
その日、桃子は熱を出して家で寝ていた。家で寝るのは久しぶりだ。
寝ながら昼間のワイドショーを見ていた。有名女優の不倫相手がマルチ商法の元締めらしいという噂が広まり、女優の記者会見のVTRを放送している。
そこへ、緊急ニュースが飛びこんできた。
「たった今入ったニュースです!芝谷で、ベビーカーに乗った乳児とその母親がカラスと思われる鳥に襲われました!襲った鳥は2羽で、非常に大きかったということです!そして、ベビーカーごと乳児を連れ去ろうとした、と証言する目撃者もいるということです!詳しいことが分かり次第、再度お伝え致します!」
出演者一同「え〜っ?」と声を上げた。評論家は「本当にカラスだったんでしょうか?猛禽類をカラスと見間違えたとか・・・」と冷静なコメントをしたが、「でもタカやワシがあんな繁華街に飛んできて人間を襲いますかぁ?」という関西弁のお笑いタレントの言葉に、何も言えなかった。
カ・・カラス?どんな大きさだったんだ?桃子はベッドに起き上がった。
ワイドショーでは、カラスらしき鳥に襲われる母子の映像を入手したようだ。中継記者がコチコチに固まって滑舌の悪いしゃべり方をしている。「カラスと思われる鳥が、母子を襲っているビデオを入手しました。これは、居合わせた観光客がたまたま持っていたホームビデオで撮影したものです。ご覧下さい」
高校生くらいの女の子が、カメラに向かって「芝谷に来たよ〜!」と手を振っている。撮影者の女の子も「芝谷は人が多いでーす」と言いながらぐるりと周りを撮影し、人の多さを映し出す。
「がー!」というカラスらしき鳥の鳴き声とバサバサという羽音、それに「キャー!」という悲鳴と群集のどよめきが割り込む。「なにぃ?」とカメラを向ける。焦点が合うと、そこには信じがたい光景が繰り広げられている。
両翼を広げると150〜160センチはあろうかという巨大な黒い鳥が2羽、ミュールを履いた女性の頭めがけて左右上方から襲いかかり、そのうちの1羽が、今度はベビーカーの赤ん坊をつつこうとしている。通行人の「赤ちゃんがー!」という声に奮い立ち、母親はベビーカーに覆い被さり、我が子をかばっているのだが、1羽は執拗に母親の背中を太いクチバシでつつき、もう1羽はベビーカーのハンドルを足で掴み、持ち上げようとしている。
「なにあれ〜?!死んじゃうよー!」と撮影者は悲鳴を上げる。誰かが通報したのであろう、警察官が数人駆けつけ、黒い鳥を必死で追い払う。通行人の中にも協力者が現れ、カバンやコートなどで応戦している。その頃には報道機関のカメラも何台か集まっていた。
突然「パン!」という乾いた音が響き、ベビーカーの上にいた1羽がひるんだ。「なになに〜?」「ニイチャン、もっとやれ!助けてやれ!」「だれかエアガンで撃ってるみたい!」更にパンパンと音がし続け、1羽はドサッと地面に落ちた。「がー!」と一鳴きし、残りの1羽は退散していった。
「なに?なに?なんなの?カラス?」という撮影者の泣きそうな声が入り、救急車のサイレンが鳴り響く。「どいて!どいて!病院に運ぶから!」という警察官の切羽詰った声に、「大丈夫なの?赤ちゃんは無事なのー?」「エアガン?」「その鳥もう死んだのー?」「女の人血だらけだー!」という野次馬が入り乱れて、芝谷の交差点はパニックに陥っていた。もちろん、テレビカメラにVサインを送ったり、カメラつき携帯電話を向けている者も大勢いる。救急車が発進し、黒い鳥の周りには大勢の警察官が配備され、無理に近づこうとする野次馬ともみ合いになっている。
というところで映像が切り替わり、表情の硬い記者の顔が映し出されたが、依然として芝谷は騒然としている。