2003年9月6日 |
新潟アーチェリー協会の練習へ初襲撃。
19時から21時まで。
初襲撃ということで、まぁ、いろいろ珍しがられるわけですよ。
人1「どこから引っ越して来たんですか?」
私 「宮城です」
人1「へぇー、宮城だったらずいぶん上手んでしょう?」
私 「いや…正選手の方々はうまいですが…」
人2「どこの弓ですか?」
私 「NISHIZAWAのFORMULA2000です」
人2「え!?何年使っているんですか?」
私 「今年10年目ですね」
人3「アルミ矢ですか!?」
私 「えぇ、まぁ…」
人4「鈴つけているんですね」
私 「そういですね。うるさかったらはずしますけれど…」
人4「いえ…というか、このお札みたいのは何ですか?」
私 「…えーと」
などなど。
練習はひたすら30mを射つ。
9本間射、4回。
333,333,333,333。
なんだこれ?
とりあえず、新潟の人が全員来ているわけではなかったけれど、新潟最強の人物を確認。
新潟でタイトル総なめ計画を立てていた私に立ちはだかる壁である。
だからといってがっかりしているわけではない。
むしろこれはあのときの感覚に似ている。
宮城国体の開催数年前にやってきた一人の男。
シングルは余裕で1200アップ、私の優勝を4度阻んだ。
その当時の目標、宮城県代表選手の座を勝ち取るためにはその人を破らねばならない。
学部卒と同時に失ったライバル(学院U山)に変わる新たなライバルを見つけた。
あのときの感覚と同じだ。
復活のときは近い。
雌伏のときは終わりを迎えた。
ただ、私は知っている。
復活の前に死があることを。
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