腰弱日記
| 腰弱日記とは、いわゆる自爆事件簿である。なぜこんな恥ずかしい自分のサビをwebで公開しなければならないのか。それは、私が万が一怪しい洗脳系セミナーに引きずり込まれ、涙グショグショ、鼻水垂れっぱなし状態で泣きながら恥を告白するくらいなら、ここで笑い飛ばしてしまった方が良いと言う判断から、書き出したエッセイである。以下のお話はほぼ事実です。登場人物もほぼ実名です。登場するみんな、ゴメンね。(てへっ) |
ヤツは突然…。(第一話)
「♪下駄を鳴らしてぇヤツが来るぅ〜♪」
この歌の通り?私をヘルニアが襲ったことは当然の出来事だった。この歌は吉田拓郎氏が、友人である「ムッシュかまやつ」に送った歌である。
すでにどうでもいい話に突入しているが、気にしちゃぁいけません。
ヘルニアン暦
10年にもなろう私が、あんな大事な場面でヘルニアってしまうとは、一生の不覚である。その大事な場面とは
「結婚式、しかも自分の」。
確かに今思えば、ヘルニアってしまう要素は十分過ぎるほど揃っていた…。
連日深夜までの残業、度重なる式場・友人・司会者・仲人さんとの打合せ。
こんなにキッツイ思いするのなら
結婚式なんてしない方がマシッ!とシミジミ考えたほどである。
結婚式前夜、すべての打合せが終了して、一人家路にむかう疲労困ぱいした私の背中に、
違和感
(なんかスポーツ選手みたいでカッコイイじゃん)があったのである。「こりゃ明日ヤバイかな?」という言葉が頭をかすめる。こんな日は早く帰って寝るのが一番
とばかりに、車を急がせる…が、
お約束とも言うべき悪魔からの誘いが携帯電話にかかってた。
ちゃらら・ららん・ららん・ららん・ちゃらら・ちゃら…(着信音:エンターティナー)
ピ!(電話を受けた)
私:「もしもし、KABですけど。」
友人「あ、もしもし俺俺!KOZYだよ。」
(注:友人KOZY「幸治」とは、小学校入学式の日にいきなり2人して、
教室の窓ガラスを叩き割って以来、20年間ツルんでいる悪友である。
音楽=吉田拓郎という図式もこいつに刷り込まれた。)
私「なに、どうしたの?明日のスピーチ頼むよ。」
KOZY「そのスピーチの件なんだけどさぁ、
まったく考えてないんだよねぇ。(無責任なヤツである。)
だから、一緒に考えてくれ!」
私「なんで俺が、自分の結婚式で友人からのスピーチを考えなきゃいけないの?」
KOZY「そう連れないこと!言うなって。前夜祭って事でお祝いしてやるからさぁ。
TAKUZYもいるし。アシナ
(行き付けのお好み焼き屋)で待ってるから。じゃ!」プツッ。
D206「プー・プー・プー…。」
私「…………・。」
結局断るスキを与えないKOZYの圧勝だった。
家族にブツブツ言われながら店まで送ってもらい、「早く帰るから」と言ったにも関わらず、
3件ほどハシゴして釈放されたのは
午前3時30分を回っていたと記憶している。しかも飲んだ後の締めは
山梨名物「南瓜ほうとう」。
懸命な読者の方ならば、すでにお分かりかもしれないがスピーチの内容など、
誰も考えなかったのである。KOZYの植木等ばりに
「なんとかなるって!」がトドメを刺した。
結局家に着いてシャワーを浴び、ヒゲを剃って床についたのは午前4時を過ぎた頃だった。
この時点で
腰の導火線に点火したのは間違いない。しかし当の本人は,単なる酔っぱらい
なので、そんなことはすっかり忘却の彼方である。
そして、間髪入れず朝が来た…。
(
もう朝かよ…)当然
2日酔い(本当はまだ酔っていた)。挙式が9時30分からなので、7時20分までにはホテルに行かなければならない。この時ほど、
午前中に挙式をしようと自分が決めたのを後悔した事はない。
くやんでもしょうがない事だが、やっぱり
遅刻した。ホテル入りしたのは8時を回っていた。奥さんと着付けの美容師さん、ホテル担当者の視線が痛い…。
奥さんはすでに着付けをしていたが、思いのほか手間取っているようで、
私の着付けをしてくれる様子がまったくない
。(本当は奥さんを着付けする前に私のをしてくれる筈だったのだが、
遅刻したので段取り替えになってしまった。)
ここでKABは、
紋付き袴を自分で着れてしまうというありがたくない特技を発揮
する(着付け代返せ!)。どたばたしている内に、写真撮影・挙式はどうにか無事に終わり、
いよいよ
ヘルニア大爆発の披露宴へと場所は移るのである。
今宵はこのへんにしとうございます。(大河ドラマ風)
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