インドネシア到着


お仕事と家庭の両立で(やってたのかって?)少し疲れ気味だったお猿は、「南の島でのんびり暮らしたいなぁ」と神様にお願いした事があった。
そうなのです。確かに願いは叶えられた。(もう少し具体的に願えば良かったかもしれないけど(^^))

1997年9月29日。
2ヶ月程早く赴任した夫(なまけもの)に会えるのを楽しみに、お猿はJakartaはSekarnoHatta国際空港に降り立った。
実はアジアは始めて・・・。
人がウヨウヨのイメージとは逆に、「たしかここは国際空港のハズだったよね?」と思わせるほど、ガランとしている寂しい空港。

気を取り直し「でもさすがインドネシア!空港も南国風の良い薫り♪お香でもたいているのかな?」と思ったのだけど、何のことはないローカルのタバコ「ガラム」の臭いだった事を後で知る。

JakartaのImmigrationは、こずかい目当てで一筋縄では行かないと、事前に情報入手していたので「来るなら来てみろ!いざっ!Immiguration!」と、自信も無いくせに、意気込んで乗り込んだのけど、すんなりパス。

肩すかしにあったような気分で「おおっ。そうだ!次はポーターとの戦いだ!」と気を取り直す。
ポーターもチップ欲しさにかなりしつこいと聞いていた。
事実、なまけものは、現地では結構な額のチップを渡してしまい「水色の制服を着ている奴には気を付けろ!」と悔しそうに教えてくれていた。

お猿は、旅行用のインドネシア語の本で覚えたばかりの「Tidak! (No)」を頭の中で唱えつつ、(日本では忙しくて、始めて飛行機の中でインドネシア語の本を開いたの。)荷物をゴロゴロと引きながら出口へ進む。
確かにいる。沢山いる。
しかし、何故か誰一人としてお猿には近付いてこなかった。
何でだろう?女性が一人なんだから「鴨ねぎ」のはずなのに・・。

そうして何事もなく、ダーリンと久し振りの再会♪
その愛する妻への久し振りの言葉は「どうしたの?・・・その頭。」だった。
(確かに暫く美容院には行けないだろうと、セミロングからベリーショートに近いくらい切ってきたんけどさぁ。)

赴任まで時間が無く、病気以外の事は事前に何も調査しなかったので、ジャカルタが結構都会だった事にビックリした。
やっぱり私は、何処かでジャングルを想像してたんだなと確認。


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