グリーンファンタジーズを解明するためのキーワード 文:T.KAWADE
06.6.3、突然の解散宣言。
未来への希望に満ちたキーワードの数々は、すべて叶わぬ夢となった・・・
* =このページ内に解説あり
[あ]
RCサクセション
忌野清志郎、仲井戸麗市らによる日本ロック史を代表するバンド。90年代に活動休止し正式に解散はしていないが、09年に忌野が死去。初期はフォークバンドで、「ぼくの好きな先生」がヒット、その後ロックバンドとなる。「スローバラード」「雨上がりの夜空に」「サントワ・マ・ミー」などの代表曲があり、多くのミュージシャンに多大な影響を与える。はるなは五反田ライブで、フォーク時代の10秒弱のバラード「メッセージ」、芝公園ライブではギタリスト・仲井戸麗市が歌う曲「俺は電気」、高円寺オーディションライブではファンから意味不明と声のあがった「レコーディング・マン(のんびりしたり結論急いだり)」をカバー。マニアックな選曲である。
衣装
どうみても男性であるのに、はるなは自らを女性と言い張る。それを証明するかのように、過去、ピンクハウスTシャツ、チェリー柄のドレス、ブーケ、ヘッドドレス、ハイソックス、スクール上履き、レースクイーン、ピンクのメイド服、チアガール、ゴスロリを衣装として使用している。最後には脱ぎ捨てて全裸になるのが最近のお約束。
池袋Adm
ライブハウス。05.4.30、イベント会社「プロジェクト・ドン」*の主催ライブに、ドラマーに杜長*を迎え、グリーンファンタジーズとして組織暴力幼稚園*とともに出演。会場側・主催者に本性を隠し、本番ではノーパン*、バドミントン*、醤油*、初登場のレモン、有刺鉄線のフルコースのはるなパフォーマンスを見せたが、エンディングで有刺鉄線の巻かれた譜面台に前転でダイブを敢行した際、足元が狂って醤油の入った桶を直撃、ギターアンプにかかってしまうアクシデント。Admスタッフは電動ドリルでアンプを分解して醤油を拭き取って修復。怒りに震えるその姿を見るところ、正式に通達はされていないが、出入り禁止と受けとるべきであろう。
池袋手刀
ライブハウス。06.6.3、死神*企画、「変人の変人による変人のための演奏会 その弐」に、ドラマーにありさちゃんを迎えて出演。普通にリハーサルをし、本番では登場早々解散を宣言、荷物を持ってありさちゃんと共に帰るという、主催者、出演者、会場側、観客、すべてを欺くライブを決行。はるな憧れの大槻ケンヂ率いる特撮もワンマンライブを行ったことのあるこの会場での幕引きとなった。
池袋マンホール
ライブハウス。05.7.9にプロジェクト・ドン*の主催ライブが開催され、グリーンファンタジーズが初めて1番目以外で出演(5番目)。サポートドラマーにギタリスト・クリスチーネ葉月(ばきちゃん)*を迎える予定であったが、ばきちゃんがライブ直前に大槻ケンヂプロジェクトのギタリストに決定したため、急遽正メンバーである社長が名古屋から参上。それにしてもサポートが出れないので正メンバーを呼ぶというのもグリーンファンタジーズならではの感覚である。ライブでは、これまで女性らしい衣装を心がけてきたはるなが初めてその禁を破り、ホストくずれをテーマにしたスーツで登場、途中からネクタイで首を締めはじめ、社長はドラムから離れてダンス・パフォーマンスを披露。後半ははるなが毛蟹にダイブを敢行、エンディングははるなの全裸ダイブに社長の××*。初顔合わせの対バン、観客から社長コール、Oiコール、アンコールが沸くなど、過去最高の盛り上がりであった。ちなみにLIVE PHOTOのコーナーに前半の写真しかないのは、撮影をしていた主催者が、止めた方がいいか?と考え続けていたためである。
池袋LIVE IN ROSA
ライブハウス。03.6.20「異物挿入〜アクロバット馬鹿爛漫」と銘打たれたイベントに、はるなが2度目のぬいぐるぐるみ*のゲストとして出演。ヘディングで蛍光灯*を割るなど大暴れ。後片付けのスタッフを激怒させ、ぬいぐるぐるみとともに出入り禁止が通達された。
