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diary

 2002年08月31日
  事故相手
事故の相手が予定より30分遅れて登場。
予想通り菓子折持参。
修理費の私の負担分を持っくるわけもなく。
そりゃ社会人2年目じゃそんなお金無いわな。そっちの方が修理費高いんだろうし。
というか、何でそっちの車はもう直っている…。
東北大法学部卒?じゃあ、今のM2と同じ代だな。

とりあえず俺のバイクを返せー!
と叫びたい衝動を抑えつつにこやかに対応するあたり自分の弱さを感じずにはいられない。


 2002年08月30日
  ありえねぇっ!
うちの研究室に個人HPを作っている人がいる、と、研究室の後輩がそのHPを発見した。
しかし、研究室からはアクセスできないようになっている。
見るなと言われりゃみたくなるもの。
ある手段を使ってみたのだが…。
…。
見るんじゃなかった。激しく後悔!
今日一日やる気が出ませんでした。


 2002年08月29日
  見積もり
バイク屋より呼び出しアリ。
「事故で付いた傷とそうでない傷を確認したいので来てください」
そんなもん、あらかた全部「事故でです」と言うに決まっています。
しかし、確かにあらかたの傷、事故でと言ったけれど概算見積もりで修理費50万円。
2割は負担せねばならないだろうから…10万!?
16万かけてなおしたばかりだぞ(泣)。
しかし、屋外に放置されているとは…。
タンクに付いた傷とかブレーキパッドとかさびていてちょっとイヤな感じです。

なお事故の相手が土曜日にうちまでお詫びに来ることになった。
10万円くらい包んで持ってきてくれないかしら。


 2002年08月28日
  残暑
30度オーバー。
残暑だ。

昨晩、家に帰ると郵便物アリ。
内定をもらった企業から毎月社報が届くんだが、どうもいつもより重い。
早速開封。
「内定式のお知らせ」
なかなか内容がエキサイティング。
某月某日、大阪本社に10時半集合。…前日入りかよ!
終了時刻は19時です。…その日のうちに帰れねぇっ!
SPIを行います。…内定後にやるもんなのか?
入社までに強制はしませんが英語の通信教育をお薦めします。…書き方が半強制だー。
なおその料金は入社後の月給から差し引きます。…まじかー。
某月某日が楽しみです…。


 2002年08月27日
  試験監督
今日は助教授の授業の試験監督を手伝った。
試験監督初体験。
…カンニングしているのってバレバレなんだよなぁ、みんな。
目が完全に横見ていたり。
机の下に教科書開いて置いてあったり。
携帯電話見たり。
摘発しませんでしたがね…。

そんなさなか、部の後輩達が盛岡までわんこそば食べに行ったとか。
いいなぁ、まだ夏休み気分か…。
とりあえず女の子で100杯は多いだろ!


 2002年08月26日
  採点
朝からレポート採点。
1人につき約10分。
120人分。
1200分=20時間。
ありえねえ!
もう、頭いたいよ。


 2002年08月25日
  東北総体2日目
今朝も雨降って試合開始前に快晴。
蒸し暑い。
長袖(黒)の上にユニフォーム着ているだけに暑くて暑くて。
そして風が吹き始める…が、真後ろからの風だったためアルミ矢で勝負!

50m 306点 自己新。この時点で885点。1200アップは確実。
しかし問題は順位。
その時点で4位。5位に同じく宮城代表のS田さん。6位にさらに同じく宮城代表のN須野さん。
7位に同的の秋田代表。その差わずか10点。
ちなみに3位との差は21点。まずメダルは無理と思われた。

30m。風は真後ろからのまま。
1回目で59点。
その後じわじわ差を縮められつつも342点で計1227点。宮城成年男子で1位。
で、宮城成年男子には補欠のため団体点数には入らない。
そうしたら、団体4位で国体いけないんだわ!
私の点数が入れば1位なのに…。
しかも、3位との差が0点。ヒット数差で敗退とはなんとも…。

