お猿友人を作りそこなう前任者の奥様は、我が家の赴任前に既に帰国されていたので、日本でお会いできた。
その1つに「インドネシア語教師」の紹介があった。
何と、家庭教師さんに話をつけておいてくれたのだ。
お猿は、早速電話をして一度会う手筈を整えた。
彼女の名は「ジュアニタ」
始めてのインドネシア人のお友達(・・・になる予定)の彼女は、母親を日本人に持つハーフだった。
当然日本語ベラベラで楽チン楽チン。
お茶でもしようと「プラザインドネシア」に行くことに。
そこは、「Grand Hyatt Hotel」とも繋がっている、出張者や赴任したばかりの人が、ウロウロするのに丁度良いショッピングモールで、「そごう」も入っているため利用頻度も高い。
そこでケーキを食べ、そろそろ帰ろうと言うことになり、「来イ」まだ1・2週間のお猿を、彼女がホテルまで送ってくれることになった。
お猿の滞在しているホテルは「Tanah Abang」と言う、割と治安が良くないと言われている下町の外れにあった。
道々に見える光景は、アジア初体験のお猿にとって強烈で「おおーっ!なんて煩雑でアジアっぽいんだァ!」とお猿の好奇心を大いに満たしてくれた。
降りて歩いてみたかったのだけど禁止されていたし、右も左も解らなく、インドネシア語も話せないお猿が、身包みはがされても大変なので止めておいたけど、その判断は正しかったと今でも思う。
お猿の目に建物が映った。
朽ち果てる寸前に見えた建物に(当時はその様に見えたのだけど、その様な建物はジャカルタ中にゴロゴロしています)洗濯物が干してある。「凄いね。あの建物にも人が住んでいるんだ」と言った私の後に返ってきた返事は「私はあそこに住んでいるの。」・・・「!!!」。
聞くと親元を離れて一人で暮らしているのだそう。彼女は割と裕福だと思っていたので、まさか住んでいるなんて予想もしなかった。それ以上に穴があったら入りたかった。なんて無神経なことを言ってしまったのだろう。
そして、お猿は大反省をした。自分の基準や価値観だけで話をするのはとても危険。
最初に大コケしたので、それからはこういった失敗は無くなったけど、ジュアニタにはあまりにも気まずくて連絡できなくなってしまった。ごめんねジュアニタ。