猪熊猛
かつて、喉を叩く「人間パーカッション」として活動のほか、レモンフーリガン*の東京ライブの主催者として存在していたが、恵比寿ライブの主催をはるなに任せて失踪。2年間に渡り行方不明となっていたが、03.3.16にトークショーで復活。失踪途中の逮捕歴が告白された。この日はすでに活動をやめている人間パーカッションが一日限りの復活。
命がけの唄
グリーンファンタジーズのキャッチフレーズだというが、このようなバンドのキャッチフレーズというのは自分でつけるものでなく、観客の口から出て、だんだんと話題になっていくものではないか? ま、カッコマンのはるなに何を言っても通用しないだろうが・・・
イントロダクション
芝公園ライブの一曲目。PAに提出する曲順表には、「ただのパフォーマンス」と書いてあった。ピンク電話の乗ったキーボードスタンドに飛び込んだのが曲だったのだろうか。
恵比寿GUILTY
ライブハウス。01.10.8に、猪熊猛音楽活動終了記念としてはるなが代理主催。自らも「女性ボーカリスト&社長」として出演。客席はまばら、トラブル連続と後味の悪いラストライブとなり、はるなはもう一度主催をする決意をするのである。
岡林信康
デビューは68年。「山谷ブルース」「くそくらえ節」「がいこつの唄」など、メッセージ色の強い歌詞を歌い、「フォークの神様」と称えられる。部落差別を歌った「手紙」の放送禁止は多くの人々に話題を投げかけた。現在は民謡や「えんやとっと」のリズムを追求した音楽を展開していると言われている。はるなは隠れた名曲「おまわりさんに捧げる歌」をカバー、恵比寿ライブの出演を締めくくった。
音痴
それにしてもはるなはボーカリストでありながらひどい音痴である。わざとヘタに唄っているのではなく元々ヘタのようだ。しかし昔はうまかったんだと言い張っている。「今はともかく、小学校の音楽の時間ではヒーローだった。うまいうまいと言われまくってファンの女の子もいたんだ。でも高校ぐらいから、鼻歌を歌うと『カーン!』と言われるようになってしまった」と語るはるなである。過去を追いすがるのは猪熊猛そっくりだ。
[か]
解散
過去、2度に渡って解散宣言=いつのまにか復活、を繰り返してきたはるなであるが、06.6.3池袋手刀での解散宣言だけライブにて完全に解散のようだ。
神楽坂DIMENSION
ライブハウス。03.3.28にぬいぐるぐるみ*のライブが行われ、ラスト2曲にはるながゲストとして登場。バドミントン*・パフォーマンスを披露した。
カルピス
はるなは06.1.9高円寺ライブで、使用が禁止されているはずの液体・カルピス(瓶タイプ)を持ち込み、ステージにまくのではと心配する主催者に「問題ない」と言い放ち、本番ではこのカルピスを原液で二本一気飲みしてみせた。そういえば瓶タイプは現在見かけないが、はるなは「お客様センターに電話して羽田の手前のスーパーまで行って買ってきたんだ。でも当日、高円寺の駅前の酒屋にビールを買いに行ったら売ってたんだ」とガッカリ。
看板
はるなはプレ・デビューとなった恵比寿ライブで「テレクラもしもしトマト新橋店」の看板を持ち込み、素手で破壊を試みるが叶わなかった。次の五反田ライブで再度持ち込み、今度はバットの力も借りて破壊に成功、ヒッププレスを敢行するなど重要な小道具として活躍。その後分解して粗大ゴミに出されたことはあまり知られていない。
主将(キャップ)
レモンフーリガン*が見い出した若手2人組ミュージシャン。社長*がドラムでサポートに入り、恵比寿ライブに出演が決定していたが、突如の解散のため出演中止。このため、社長*のドラムに合わせ、はるなが歌うという急造ユニットが誕生したのである。
鎖鎌(くさりがま)