そして、表彰式で衝撃の事実発覚。
3位と3点差になっていた。
もうちょっと頑張れば、あのメダル(いつもより相当高級)が我がものに…。
ちくしょう!
帰り際、同点だった高校生に宮城県選手権で雌雄を決するよう挑戦状をたたきつけられる。
出ないつもりだったのに、出ることになっちゃったよ。
大丈夫か、実験…。


 2002年08月24日
  東北総体1日目
朝から雨。
公開練習開始前に止んだ。よかった…。
しかし、その後晴れすぎ。
蒸し暑さ抜群。

午前中は90mだけの公開練習。
サイト合わずに射ちすぎた…。

開会式。
鶴岡市長の挨拶。
「こんにちは。鶴岡市長です」…名乗らず!
「だだちゃ豆だけは誇れる産物です」…だけ?
「ぜひくっていってくれろ」…方言が混ざりまくってきたぞ。
「それはともかく頑張って下さい。終わり」…投票する!自分だったら絶対にこの人に!
試合開始。無風。
90m 278点。自己新。1年目の自分には信じられない点数だ…。
ACC万歳!
70m 1回目 58点。ありえねえっ!
この時瞬間最高順位2位を獲得。2回目48点でまたさがりましたが。
結局301点でロングハーフ579点(自己新)7位。
宮城代表正選手を全員おさえてしまいました。
これだけ調子いいと明日、アルミにするかカーボンにするか迷う…。
試合後宿舎へ。到着後雷雨。
試合中じゃなくて良かった。
宿は汚かったが、飯はうまかった。


 2002年08月23日
  鶴岡突撃
明日から東北総体です。
親に無理言って車を借り、初めて平日学校に車で登校。
楽だ…。いかん!そんな誘惑に負けてはいかん!
愚かしいうちの弟と同じになってしまうではないか!

実験後、夜7時に後輩と宮城代表の人を乗せて出発。
事故後人を乗せて長距離運転するのは初めて。
かなりびくびくしながら無事ついた。
いまだに左から出てくる車に限らず、左に止まっている車さえも怖い。
到着後山形県職員から差し入れをもらう。
もろに仕事着だった。
しかし、試合前にソルマックは必要ないでしょ!
でも、ありがとうございました。


 2002年08月22日
  3連覇
今日もいった、応援に。
そうしたら委員長、3時30分から決勝です、とか言っていたのに3時に着いたら終わっていた。
うそつきめ。

結果、女子は3連覇達成。めでたし。
男子は23位からの優勝。すばらしい。
打ち上げには実験の関係上でられず。
夏も終わりだ。


 2002年08月21日
  個人選1日目
応援に行った。
午後2時。男子全滅、女子2人生き残り。
ふがいない!
結局最終日に進んだのは女子一人だけ。
うーん。ナシの方向で。
男子ベスト8のうち3人だけが予選8位以内。
風は下剋上を起こしまくったようだ。
31位のH樹が2位を下剋上したのはすばらしい!
しかし、前主将の最後の個人選はもっとすばらしいものだった…。
おだいじに。


 2002年08月20日
  お見送り
この夏だけで何度目だ、「お見送り」。
オーストラリア行きの後輩を仙台駅でお見送り。
初めて駅ホームの入場券を購入。
140円もするのね…。
財布忘れた私にはなかなかの出費。
おかげで餞別無しでした。申し訳ないったらありゃしない。

今日から個人選。
台風の吹き返しで強風。
さぞやエキサイティングな点数がでたことだろう…。
バイクがないため応援に行く交通手段がなく、今日の応援は見送り。
明日の午後に行くまで果たして何人生き残っているのだろうか。


 2002年08月19日
  盆終了
昨日で大体お盆休み終了。
…のはずだが研究室は顔合わせが明日のため相変わらず少ない。
ま、私も早く帰宅したが…。
いいんです。ちゃんと実験したから。
ネガティブデータだったが…。


 2002年08月18日
  早退
本日も合宿だったが都合により早退。
北海道バイク組第二陣到着。
前日朝4時起きでフェリーキャンセル待ちをして1日早く帰ってきた。
見上げた根性。ご苦労様。ありがとう。
夜中には北海道バイク第三陣も到着した模様。
どうやら事故って傷心飲み会の主役は私だけとなってしまったようだ。
いや、めでたいことなんですがね。


