内科外来


 勤務上の関係で産科から内科外来へ時々行っているのですが、産科と違って内科には病気と共に生活している人が多く来ます(当たり前か)。人の数だけ、いろんな人がいます。特に私が手伝っているのは内分泌内科なので、生活そのものが病気と密接に関係している人が多く、まさに病気と共に生きている人達ばかりです。

 この内分泌内科の担当の先生はお二人いらっしゃるのですが、これがまた全くと言っていいほどの対照的な先生方で、お一人は研究者タイプの仕事熱心でとても几帳面、無駄がなくまさに膨大な仕事を毎日こなしていると言う凄腕の先生です。そしてもうお一方の先生は、話し好きで穏やかでのんびり、自分のペースで仕事をするので仕事はなかなか進まないのですが、患者さんの話しをじっくりと聞き、余計な検査は一切しません。ときに忘れていることもあるけど…。

 私の仕事は医師の診療の介助に付くことです。はっきり言ってとてつもなく忙しいです。特に前者の先生は“早い”ので、仕事をこなしているという感じがしますが、後者の先生(O先生)は診察時間が長く、予約時間が過ぎるのは当たり前。患者さんの苦情はなぜか看護婦に向けられるので、こっちもイライラ。そんな雰囲気の中でも先生はスピードを変えないので、長く先生にかかっている人はそれを分かっているらしくて「いいよ」と言って諦め顔。でも不思議なことにO先生の診察を終えた人はみな満足そうに帰っていくのです。散々、遅いと文句を言っていた人でさえ、笑顔で帰っていくものだから最初はこっちも拍子抜けしていました。時間が経つうちにそれが先生の診察のやり方なんだなあと分かってきました。

 O先生は患者さんの話しを本当にじっくりと聞きます。ときには病気とは関係のない話し、例えば旅行の話しや家族の話など。カルテにはその人に似顔絵が書いていたりしもします。介助に付いているときはそんな絵を書く暇はないんだよ〜と心の中で叫んでいるのですが…。

 この春、退職されると言うことでその行き先を訪ねる人も多くいたのですが、どの人も先生が変わったら話しを聞いてくれる先生がいなくなると言うのです。他科を受診してきた方が、「さっきの先生も事務的な感じだった」と嘆いていました。総合病院でじっくり患者さんの話を聞く先生の方が珍しいくらいで、こういう先生の存在は本当に貴重だったんだと痛感。そうは思うけれども、次から次へとやってくる患者さんを診ていくにはやはりじっくりとはいかないのが現状。

 内分泌系の疾患で最もなのは「糖尿病」です。一旦糖尿病と診断されると、一生をその病気と付きあっていくことになります。これは本当に大変なことです。何より自己管理を求められ、患者さん自身がその病気と自ら付き合っていく方法を見付けなければいけないのです。それはある意味、よき医師との出会いと同じなのかもしれません。今日は先生に診てもらって30年以上と言う方が診察に来られました。カルテの厚さ、前半の黄いばんだ古いカルテ用紙が印象的でした。

 ときに人は病気と共に生きていかなければならず、内科外来ではそういう人たちの生き模様がありとあらゆる形で現れているところだと思います。病気を治すことだけではなく、共に生きていくために寄り添うことは、ときに病気を治すことよりも必要なことなのかもしれません。

 私が内科外来で人と人との触れあいをより深く感じたとき、“楽しい”と感じます。大変だけれども、そういう“楽しさ”を感じることが出来たとき、気持ちがとても深くてやさしい気持ちになります。


2001年2月28日