悪役プロレスラー、ミスター・ポーゴが使用していた凶器で、刃がギザギザのカマとノコギリをチェーンでつなげたもの。かつて猪熊猛が人間パーカッションとしてのライブの際、似せて製作して小道具として使用。その後はるなが所持し、神楽坂ライブでは手に持って入場。すぐに放り投げてしまい使用することはなかったが、エンディングでぬいぐるぐるみの百眼氏がノコギリの部分で額を切り刻んだ。はるなはこのことをライブ後の百眼氏の日記で初めて知ったらしく、ノコギリの刃には血と肉片がついていたという。
栗
はるなは05.11.24高円寺ライブのエンディングで、本物のイガ栗に背中からダイブを敢行、ライブ後、「しばらく皮膚に残ったトゲと共に生きていく」との名言を残した。
グリーンファンタジーズのテーマ
五反田ライブの一曲目。PAに提出する曲順表には、「ただのパフォーマンス」と書いてあった。看板やテルミン*を壊したのが曲だったのだろうか。
クリスチーネ葉月(ばきちゃん)
ギタリスト。グリーンファンタジーズの首都圏ライブにサポートドラマーとして登場する。自主レーベル・ナスビレコード社長として、数々の個性的な作品を生み出してきた。05年には大槻ケンヂのバックバンドのオーディションに合格し、大槻ケンヂ&ヤングスのギタリストとなる。はるな、というか猪熊猛との交流は以外に古く、97年、今はなき筋肉少女帯オフィシャルホームページ・チャットがきっかけとなっている。
蛍光灯
五反田ライブでは、蛍光灯ごと看板をぶっ壊して破片を散乱させ、芝公園ライブでは後半から家電の蛍光灯を振り回し、最後には期待通り破壊。ライブ後、「耳の中から蛍光灯の破片が出てきた」とはるな。池袋ロサライブでは、共演のぬいぐるぐるみ*・百眼氏から渡された蛍光灯をヘディングで破壊した。
掲示板
このホームページに掲示板がないのは何故だろう。おそらく気の小さいはるなが、否定的なことを書かれたり、閑散となってしまったりすることを恐れているのだろう。
高円寺20000VOLT
ライブハウス。05.8.28、阿波踊りの日にグリーンファンタジーズが昼の部のオーディションライブに出演。サポートドラマーにクリスチーネ葉月(ばきちゃん)*を迎えて臨んだ。本番前に会場側から「液体使用、機材破損の禁止」が通達される中、はるなはばきちゃんの力強いドラムをバックに、「女の子の風呂上がり」をイメージしたバスタオル1枚のいわゆる「エッチ巻き」で登場。途中、バスタオルが落ちて全裸状態となり、湯かき棒で足を叩いて血を流す。エンディングは有刺鉄線に全裸ダイブ。オーディションを見届けたスタッフの苦笑いの意味は・・・。
オーディションには条件付きで合格、05.11.24、06.1.9(組織暴力幼稚園*企画)にこのライブハウスに出演。スタッフ、客席からの失笑を買っている。
候補曲
はるなは芝公園ライブで、当初4、5曲の演奏を予定していた。
前衛劇団モータープール/頭脳警察*、Blood Blood Blood/頭脳警察*、エミちゃんおめでとう/RCサクセション*、明日はどっちだ!/真心ブラザーズ、情報時代の野蛮人/真島昌利*、うな重/真島昌利*、東の島にブタがいたvol.3/爆風スランプ、ダッチワイフ/とうじ魔とうじ*、が候補に挙がっていたが、寸前で一曲勝負に変更した。
五反田BLUE GILL
ライブハウス。02.5.26、グリーンファンタジーズ・はるなとしての初ライブが行われた。当時の店長がとても寛容。その後、芝公園に移転し芝公園BLUE GILL*となったが現在は閉店しているようだ。
[さ]
素人
かつて猪熊猛がそうであったように、はるなもまた音楽に関しては全くの素人である。技術面は社長が一手に引き受ける。恵比寿ライブのリハでは、社長「8ビートで...」 はるな「あっ8ビートってわかんない!」と平気で言い放つから始末に負えない。猪熊猛は本八幡ルート14でのライブでリハ中、PAから放たれる用語が全くわからず、知ったかで乗り切った。
死神
