
カラスの分析は、思わぬ展開を見せていた。
血液中から検出された成分は、未知のものであった。世界中の大学や研究機関、企業や病院などに、情報や薬品の盗難がなかったのかを問い合わせたが、いずれも「管理に問題はなかったし、カラスにそのような影響を及ぼす薬品には心当たりがない」という回答であった。
政府に、国内の遺伝子の研究グループから気になる情報が寄せられた。「植物の遺伝子操作の研究をしている若い科学者が、日本での待遇の悪さに嫌気がさし、メメリカに移住した。食糧危機を見据え、植物を大きくする研究をしていたと思う。だいぶ日本に恨みを持っているようであった。なにか知っているかもしれない。」厚生労働省や大学、研究所などから選抜された科学者が、秘密裏にメメリカ政府との交渉にあたった。そして、驚愕の事実が判明した。
ニュースは、カラスから検出された成分と、ある日本人科学者の話題で持ちきりであった。
若き科学者、”星井金雄”は、その優れた頭脳で次々と成果をあげ、日本の未来を担う人材であるという評判だった。彼は、幼少の頃から勉強ができ、発想も一風変わっており、常に注目を集める存在で、なんの苦労をすることもなく帝大、帝大大学院と進み、遺伝子の研究論文を積極的に発表し、将来はノーベル賞を受賞するのではないかと期待されていた。また、近いうちにメメリカのホーボード大学に国費留学することも決まっていた。卒業後も、本人が希望すれば、日本より設備の整っているメメリカの研究機関で働く、という選択肢も用意され、前途洋洋の研究人生が約束されていた。
そんな星井は、思わぬ挫折を味わうことになった。それは、嫉妬である。星井よりも年長の学者たちが、若い星井を疎ましく感じるようになっていた。年功序列の日本社会で、星井の若い才能は無視され始めた。民間企業に研究の場を求め、就職活動も行ってはみたが、30歳にもなって社会経験が皆無であることが、企業に二の足を踏ませた。星井は、周りの人間との協調性に欠けていた。また、恵まれた生い立ちのせいか、独善的で、人に指図や指摘をされると、顔を真っ赤にして癇癪を起こした。そして、給料の安さも星井を立腹させた。「みんなそれで頑張っているんだから、何事も経験だと思ってキミもしばらくやってみたら?」とアドバイスする研究者もいたが、彼は納得できなかった。「日本は、科学者を奴隷にしている!」
星井は、メメリカに出発する日を指折り待ちつづけた。日本に対する強烈な恨みがエネルギーとなり、ホーボード大学で研究に打ち込み、そのままメメリカに残った。”カネオ・ホシイ・ラボラトリー”での主な研究内容は、食糧危機に備え、植物や家畜を10倍の大きさに成長させることであった。遺伝子を操作する他に、ホシイは、ある薬品を作り出していた。
”スグデカクナール(SGDK2NR)”−−−−この安直な名前に、日本国民は力が抜ける思いであった。「冗談ごとではないんだぞ!」とテレビ局や新聞社に抗議の電話をかけてくる者も少なからずいた。
ある日、星井が気まぐれにテレビをつけたところ、日本の海に巨大なエチゼンクラゲが大量発生しているというニュースを放送していた。発想が突飛な星井は、閃いた。ダイオウイカ、エチゼンクラゲ、キリン、ゾウ、シロナガスクジラなどの大型の生物の細胞、チョモランマの地中成分、世界中の巨木の細胞、身長2メートル以上の人間、体重200キロ以上の人間の細胞、など手当たり次第に集め、様々に合成、加工し、植物で気の遠くなるような実験を繰り返し、試作品が出来上がったのであった。
”スグデカクナール”という名前も、仮のものであった。なにしろ、試作品である。どうせなら”ホシイ1号”などとネーミングすればよかったのだが、そこが星井の一風変わったところであった。自分では、茶目っ気を発揮したつもりであった。専門の遺伝子の分野とは違うため、より慎重になることが求められる。学会に発表するには、より確かなデータが必要だ。また、絶対に流出してはならない。悪用されたり、功績を奪われる危険性があるからだ。ラボのスタッフにも秘密であった。
巨大カラスから検出されたのは、絶対に流出するはずがない、星井ただ一人しか知らないはずの薬品、”スグデカクナール”だったのだ。星井は、不利な立場に立たされた。
星井は、弁護士を伴い、会見に臨んだ。
「”スグデカクナール”は、半分は趣味で開発していたものです。成長ホルモンに強烈に作用します。私はまだ植物でしか実験をしておりません。まだ大きくなることしか分かっていません。後々どのような影響を及ぼすのか、それが今後の研究課題でした。ただ大きくなればいいというものではありません。それを摂取した人間や動物に与える影響も分かっていません。現段階で世に出回ることは非常に危険です。私の開発している薬品が検出されたということで、非常に驚いています。」
特に日本の記者から、辛らつな質問が次々と飛び出した。「あなたは日本での待遇に不満で、非常に日本に対して恨みを抱いているという評判です。あなたがやったのではありませんか?」「あなたしか知らない薬品を、他の誰がカラスに与えるんですか?」「研究ばかりで倫理をなくしてしまったのではないですか?あなたみたいなのをねぇ!マッドサイエンティストというんじゃないですか?!」「襲われて亡くなった人がいるんですよ!あなたとはなんの関係もない人ですよ!どう責任を取るんですか?!」
星井は苦悶の表情で答える。「確かに、私は日本での待遇には不満でした。そして、二度と日本に戻りたくはありません。ですが・・・私も一人の人間です。日本に限らず、特定の国を陥れるつもりで研究をしたことはありません。」