「君の瞳に乾杯」 |
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〜Here is looking at you, kid〜 |
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VOL.2 |
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さてページを改めて気の利いたセリフ、名セリフの続き・続き〜
「あなたは若くてハンサムで、金持ちのヨーロッパ青年を求めている。僕は若くもなく、ハンサムでもなく、貧乏だ。しかも妻がいる。けれどもあなたは女で僕は男だ。おなかが減ったときにスパゲティを出されたら、ビフテキが食べたくても、スパゲティを食べなさい」
「旅情」(1955)におけるイタリアの中年男ロッサノ=ブラッツィが、アメリカからの旅行者であるこれまた中年女のキャサリン=へプバーンに言ったセリフ。ちょっと長めのセリフになってしまったが、このセリフで名セリフと思えるのは後半部分「おなかが〜食べなさい」の部分。この中年男、何を言ってるのかといえば「オレで我慢しなさい!」(命令形)と言っているわけだよね。しかも若くもなくハンサムでもなく貧乏で妻もいるのに、自分が男で相手が女だと言うだけの理由で。この言い方、なかなかできないよね。しかもこんな言い方で女性を口説き落とせるのか?不思議な名セリフです。
さて、そろそろ新しい映画から、次は究極の愛というか何というか
「あなたが死んだり、私に飽きる前に私は死ぬわ。優しさだけが残っても、それでは満足できない。不幸より死をえらぶわ」
「髪結いの亭主」(1990)でのマチルダ(アンナ=ガリエナ)のあまりに純粋に激しく愛を希求した故のセリフ。相手の存在が日常的になり、性を積極的に求めなくなるのは、結ばれたカップルにとってごくごく自然なこと。日常に埋没するというか、相手が空気のような存在となっていく。刺激的な性的存在としての相手ではなく、人生を支え会う同志としての異性がいる。優しさだけが残るというのはそういうこと。が、アンナはそのように自分が異性として飽きられることを拒否する。なので心も身体も新鮮な気持ちで愛し合う絶頂期に死ぬ道を選ぶ。この映画、マチルダのセリフ通り、お互いの性を積極的に求めるシーンだらけ。主人公2人が色ボケしてるだけの映画なのだ。それにしてもこの女、勝手だよなぁ、残される人の気持ちというものを少しも考えてない・・・
「肩を寄せて・・・ずっと永遠に離れない」
「ナイトメア・ビフォア・クリスマス」(1993)での主人公のセリフ。この映画、有名なので知っている人も多いと思うが実は人形アニメ。が、あなどってはいけない。最高にファンタスティックな人形アニメなのだ。ハロウィンのキャラクターなので不気味なのだが(主人公はガイコツ、ヒロインはツギハギ人形)どこか愛嬌があり、キャラクターとしての魅力も十分。このセリフは主人公ジャック=スケリントンに想いをよせてるツギハギ人形のサリーが相手に気持ちが伝えられず(というかもともと諦めている)崖の上でひとり佇んでいるところに、彼女への気持ちに気付いたジャックが声をかける「もし、よかったら、近くに行ってもいいかい?」そして一緒に夜空を見上げて言うセリフ。このセリフ自体はシンプルだが、映画でこのシーンを見るとかなりステキです。ちなみにナイトメア(NIGHTMARE)とは悪夢のこと。
「愛の神に税を納めるわ♪ ベッドの上で♪♪」
インドの大ヒット映画「ムトゥ 踊るマハラジャ」でのセリフ、というか歌詞。だから「♪」がつけてある。何だか、艶っぽいセリフだけど「愛の神に税金?」「ベッドの上で?」と思わなくもない。何だかわけがわからなくもあるのだが、艶っぽい迫力(?)があり、非常に心に残るセリフ。ところでこの映画「踊るマハラジャ」と副題がつけてあるだけあって(もちろん日本公開時に勝手につけたのだが)ほんとに踊りまくる。踊って踊って踊りまくる。しかもこの映画、非常に長い。何と266分!そのうち240分は踊ってる。もう最初から最後までものすご〜いハイテンションで踊りまくり。しかも登場人物の顔がこれまた非常に濃い(主人公のムトゥの顔は、濃い・デカイ・コワイの三拍子)と、見るのにかなり体力のいる映画だが映画自体はおもしろい。
「僕の人生は、君と逢う為のものだった」