軍服を身にまとった白塗りソロアーティスト。骨の随、爪の先まで‘日本人’であり、時に音楽、時に紙芝居という大胆な表現方法で、日本人としての誇りと異国への憤りを表現し続ける。ライブ企画者としても‘変人’を集めたライブを主催。はるなが観客として足を運んだ05年・年末の無力無善寺にて初遭遇。この日は、対バンのソロアーティストが観客にギターを教えるというコンセプトの「新谷ギター教室」の生徒役にはるなが選ばれてステージに上がるというおまけがついた。
杜長
誤植ではない。読みは「しゃちょう」。05.4.30、池袋アダム*ライブでグリーンファンタジーズ名義としては約1年半ぶりのライブが行われる。この日のドラマーは名古屋在住の社長*ではなく東京人の杜長。社長*が紙袋なら杜長はプロレスマスクで素顔を隠してステージに臨んだ。はるなのパフォーマンスやアクシデントにも動じない余裕のステージ度胸から、かなりの場数を踏んできた意外なアーティストと思われる。このコーナーの「た」行の田中くにひこ*氏ではないかという声が挙がっていたが、はるなは、「その日、田中氏が会場にいたのは事実だが、客席にいた田中氏とステージのドラマーの衣装が違えばそれは別人なんだろう」と発言した。
醤油
はるなは池袋ロサ・ライブで前回のバドミントン*・パフォーマンスとともに傷口に醤油をかけ、自傷パフォーマンスは更にエスカレート。ライブ後の楽屋でレモンフーリガン*のらいむさんがはるなの将来を心配して声をかける姿が印象的であった。
新宿HEAD POWER
ライブハウス。04.3.16に、voにはるな、proにmr.T・A氏を迎えた「グリーンファンタジーズtky.ver」のライブが行われた。「対バンの観客に魅せる」をモットーに、平日開催・出演順1番目という悪条件を敢えて選び、更にノープロモーションで臨むが、客席には身内が2人居ただけであった。
スターリン
80年代パンクシーンの象徴、遠藤ミチロウ率いるスターリンの曲からは、「勉強ができない」「fifteen」をカバーしているはるなである。
スネークマンショー
若い世代にはなじみが薄いかもしれないが、80年代初頭の音楽シーンで一世を風靡したギャグとロックのラジオ番組。中心メンバーは桑原茂一、小林克也、伊武雅刀で、アルバムも多数出している。あのYMOも関わっており、アルバム「増殖」では、曲とスネークマンショーが交互に収録された。はるなは学生だった90年代はじめにスネークマンショーを知って感動。「しもやけ」「ラジオの調整音」をライブのSEに採用している。
頭脳警察
パンタ、トシの2人組。日本で初めて日本語でロックを歌ったとされ、「世界革命戦争宣言」「赤軍兵士の歌」「銃をとれ!」といった過激な歌詞でアルバムの発売禁止を連発した伝説のバンド。はるなは01年に再発されたファーストアルバムから「世界革命戦争宣言」「赤軍兵士の歌」「戦争しか知らない子供たち」「前衛劇団モータープール」をカバー。
説教
五反田ライブ後、出演全4アーティストの代表者が店長に呼ばれ、それぞれ、看板破壊で蛍光灯の破片がステージに散乱(グリーンファンタジーズ)、水まき(ボボボボボイン)*、マイク破損(レモンフーリガン)*、火薬特効で火災報知器が反応、警備会社やってくる(東京ホルモン)*の説教を受けることとなった。
組織暴力幼稚園
園長先生率いる5人組バンド。客席に雪崩れ込む、観客と殴り合う、などのパフォーマンスが取り上げられがちだが、幅広い知識に裏打ちされた独特の世界観を確立しているところも見逃せない。池袋ロサ*ライブではるなソロ、池袋アダム*ライブ、自主企画高円寺20000V*でグリーンファンタジーズと共演。はるなは、「メンバーの名前のネーミングのセンス、それぞれの名前を並べた時のバランスは、オーラ(イカ天バンド)の1000倍上を行っている」と賞賛している。05年夏より始まっている高円寺20000Vを中心にした自主企画では、毎回個性あふれるアーティストを招聘、自らも全力でライブに取り組んでいる。「見たくない奴は帰れ、入場料は返してやる」と公言する、バンドの中のバンド。
[た]
