La Universidad
de
Salamanca


サラマンカ大学

スペイン最古の大学であるサラマンカ大学は、世界においてもパリ、ボローニャ大学に次ぐ古い歴史を持つ由緒正しき大学です。そんなサラマンカ大学の正面玄関はルネッサンス初期の代表的な様式であるプラテレスクの傑作と呼ばれています。

さてその「プラテレスク」とは、イスラム文化の影響を受けた綿密で多量の装飾をある芸術評論家が「まるで銀細工師(Plateroプラテーロ)の作品のようだなぁ。」と評したコトにはじまります。
そのPlateroが後にPlateresco(プラテレスク)となったんですね。

百聞は一見にしかず、ってコトで↓の写真がサラマンカ大学正面玄関です。
コレでもかって程の装飾が表面を覆っています。スペインでこうゆうクドクドした装飾を持つ建物を発見したらイコールで「スペイン・ルネッサンス時代のプラテレスク様式」と理解しちゃって下さい。
で、この正面玄関、なんとも押しつけがましく感じられるのはその装飾のクドサ故では無く、この壁面全体が学生に対する道徳教本のようなモノであるからです。中央を境にして右に(善)、左に(悪)を配し、学生達に問いかけているんですね。
「キミ達は一体どちらを選ぶつもりなんだい?」と。

それではざっくりこの壁画を読んでみましょぅか。マズはプラテレスク様式で頻繁に使用されたモチーフ、お決まりの定番品の数々を読み、その後は右から左へと読んでいきましょう。

  「メダルの中の人物像」
に刻まれている人物は大学の建設に多分に貢献したカトリック両王です。メダルの周りにはギリシア語で「カトリック両王からアカデミーへ、アカデミーからカトリック両王へ」と書かれています。

  「盾型の紋章」
中段に3つ並んで

はカルロス5世の紋章、がカトリック両王に愛用されたシンボルであるサン・フアンの鷲、には神聖ローマ帝国のシンボルである双頭(スペインとドイツを表す)の鷲が彫られています。

  「月桂樹の輪

紋章の両隣にあるヤツです。メダルについで好まれた装飾がこの「月桂樹の輪」です。

  「貝殻」
ルネッサンス、と言えば「貝殻」ですね。はい。

 

右 善シリーズ
5  永遠の力すなわち権力を意味し、スペイン王の象徴ともなっているヘラクレス
9  アルプスを越えてローマに迫ったが失敗し自殺したカルタゴの名将、ハンニバル将軍
10 勇敢の誉れ高いアフリカ人
12  又してもヘラクレス
 
左 悪シリーズ
6   悪妻として名高いヘラクレスの妻
7   情熱の象徴であるヴィーナス、
8   乱交パーティ(書いちゃってイイのか?)好きとの悪名高いローマ皇帝エラガバルス
13  レズと噂されたギリシア人の詩人サフォー

※ 5はカルロス5世、6はカルロス5世の妻を表している、との説もあり。


ところでこのエラク緻密にゴチャゴチャとある彫刻の中から、骸骨の上に乗った1匹のヒキガエルを見つけてみませんか?
自力で見つけるコトが出来たら、両思いになれる、なんてロマンティクなものから、試験に楽勝でパス出来る、なんて大学の正面玄関に相応しいものまで、多くのジンクスが学生達の間で古くから語り継がれています。


大学構内の階段もプラテレスク様式を代表する素晴らしい作品なので見逃さないように。




PLAZA MAYOR


マヨ―ル広場

スペインの数ある広場の中で一番美しいと言われるサラマンカのマヨール広場。
よくマドリッドのマヨ―ル広場と比較されますが「比べたら失礼でしょ」なぐらい美しいです。


この繊細なバロック様式の広場はスペイン継承戦争の真っ只中、1710年に市場や祭り、式典の為の場所を設けようとの意図から計画が披露されました。

建築家、彫刻家、装飾家を抱えた芸術家族、当時サラマンカで最も活躍していたチュリゲラ一族出身のAlberto de Churiguera氏の指揮の元1729年に建設が始められ1788年に完成しました。

時計台のある市庁舎はAndres Garcia de Quinonesの作品です。
広場の東側の部分はPabellon Realと呼ばれ、この場所から歴代の王達は闘牛や祭、騎士による馬上試合などを観覧しました。

注目は88の半円のアーチを支える柱廊の上に刻まれたメダルの中の人々。
歴史上の人物、そしてアルフォンソ6世からフェルナンド6世までの歴代王の顔が彫られています。
サラマンカは中世をそのまま凍結したような保存状態の良い街ですが、その過去を過去のものとせず、現在、そして未来に繋げていこうとする試みがアチラコチラで見うけられます。
例えば市庁舎の右側にある柱廊のメダルにはカルロス三世と、現在の王であるフアン・カルロス、ソフィア王妃の顔が刻まれています。
その昔このマヨ―ル広場で闘牛が行われていた時代に、そこから雄牛が出入りしたことから「闘牛通り」と呼ばれる通りの出口右側の柱にはフランコの顔も見付ける事が出来ます。

レアルマドリッドのラウル君の顔も彫ってくんないかな、と思ってる人は私だけじゃないと思います。(断言)