
今は何時だろうか?
ちょうど眠りが浅くなったところへ、この異様な鳴き声、あるいは喚き声というのだろうか、自分が今、熱帯雨林のジャングルにいるわけではないことを夢うつつで思い出していた。
「ん〜・・・うるさい・・・」・・・桃子は、体を丸めて掛け布団に包まった。ここは新宿のとあるビジネスホテルのシングルルームであるはずだ。
携わっているシステム開発は思うような進捗がなく、ユーザからは毎日のように嫌味を言われ、上司からはなんの解決にもならぬ的外れな対策しか出ない状態で、現場にいる者たちは疲れ果てている。一度徹夜をして以来タガが外れたのか、終電を気にするのがバカらしくなり、何日も帰らない日々が当たり前になってくる。さすがに作業室で椅子を並べて毛布だけかけて寝るのは、疲れがたまる一方であるし、風呂にも入りたいしベッドで寝たい。そんなわけで、最近はみなホテルで寝るようになっていた。何軒か馴染みのホテルがあるのだが、金曜日ですべて満室だったため、初めてこのホテルに泊まることになったのである。昨夜は他の2人の同僚とチェックイン、午前3:00頃だったか。
「がーっ!がーっ!」という不気味な声に加えて、バサバサバサッという羽ばたきのような音も聞こえてくる。気にはなるのだが、起き上がって何事かを確かめる気力もない。
「カラスだよなぁ・・・。ゴミ漁ってんのかな。でもあんなにカラスの鳴き声って大きかったかぁ?」考え出すとますます気になる。すぐ近くではないようだが、とにかくよく響く。「まさか恐竜・・・なーんてね。バカじゃん・・・」。
・・・・ルルルルッ。ルルルルッ。ルルルルッ。ルルルルッ・・・電話にセットしたモーニングコールが鳴った。手を伸ばし、受話器を上げ、また下ろした。気持ちよく二度寝を貪っていたところ、携帯電話が鳴った。これで起きられなかったらもうアウトだ。
ベッドに起きあがった。寝た気がしない。脳みそが休まることがないような気がする。最近くつろいだのはいつのことだったか?
自分は一体なにをしているのだ。世の中、もっと楽しいことがたくさんあるはずなのに、なぜ自分はこんな毎日を送っているのだ。すっかり世情にも疎くなってしまった。家に帰ってもテレビはつけないし、新聞も触りもしない。
電車の中吊り広告の『列島騒然!とうとう逮捕!例の破廉恥弁護士のご近所での評判』などという週刊誌の見だしも、列島が騒然とするほどの話題の人物であるにも関わらず、誰のことなのか全然分からない。駅売りスポーツ新聞の大見出しのおかげでプロ野球の結果はなんとなく知っているが、改めて考えてみればみるほど虚しさが募る。
「やれやれ・・・」桃子はスリッパを履き、窓際にのそのそと歩いていった。そっとカーテンを開け、下の道路を見下ろすと、そこにはありふれた日常の風景の一端が見て取れた。付近一帯はビジネスホテル街であり(いかにもラブホテルを改装した感があるものもあるが)、駅の方へと足早に歩いているスーツ姿の男性が多い。
カラスのような鳴き声は夢だったのか。シャワーでも浴びて目を覚ますとするか。