対バン
グリーンファンタジーズの対バンとその観客ほど不幸な人たちはいない。特に予備知識のない初顔合わせの場合、交通事故を目撃してしまったような感覚を一方的に植え付けられてしまう。はるなは「対バンが口を聞いてくれない」と嘆くが、それは明らかに自分のせいだ。また、グリーンファンタジーズは出演順1番目が多いが、どんなに出演時間があっても5分程度で終わってしまい、スタート時間が予定よりまいてしまう2番目の出演者も不幸。ただ、あと片づけに時間がかかって結果的に出演時間をまるまる使うから同じことという声もあるが・・・。
TATOO
はるなは03.6.20池袋ライブの当日、幡ヶ谷のTATOOスタジオでグリーンファンタジーズのロゴを彫ってもらい会場入り。このため集合時間に遅刻してライブに臨んだのであった。ちなみにロゴはぬいぐるぐるみ*の百眼氏がデザインしたものである。
田中くにひこ
かつて、スーパーエンターテイメントバンド「ニュースペーパーズ」のボーカリストとして都内のライブハウスを席巻。「メジャーの大槻ケンヂかインディーの田中くにひこか」と言われた天性のMC術、アイデア豊かなパフォーマンス、技巧派と呼ばれた演奏力で90年代中盤のインディーズシーンに歴史を刻んだ。このころに会社員時代の猪熊猛がファンとして客席に現れている。
03.3.16名古屋にて、猪熊猛*復活トークショーの聞き手役としてステージに登場。持ち時間を忘れて喋りまくる猪熊猛*の横で会場の空気を読み取り、冷静に時間配分し見事に収拾させた。数年ぶりのステージでありながらも、その手腕は錆ついていなかったのである。
DOUBLE MAIN EVENT
五反田ライブ、芝公園ライブのタイトル。1番目が前座、2番目がゲスト、3、4番目がともにメインというコンセプトらしい。天龍源一郎が所属していたプロレス団体・SWSで使われていた呼び方からとったようだ。
テルミン
同名の映画が公開され話題となった電子楽器。ここでは箱型のイシバシテルミンを指す。はるなは五反田ライブでこのテルミンの使用を計画、看板に固定したはいいが、リハーサルで「いま開封したばっかり」と言い放ち、PAや対バンを爆笑させた。音が出ることは確認できたが、本番では音が出ず、すぐにステージに叩きつけて破壊。「入場時に看板に体当たりした時にコードが外れていた」ことがあとから判明。
〜TEMPORARY〜
猪熊猛*が主催していたイベント名。2度目の企画ライブ後に解散及び音楽活動終了。解散宣言では、今はない大槻ケンヂ・インディーレーベルに一人でこだわり、迷走を続ける結果となってしまったことを断罪している。そのこだわりようは、あの2ちゃんねるで批判されるほどであった。蛇足ながら、過去に開設していた筋少ファンサイトは「!m-room!」と云い、単語を記号ではさむのが好きなようだ。
東京ホルモン
四ッ谷フォーバレーを拠点に活動している「マーメイド・キッス」を脱退したギタリスト・由美嬢を中心としたカバーバンド。五反田ライブのトリをつとめ、椎名林檎ほかをカバー。「幸福論」の演奏ははるなのリクエストによるものである。
とうじ魔とうじ
ピアノの鍵盤にネズミを放して音楽を作ったり、輪ゴムを弾く音を「ワゴムレコード」としたりと個性的に活動する特殊音楽家。アルバムも「移動式女子高生」「とうじ魔とうじの声体験」とリリースしており、はるなは「とうじ魔とうじの声体験」から「ダッチワイフ」をカバーしている。この曲がグリーンファンタジーズの代表曲になるようだ。
戸田
はるなの名字。つまりフルネームは戸田はるなになると思われるが、「フルネームにすると戸田ハルナになるんだ」と言っている。細かいことにこだわる女である。名前の由来には固く口を閉ざしており、「いつか話すときもあろう」とのこと。はるながもったいぶるのはセンチメンタルな事柄が多いのでおそらくその辺りではないか。
ドリフ