 2002年08月17日
  合宿
東和町へ。
90m 239点。70m 273点。
所詮こんなモンか…。
正選手達はやはり当たっていた。正選手じゃなくて良かったかも。

昼飯は野菜炒め定食(大盛り)。スゲェボリュームだ。宮城県のおごり。
夕飯はカレー。東和町の自家製。野菜に至っては取れたて。うまかった。
その後はなんと80畳の部屋に7人で泊まり。飲み会を3時間ほどして寝た。
飲み会の話のネタがほんと学生と違ってエキサイティングだわ…。


 2002年08月16日
  すっかり忘れていた
なにもないのに研究室に来た。
半分以上北海道とのメール交信のためか…。
そうしたら「明日から東和町で宮城代表選手の強化合宿をします」との連絡。
あー、そういえばそんなのがあったなぁ…。
本当なら北海道に行っていていけないはずだったんだが。
出席の連絡をしてとりあえず、停電・断水の明日・明後日の暇つぶしが出来ること確定。
…天気予報悪いぞ。


 2002年08月15日
  終焉
夏は終わってしまったのか。
連日天気が悪い。
アーチェリーの練習しようにも出来ず。
無駄だ。無駄な休日だ。

今日は北海道電車組が帰ってきた。
松島花火大会があって一独会会員には非常に辛い思いをしたようだ。
なんだよ「噛み合いっこ」って?


 2002年08月14日
  ひとりぼっち
ついに誰も来なくなった研究室。
こりゃ集中力が続かない。
そんなわけで北海道連中とのメール交信にばかり気が向いてしまった。
で、さすがにこれじゃいかん、と思いアーチェリーをしようとしたら、雨。
…ま、論文にそれで集中できるようになったからいいんだけれど。

うーん、なんか無駄な時間を過ごしている気がするなぁ。
明後日くらいからは家でゆっくりしよう…。


 2002年08月13日
  襲撃断念
朝、北海道に行こうと思い立つ。
仙台駅に着き切符を買おうとしたその時、保険屋から連絡があることに気付く…。
「そうか、旅行している場合じゃないか…」
断念。最高の襲撃チャンスだったんだがなぁ。
夜にこの話をしたら、
「なんで来なかったんですかー!」
と、怒られた。
行くべきだったな…。

夜は私の乗る予定だったフェリーに乗っていく一緒に行くはずだった後輩をお見送り。
このフェリーに乗れば襲撃リベンジできると思いつつも満席だった。
最初は何とも思わなかったけれど、さすがに離岸するときには切なかったなぁ。

北海道、試合打ち上げ飲み会は結構エキサイトだったらしい。


 2002年08月12日
  事故その後
朝から事故の事後処理。
まず保険屋に電話。
次にフェリーのキャンセル。
臨時収入(?)14000円程度。あまりうれしくない…。
保険屋から電話。
どうやら私が走行中だったため保険の割合は100%あちらというわけにはいかないらしい。
あちらの保険屋からも電話。
同じように保険割合について言われる。
不条理だ…。
事故の相手からも電話。
いい人なんだけれどねぇ。運転は危なっかしすぎる。

そんなこんなで、昨日お見送りしたバイク第二陣からの報告を受けつつ明日から空いた休み、何に使おうかなぁと模索中。


 2002年08月11日
  事故
朝、北大定期戦電車組をお見送り。
みんなギリギリに来るもんだから、まともにお見送りできず。

その後、飯食った後に秋保大滝へ。
路肩に停車している車アリ。
その横を通ろうと思った瞬間、車、Uターン開始。
「ありえねぇっ!!!!!」
宙に投げ出され、バイクは動かなくなった。
北海道中止決定。
でも、誰にも大きなケガがなくて本当に良かった。本当に…。
事故は誰でも起こし得るんだなぁと思ったさ。

夜、北大定期戦バイク第二陣のお見送り。
きをつけてねー(俺が言えた義理じゃねぇ)。
とりあえず、26年間でかなり上位に入る厄日でした。
いいこともあったからまだ救われたけれど。


