
「ちょっと・・・皆さん、いいですか?会議室に集合してください。」
デバッグが思うように進まず、遠くを見つめいていた桃子はハッと我に返り、他のプロジェクトメンバーについて会議室に入っていった。皆、歩くのも億劫で、目には生気がない。よっこらしょ、と椅子に尻を落とし、上司が口を開くのを待っていた。
「・・・全員揃ってますね。・・・え〜・・・皆さんご存知かと思いますが、今は外へ出るのは非常に危険な状況です。会社としては、皆さんの安全確保は最重要課題です。くれぐれも外へは出ないようにお願いします。それからですね・・・まぁ皆さん分かってるとは思いますが・・・このシステム開発はやらなければならないんですよ。お客さんから、地下の宿泊施設を提供していただきまして、なるべく皆さんにはそこに宿泊してもらって・・・あぁ・・・まぁ・・・嫌でしょうけど・・・えぇ私もね・・・でもまぁ、通勤時間が短くなるし・・・地下通路で通勤するのは遠回りになって不便でしょ?由美子さんとか、ドニーくんとか・・・ねぇ、秀彦くんも。・・・それなら、いっそのこと、お客さんのご厚意だし、ここの地下に泊まらせてもらった方がいいでしょ?宿泊費は5500円。会社負担です。健介くん、直也くん、奥さん一人で不安だとは思うけど・・・あぁぁぁそうね、私も子供がまだ小さいから、確かに心配なんだけど・・・とにかく、一度帰宅して、荷物を持ってきてください。まぁ由美子さん、そう睨み付けないで。ドニーくんが隣で泣きそうになってるし・・・。あっ。日当は出ますから。1日500円、まぁ出ないよりいいでしょ?コンビニも近いし、銀行も近いし、病院もあるしね。じゃっ。そういうことで、よろしくお願いします。」
「・・・・・・・殺す・・・」逃げるように会議室を出て行く上司の背中に向かって、由美子がボソッと一言。
結局、自分たちは今の状況から逃れることはできないのだ。分かってはいるが、これでは気がおかしくなりそうだ。「・・・そういえば先月・・・協力会社の人が失踪したじゃん・・・あたしたち、失踪もできないんだね・・・。」綾子の頬を涙がつたう。「ドニーのお母さん、外国人だけど、こういう日本の働き方になんにも言わないの?」と桃子に聞かれ、「う〜ん・・なんでそんなに休めないの?とは聞かれるけど・・・しょうがないと思ってるんじゃない?」とドニーは力なく答えた。
「一人暮らしの俺はどうすればいいんだ?誰が俺の部屋を守ってくれるんだ?ピッキングにでもあったらどうしてくれるんだ・・・」「あたしもアパートの郵便物なんかが心配・・・」「うちのお父さん、入院してるんだ。お母さんずっと一人にするのかわいそう・・・」「うちの猫、俺にしかなついてないんだ。連れてくるぞ。あのバカ課長の席に座らせるぞ。」「せっかくこないだのボーナスで新しいテレビ買ったのに・・・。」怒りとも、諦めともつかない言葉が皆の口から次々にこぼれ落ちる。
その日、午後の早い時間に解散となり、皆は家に帰った。