「この気持ちのまま、あなたを愛し続けるわ」「マディソン郡の橋」(1995)でのクリント=イーストウッドとメリル=ストリープのセリフ。このセリフもまたそれなりに御馴染みのセリフであると思う。「運命の人・出会うべき相手」に出会った時は自分の人生が今目の前にいる相手の為にあると思えてしまう瞬間であるのかな?この映画、テーマは不倫愛なのだが同時期に日本でも不倫愛をテーマにした「失楽園」が流行っていた。この「失楽園」に比べると「マディソン郡の橋」の方がかなりデキがよい。「失楽園」は愛が身体を急がせるといったような肉欲的なシーンが目立ち、ちょいと嫌気がさすのだが、こちらの作品はもう少し落ち着いて静かに登場人物の心の揺れが情感豊かに描かれている。(メリル=ストリープの演技力によるところも大きいと思うが)といってもやはりそれなりのシーンはでてくる。メリル=ストリープは裸を見せる際に平凡な主婦らしく見せるように体重を増やして撮影に臨んだとのこと。ところでこの映画、自分は男友達と2人で見に行ってしまった。いや〜、何だかなぁ・・・
「俺が君に望むのは・・・」
「私に何を?」
「君自身だ。君が欲しい」「フレンチ・キス」(1995)でのケビン=クラインがメグ=ライアンに言うセリフ。(メグ=ライアンは日本ではかなりの人気があるのだが、演技派女優とはとても言えない。女優というよりもアイドルにちかいよね。出てる映画はほとんど同じような映画だし、演技も同じだし・・・)さて、このセリフのおもしろみが本当にわかるには英語で聞いた方がよい。中学時代の英文法の時間で習ったと思うのだが「want 人 to 〜」で「人に〜して欲しい」という文章になる。つまり「I want you to 〜」で「あなたに〜して欲しい」といった文章になる。ところが、この文章を「I want you」で止めると「あなたが欲しい」といった文章になるのだ。この映画ではケビン=クラインがメグ=ライアンに「I want you to ・・・」と言いかけて「I want you」で止めるのだ。そこにこのセリフのおもしろみがあるというわけ。ちなみにメグ=ライアンはかわいらしい女性だが、実際はデカイ(170以上)なので競演する俳優はみんな190くらいの大男ばかり。
「愛してるわ」
「同じく」「ゴースト」(1990)での有名なセリフ。主人公の女性モリ―(デミ=ムーア)が恋人サム(パトリック=スウェイジ)に対して「愛してるわ」というのだが恋人であるサムは「同じく」としか答えてくれない。そしてこの「同じく」という言い方、映画では「Ditto」と言っているのだが、これは書類に連絡先などを書き込む時の「同上」「右に同じ」といった意味。つまりかなりそっけない言い方であるのだ。特に欧米社会のカップルは「愛してる」と常に確認しあうことを考えればそれはなおさら。それがモリ―にとっては不満でしょうがない。が、このセリフがサムがまだそばにいる(昇天していない)つまり幽霊となってそばにいるということを信じるきっかけになるのだし、最後のシーンで感動を呼ぶのである。だから普段彼があまり愛のセリフを言ってくれなくても、世の女性達はあんまり不満を言ってはいけません。それにこういったセリフは男はあまり普段口にしない方がサマになると思うのだけれど、どう?
「言語での意思疎通は原始的、もっと高度な方法・・・肉体的快楽は知ってる?」
なんとも直接的なセリフ・・・、人間的なセリフではないような気がするのはそれもそのはず。これは「スタートレック(ファースト・コンタクト)」でのサイボーグとアンドロイドのセリフ。人間以外の愛のセリフなんてこの映画以外では聞けないのではないだろうか?女サイボーグであるボーグがアンドロイドのデータに向けていうセリフ。このシーンで彼女はさらにこう尋ねる「最後にしたのはいつ?」するとデータが答える「8年と7ヶ月16日4分前」「大昔ね」と言ってボーグがデータにキスをする。おいおいこいつらできるんか?と思わなくもない。見ていてゾクっとするシーンである。しかし、理論整然とボーグに反抗していたデータなのに「ガタガタ言ってないで、しましょうよ」と迫られて何も言えなくなってしまう。何だか情けないなぁ・・・。アンドロイドのくせに肉欲に負けるなよ!と言いたい。それにアンドロイドということは人間型ロボット。ロボットということは人間に造ってもらったんだろ?造った人間は何を考えて肉体的快楽の機能をこいつに持たせたんだ?そんなもん持たせたから肉欲に負けてこの女アンドロイドに手玉に取られてしまうんじゃね〜か。しかも人間に造ってもらうことができるということは自分の複製を造る必要がない。(言うまでもなく人間は生殖の目的は複製・子孫を作ること)という事はこいつにとって肉体的快楽はほんとにただ快楽しかもたらさない。何故そんな機能をこいつに持たせたのだ?ますますもって納得がいかない・・・
さてさて、これらの名セリフ、使えるチャンスがあれば使ってみてはいかがかな?