 2002年08月10日
  七北田ダム
朝から実験。土曜なのに。
空き時間に七北田ダムまで行き、2回道を間違う。
なぜかヘリポートがあったんですが…。
なんなんでしょ?初めて知りました。
なお、ダム周辺の道路は絶好のドライビングスポット。
多くのタイヤマークと衝突跡がありました。
かっこわりー。
ダムに半袖で行ったためにせっかく焼かないでいた腕が日焼け。
ショック。


 2002年08月09日
  あつい
気温33℃オーバー。
やりきれません。
水ヨーヨーをもらった。
懐かしい感触だー。


 2002年08月08日
  出張
助教授出張につき音楽聴きつつのんびり実験。
昼寝も堂々。
…でも、暑くて睡眠は不快です。

本日16時半、北海道バイク第一陣が出発。
お見送りに行くつもりだったが、イヤなことがあってやめた。

朝、自転車で登校中、トラックが車線をはみ出してきて突進。
上記イヤなことにより気が立っていた私はそのまま突進。
中指たてながら。
トラック運転手(若め)激怒。
私無視してそのまま直進。
轢きたければ轢けっての。
と、まぁ、こんな感じで一日中不機嫌でした。


 2002年08月07日
  合宿3日目
10時半合宿所出発。学校に12時半到着。
一時外出とか言って、おもいっきり18時間も留守にしてしまった。
今日はどうも昨日の疲れで、後輩たちもほとんど練習できなかったようだ。

夜には泉ヶ岳へバイクで突撃。
スプリングバレーのところで3時間もぼーっとしたりして。

気がつけばすでに8月も1週間終わり。
実験も論文も何も進まず北海道出発の日は近づく。
明日バイク第一陣、明後日車組の出発。
果たして今年は相互の襲撃はあり得るのか?


 2002年08月06日
  合宿2日目
終わった。処刑祭は長い幕を閉じた。
しかし、自己採点は甘く見ても40点。
かなり不満。
何が不満って、大切な台詞「どうしたらいいー!」「コロセーッ!」を忘れまくったこと。
ヤジに上手い対応ができなかったこと。
…でてくるのは反省ばかり。

とりあえず、女の人に泣かれると困りますねぇ、ホント。


 2002年08月05日
  合宿1日目
朝5時起床。
5時半部室着。6時に合宿へ出発する後輩達をお見送りに…。
って、集合時間なんで急に7時に変更になっているの!?
そんな一悶着もありつつお見送り後家に帰り朝食。
そして学校に来て実験。
夕方6時。仙台七夕前夜祭の花火大会まで後1時間。
花火…は見ないで合宿所へ。片道2時間。
花火差しいれるも時間がなくて出来ず。
滞在時間わずかに1時間半。
即学校へ。さらに2時間運転。
疲れきった。
しかしその後実験の続き。
さらに明日の合宿飲み会の処刑祭の準備。
夜は長い。


 2002年08月04日
  個人選予選
驚いた。
ここ数年ブロック予選の通過最低点は500点切っていた。
それがどうでしょう、今年のボーダーは530点以上。
辞退者がいなかったら550点近くだったとか。
うちらが現役だった頃のレベルに戻りつつあるなぁ。
(600upしても入賞できないことなんて当たり前)
ちょっと気の毒・・・。


 2002年08月03日
  祝内定
部の後輩の内定がやっと全員出たのでお祝い。
これで2回生分連続ドクター無し。
今までは一人は居たんだけれどねぇ。
うちの代にいたっては4人(退部者も含めれば5人)。
まぁ、ドクターにいってもいいってことそんなにないわな、確かに


 2002年08月02日
  一転
涼しくなった。
昼飯にテンプラそばを食べてもちょっと暑いかな、ってくらいだった。
もう夏も終わりか・・・(早い)。

七大戦で見られなかったF1ドイツGPをやっと見た。


 2002年08月01日
  熱帯夜寸前
本日の最低気温、24.7℃。ほぼ熱帯夜。
本日の最高気温、36.1℃。過去の記録は36.8℃。
暑かった・・・。
麦茶持ってこなかったら脱水症状起こしていた気がしなくもない。
こう暑いと実験も抄録も論文も何も進まないわい(言い訳)