五反田ライブの開演待ちBGMとしてはるなが選んだのは「ドリフ大爆笑25周年記念」の音声だけ録音したテープ。店長が大いに気に入り、「このテープください」。さらにはマイク破損のトラブルに、「ドリフのビデオダビングしてくれたら弁償はいいです」。偉大なるドリフはマイク代を超えたのだ。
[な]
謎の朗読レディー
猪熊猛*が人間パーカッション時代にボーカリストに指名、本八幡ルート14でのライブ歴もあるサキ嬢が、TEMPORARY*初企画・原宿ロサンゼルスのトップバッターとして、ソロ(一人芝居)で登場。アーティスト名は猪熊猛*が命名。過去に「枠があったら散文詩の朗読でもやるよ」とサキ嬢が言っていたのを猪熊猛は聞き逃さず、全アーティスト決定寸前に出演を依頼したという。そのエピソードを知ったはるなは今回、謎の朗読レディー2003と仮称を付け、「朗読にこだわらず好きにやりたいことを表現してほしい」と伝えたそうだ。過去の写真等の記録も残っておらず、何が起こるかは当日にならないとわからない。ちなみにサキ嬢は無恥鞭アナゴ、大日本意識革命軍狂暴、新沼GENJIのスタッフであり、「アナゴのお姉さん」の愛称でファンに親しまれている。この紹介文を読んだサキ嬢は「全然謎じゃないじゃん」とツッコミを入れたとか。 その後、謎の朗読レディー2003の仮称から「恋翔堕魔」と改名する。
なんか
はるなの口癖。五反田ライブのMCでは、わずか2、3分の間に実に6回言っている。ほかに「えー」も多い。
新沼GENJI
「トレンドロック」を掲げて活動、ライブを「ギグ」と呼び続ける一本気なバンド、新沼GENJI。ちなみに、伝説の筋少カバーユニット・人間パーカッションSRのデビューライブでの対バンがこのバンドである。芝公園ライブの出演に名乗りをあげたが、スケジュールの都合により出演中止となった。その後、はるなは主催を解散させるが、ぬいぐるぐるみ・百眼氏がその精神を受け継ぎ、自らの主催(03.6.20 池袋LIVE IN ROSA )で新沼GENJIの出演を実現させるのである。
ぬいぐるぐるみ
百眼氏、もの子嬢、による白塗りダンスユニット。芝公園ライブのゲストとしてはるな企画に初登場。はるなは「スクールウォーズを愛していることがなによりの共感だ」と言っている。
ぬいぐるみ
グリーンファンタジーズのライブでは、Lサイズのぬいぐるみがステージと客席を飛び交う光景が見られる。これははるながゲームセンターで獲得したものらしい。天才的なクレーンゲームの腕を持ち、出入り禁止のゲームセンターまであったという猪熊猛直伝のプレイで、大きいサイズのものも獲得することができるのだ。ちなみに客席でゲットしたら貰っていいらしい。「買うことはしない。必ずクレーンで獲得した物を使う」とこだわっている。
ノーパン
はるなはどうみても男性であり、スカートを多く用いるライブ衣装はどう考えても女装なのだが、「はるなちゃんは女だから女装じゃない」と言い張っている。さらにライブでは下着を着用せず、ノーパンで通している。まったく見苦しい限りである。
[は]
バット
猪熊猛*は有刺鉄線バットがトレードマークだったが、はるなは電話ボックスでよく見るホテトルのビラを蓑虫のように貼りつけて完成。小道具として欠かせない存在。それにしてもステージのギタースタンドにバットを置くのはどうかと感じる。
バドミントン
はるなは中学時代に部活動の名門・竹来中(茨城県)バドミントン部に所属。豪快な回転バックハンド、当時150cmの体をカバーする驚異のダイビング打ちを武器に最後までシャトルを追い粘って守るプレイが身上であった。毎回レギュラーではなかったが、うまいへたではなく魅せるバドミントンを身に着けたプレイヤーと言えた。03.3.28ライブでは当時のユニフォームを十数年ぶりに引っぱりだし、ラケットで自分の足を叩き続けるパフォーマンスで観客の度胆を抜いた。「ラケットが折れるとは思ってなかった。血が出るとも思ってなかった」と、大流血の結果は予想外だったようだ。このパフォーマンスが、はるな、グリーンファンタジーズの名物になっていく。
