
薄暗い部屋で、大柄な男は頭を抱えていた。
つい口走ってしまったのだ。「日本が憎い!」と。
仲間たちも、それにつられて「日本に制裁を!」「日本を破滅させろ!」「日本人を全滅させろ!」と過激なことをシュプレヒコールし始めた。
ひとしきり騒いだ後に、さすがに物騒だということに気づいた。団体に似合わぬことは、思っていても言ってはいけない、ということを確認しあい、マスコミ対策もした。
弱みを握られたのだ。巨大メディアを牛耳るあの男に。
耳元で「よりによって、お宅のような団体がねぇ。日本にも支部があるんでしょう?」と囁かれ、大柄な男は全身に鳥肌が立った。
逆らえない。逆らったら、我が団体が日本の全滅などという過激なことを口走ったと、世界中に発表され、批判の矢面にさらされる。平和を願う我が団体が戦争を賛美する・・・あってはならないことである。噂が噂を呼び、核兵器でも開発しているのではないか、などと言われたら終わりだ。
「お願いです!公表しないでください!」彼は、たった一人で秘密を背負うことになったのだ。
自己保身が招いた事態だ。「口走った」ことくらい、公表されてもいくらでも言い訳できたのだ。こんなことになるなら、自分たちが批判されればよかった。だが、もう後の祭りである。
日本に密入国したエージェントは、カラスになにを食べさせたのだろう。今頃、日本では巨大カラスの捜索に血眼になっているはずだ。襲われた母子は助かったのだろうか?他に被害はないだろうか?
あの男に呼び出されて出向いた部屋に敷いてあった白黒の毛皮・・あれは、パンダではないだろうか?それに、ソファは牛皮・・・背中に悪寒が走る。あの男は、冬には毛皮も着るのだろうか?夕食には血のしたたるレアの肉も食べるのだろうか?
「あなた、どうしたの?電気もつけないで」部屋が明るくなった。妻が部屋の入り口に立っている。
「夕食にしましょう。今日はコーンスープに温野菜サラダよ。」にっこりと微笑みかける妻の手に新聞を見つけ、「カラスのことは出ていたか?」と聞いてみる。「あぁ、日本のカラスのことね。目新しいことは出てないわ。かなり混乱しているみたいね。あの国は生ゴミがすごいんでしょ?それを食べて大きくなっちゃったんじゃないかってみんな言ってるわ」妻は顔をしかめる。
「そうじゃないんだ!」と言えたらどんなに気が楽になるか。
優しく彼の肩に手を置き、妻は語りかける。「あなたったら、遠く離れた日本のことが気になるのね。優しい人。賢いカラスがなぜ人に危害を加えたのか悩んでいるのね。でもね、襲われた人たちには気の毒だけど、あれは自業自得だという見方がこちらでは一般的よ。日本人が環境のことをほったらかしにしたツケがまわってきたんだって・・・」男は、妻の手を振り払った。
「悪いけど、一人にしてくれないか・・」