がる。それは、脅えにも似た表情だった。
 ――何故だろう、この顔は見慣れている。
 「・・・何のこと?」
 珍しく私の中に響いた彼の声に、短く返答する。
 「キミは、僕の話もあまり聞いてくれないし・・・それどころか、僕の方を向いてもくれないから・・・嫌われてるのかなって、思って」
 言って、彼はうつむく。
 どうしたことだろう。今の彼の言葉の端々までが、明確な形を成して私の中に入り込んでくる。
 何だか、気味が悪い。
 「そんなこと・・・ない」
 やっとの思いでそれだけの言葉を吐き出し、私は沈黙した。
 何故だろう。こんなにも、
 ――こんなにも胸が熱い。
 恋、という言葉くらい知っているつもりだ。本というのは便利なもので、体験したことのないことでも、知識として自分の脳に刻み込むことができる。
 ・・・私の知る限りでは、この熱は「恋」のそれとは異質に思える。
 恋は経験していないが、この熱さは、何となく知っている気がするのだ。つまり、今の彼が持つ熱ではないモノ。
 ああ、何だか落ち着かない。
 しかし、何だか心地良い。
 ・・・結局、それが一体何なのか分からないまま、私たちは学校にたどり着いた。
 落ち着かない。心地良い。落ち着かない。心地良い。
 オチツカナイ・・・。
 私は初めて――直接ではないにしろ――彼と一緒にいることに興味を覚えた。




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