ぴあ
映画、音楽、スポーツ、演劇などの情報が満載の週刊誌。
現在、特撮・大槻ケンヂが「神菜、頭をよくしてあげよう」の名でエッセイを連載中であり、03.9.1号に人間パーカッションとしての猪熊猛*のことが触れられ、03.9.29号には読者投稿をきっかけとした「池袋ロサ*ライブでのノーパンミニスカ流血醤油のはるな」が触れられた。どうやら大槻氏は猪熊猛とはるなは違うことをまだ知らないようだ。ところで、投稿した人は誰だったのであろう。名乗り出てもらえれば、グリーンファンタジーズのライブ永久招待を贈るとはるなは言っているが・・・
プロジェクト・ドン
イベント会社(埼玉県川越市)。アマチュアバンドを自社開催のライブにブッキングする「ドンドン・ライブアンド・サポート」のシステムがある。05年冬、ライブを急いでいたはるなが、対バンを希望する組織暴力幼稚園*の園長先生から「ドンドン・ライブアンド・サポート」の存在を聞き、仕事の休憩中にまんが喫茶のインターネットから登録。数分後に電話がかかってきて池袋アダム*ライブが決まったという。ライブ当日ははるながギターアンプに醤油をかけてしまい、数日間は着信があるたび「アンプ代払ってください」の電話だと思い込み怯えていたというが、「また出てください」の用件であった。池袋アダム*には出れないであろうが・・・。
プロレス
最近は各種団体や試合結果に疎くなったようだが、猪熊猛*はかなりのプロレスマニアである。一番好きな団体は大仁田がエースだったころのFMW、好きなレスラーはターザン後藤、マイティ井上、ザ・グレート・カブキと実にマニアックな名前が出てくる。「日本人で初めてハヤブサのマスクを手にしたのはこの俺だ」「FMWの川崎球場95.5.5の日のダミアンのペイントの白の部分は俺の家にあった塗料を使ったものだ」とよくホラを吹いていたが、どうやら事実らしい。この猪熊猛*同様、はるなにとってもプロレスは重要なキーワードだ。衣装、MC、SE、ステージングにかなりの影響が見てとれる。
没ネタ
はるなは恵比寿ライブで、強力なレモンの芳香剤を受付や客席に置こうとしたが店員に止められる。
ボボボボボボイン
魅惑のボーカリスト・ちづる嬢による、「弾き語りとバックバンド」。新宿ロフトのイベント「犬死に」に出演していた際、観客席にいたレモンフーリガン*のメーテル氏の目に止まり、五反田ライブでの対バンが実現した。
ホワイトベリー
04年に惜しまれつつ解散してしまったが、イカ天バンド、ジッタリン・ジンの「夏祭り」のカバーでブレイクした北海道出身の女の子バンド。はるなはホワイトベリーの大ファンで、ファンクラブにも入っていたという。「卒業というフレーズを一切使わずに卒業を表現していてすばらしい(桜並木道)」「80年代ポップスの物悲しい部分が集約されているメロディーだ(あくび)」と賞賛。恵比寿*ライブではデビュー曲の「YUKI」をSEに起用。
[ま]
真島昌利
ザ・ブルーハーツ、ザ・ハイロウズのギタリスト。はるなは五反田*ライブで、ブルーハーツ時代のソロ曲、「うな重」をカバー。アルバム未収録曲で、ライブビデオでのみ見ることができる。それにしてもはるなの選曲はマニアックで、知らない人が聞いたらグリーンファンタジーズのオリジナルかと思ってしまわないだろうか? でもそれが狙いなのかもしれない。
松任谷由実
ユーミンの愛称で知られるJ-POP界の重鎮。旧姓・荒井由実の時代から絶大な人気を誇り、現在までヒット曲は数知れず、ライブではアルバムに連動した大掛かりなショー・スタイルを披露。はるなは池袋アダム*ライブで、アルバム「DA・DI・DA」(85年)から「もう愛は始まらない」、池袋マンホール*ライブで「たとえあなたが去って行っても」、高円寺オーディションライブでアルバム「SURF&SNOW」(86年)から「彼から手を引いて」をカバー。シングルカットされていない名曲を選んでいるのはわざとか?
[や]
やっぱり猫が好き
80年代後半に人気を博した深夜番組。もたいまさこ、室井滋、小林聡美の「恩田三姉妹」が、千葉・幕張のマンションを舞台にコメディーを繰り広げる。ドリフのように画面外からの笑い声があるあたり、決してドラマではない。はるなは02年に行われた出演三人のトークショーで選ばれた人気第一位の「はまぐりペペちゃん篇」の音声を録音したテープを芝公園*ライブの開演待ちBGMに起用する。
野望
はるなの野望はグリーンファンタジーズのメジャーデビューではなく、医薬品等のコマーシャルに起用されることだという。「ミルミルの清水由貴子、マルちゃんの武田鉄矢のような長期起用で」と、どうやら本気だ。
山村暮鳥
詩人。明治から大正時代を生き、ほかに例を見ない個性的な詩を発表し続ける。「いちめんのなのはな」と繰り返す「風景/純銀もざいく」が代表作であり、はるなは新宿*ライブでこの詩をカバー(?)。
ユニット名
緑の幻想たち、と訳した人も多いと思うが、裏ビデオの名作シリーズ「グリーンファンタジー」からである。
[ら]
リチウム
芝公園*ライブのトリをつとめたバンド。その演奏力、洗練されたMC、DOUBLE MAIN EVENTの名称にふさわしいライブを展開。この時はるなは疲れ果ててコックリコックリ状態。なんというバチ当たりか!
リハーサル
はるなは東京在住、社長は愛知在住のため、練習は不可能。このためリハーサルが練習のようになってしまう。時間の関係でぶっつけで演奏する場合もあるという。ほとんどセッションの世界である。五反田*ライブでは、PAから「リハーサルは練習の場でなくて音のチェックですので...」と笑いながら一喝される。
レモンフーリガン
ドラムの社長が所属するバンド。結成は名古屋。大槻ケンヂ氏絶賛、氏のバンド・特撮への詞・曲提供など、その活躍は説明不要。五反田*ライブ後、音源を偶然聞いたライブハウスのスタッフがメンバーに絶賛の電話をかけたというエピソードも。 残念ながら現在は解散が伝えられている。
猪熊猛*は、「UGSに(レモフーと)共に選ばれて出会い、東京に呼んで、自分は前座に出る形式でやってた。俺が呼ぶんだから、費用は俺が出すって思ってやってた。でもそれは素人考えで、結果的にレモフーの活躍を妨げた。当時は働いてなくてお金がない時期があって、半年に一回しか呼べなかった。彼らで東京ライブをやろうと思えばやれたのに、猪熊に任せとけば東京は安心、というような考えを植え付けてしまったかもしれない。意欲を削いでしまったというかね。半年に一回では間隔があきすぎだよね。自分たちで積極的に東京ライブをやっていれば、いい対バンとどんどん出会い、運命は変わっていたような気がする。俺みたいな貧乏なニワカアーティストに出会ってしまったことが、大槻ケンヂファン以外のファンを取り込めなかった原因だと思ってる。俺のせいだね」と、レモンフーリガントリビュート(ぬいぐるぐるみ*・百眼氏企画)のライナーノーツで語っている。
[わ]
若宮大通り公園特設ステージ(愛知県)
03.3.16、「第3回オロチ祭り」の会場。高架下に豪華セットが組まれ、レモンフーリガンをトリとして8組のアーティストが参加。はるなは出演順1番目の猪熊猛*トークショーのゲストとして出演、有刺鉄線ダイブを敢行。
[?]
××
ドラムの社長がここ一番で言うセリフ。MCはほとんどしないが、この一言があれば充分。はるなのパフォーマンスも色褪せてしまうほどのパワーとタイミングは見事である。読み方は生のライブで確かめてほしい。