第九回:雅などなど・・・

1999年も無事終わり、2000年! 2000年ともなると正月の風景も大分変わってきたみたいで、凧上げ、羽根突き、コマ回しといった昔ながらの遊びをやっている子供達をとんと見なくなりました。昔はね、遊ぶものがそんなに無かったからそうやって遊んでいたんですがね。最近の子供達は・・・などと拙者もまだまだ若い人間の部類にはいるのだが。さてさて、年始めという事で多少なりとも雅(みやび)なる話でも致しましょう。

拙者が幼い時分には正月にはすごろくや百人一首などというもので遊んだ経験がある。親戚一同で集まって、親父やら大人が「あしびきの〜」なんて読んでくれて、従兄弟などと子供が必死で出札を取る。いいねぇ、誠に和気藹々とした風景である。そんでもって子供達は取った出札の数でお年玉を賭けたりして・・・うんうん、誠に子供らしく和気藹々、団欒である。ところがこの百人一首、カルタ取りは歌を読んでくれる大人がいないと成立しない。最初のうちは付き合ってくれた大人達もいつまでも子供達に付き合ってはくれない。そのうち大人は大人で酒を酌み交わす。そうすると子供達は何をするか? 坊主めくりである。坊主めくりの遊びを知らない人などはいないだろうが、世間一般で遊ばれているルールは(ていうか、今時世間一般で坊主めくり自体遊ばれていない?)裏にふせた札を一枚ずつめくって手元に積み、坊さんが出たら全て没収、姫が出たら没収した札を全て頂き、最終的に持ち札の数を競う。その持ち札の数でお年玉を賭けたりして・・・うんうん、誠に子供っぽく和気藹々、団欒である。幼い頃は「坊さんが出るとよくないんだから、坊主めくりという呼び名はおかしいな、姫が出るとうれしいんだから、姫めくりでなくちゃ」と、思っていたが、大人になった今では「姫めくりか・・・なんとなく猥褻な感じだなぁ」などと思ったりもする。

さて、この小倉百人一首、1235年(鎌倉時代)藤原定家が天智天皇の時代から順徳天皇の時代の代表的歌人100人からその秀歌を一首ずつ選び出したのが原形と言われている。男性79人・女性21人、そのうち43首は恋歌である。

話を元に戻して、この坊主めくりをしていて真っ先に憶えた歌人は「蝉丸」。頭巾のようなものをかぶっているからハゲ頭は隠れ、一見坊主とはわからない。だが坊主であり、坊主とわかったその時のショックが大きいのだ。また「蝉丸」という珍妙な名前も覚えやすい。

是れやこの 行くもかへるも 別れては 知るも知らぬも 逢坂の関

簡単に言えば、「これが逢坂の関かぁ」といった程度。たいした名歌とも思えない。調べてみると琵琶の名手だったらしく、「今昔物語」にもエピソードが載っている。従三位といった位の天皇の孫にあたる源博雅という人物がいて、彼も琵琶の名手だった。彼は都から遠くはずれた逢坂の関あたりに目の不自由な坊さん(蝉丸)がいて、こいつが琵琶の名手だという事を聞く。興味を持った博雅が都に出てくるように誘っても、蝉丸は

世の中は とてもかくても すごしてむ 宮も藁谷も はてしなければ

「世の中なんてどうやっても生きていける。宮殿だろうがボロ小屋(藁谷)だろうと、やがてはなくなってしまうんですからね」と、やんごとない貴人に誘われても、乞食坊主の蝉丸はあばら家を動こうとしない。生意気な坊主だったが、琵琶には「竜泉」「啄木」といった2つの秘曲があり、博雅はこの2つの秘曲を知らず、かねてより聴きたいと思っていたが、蝉丸は弾けるらしい。なにしろ楽譜がない時代なのでいったん失われてしまうともう誰も弾くことができない。聞けば蝉丸もかなりの爺さんだ、いつ死ぬかわかったもんじゃない。ということで博雅は自ら逢坂の関まで出向いたが、蝉丸は弾いてはくれなかった。芸術家気質という厄介な性格は今の世間にもよくあること。こういった性格の人間にはあまりしつこく迫ると余計に意固地になって弾いてくれなくなる。ということで博雅はこの坊さんの気の向く時を待って、3年間も夜毎逢坂の関まで尋ねて行った。本当かねぇ?逢坂の関というのは大津に行く途中にある。自動車でいけば京都からすぐだろうが平安時代にはそうもいくまい。毎夜というのはちょいと誇張であろう。そんでもって3年目の8月15日、趣きのある十五夜の夜にやっと弾いてくれた、というお話。たいしたもんですな、3年も焦らし続けた蝉丸、3年も我慢し続けた博雅。博雅の芸術的熱望、誠に雅なることかな。それにひきかえ蝉丸、誠にクソじじいなることかな。

初めて蝉丸を見た時はこのような知識もなかったが、印刷のずれたような顔をしており、また坊主とわかった時のショックの大きさも手伝って子供の頃は悪人かと思っていた。坊主なのに坊主ではないような格好しやがって。坊主めくりをやってる人の気持ちを考えろってんだ。そこで大人達に「この中で一番いい人は誰?」と尋ねてみた。「う〜ん、在原業平かな」と教えてくれた。

千早振る 神代もきかず 龍田川 から紅に 水くくるとは

簡単に言えば、「紅葉に染まる龍田川は綺麗だなぁ」といった程度。たいした名歌とも思えない。この歌は落語にもでてきて落語の解釈の方が楽しい。在原業平、当時の名にし負う天下のプレイボーイ。「業平は高位高官下女小女(こあま)」と川柳に詠まれている。上はやんごとなき筋から下はそのへんにいる下働きの娘まで、女と見ればみさかいなし、といった具合。彼の話も「今昔物語」にでてくる。馬を走らせながら弓を射る馬弓の催しを見物にでかけた業平。ふと見ると女車、女性用の牛車ですな、それが停まっている。業平としては馬弓の催しよりもこっちの方が気がかりだ。ちょうどその時、うまい具合に風が吹いて簾があがり、女の顔がちらりと見える。「お、いい女だぞ、さっそく頂戴しなくては!」ということでさっそく和歌を詠んで届けさせる。

見ずもあらず 見もせぬ人の 恋しくは あやなくけふは ながめくらさむ

「見なかったというわけではない、しかし見たというわけでもない。そういうあなたが何故か恋しくて今日はぼんやりと眺めくらしてしまうのです・・・」といった感じ。この時代にはあまりはっきり言わないのが宜しかった。そういう感覚が美意識の根底にあった。業平からのアプローチということであれば相手の女も当然歌を返す。

知る知らぬ 何かあやなく わきていはん 想ひのみこそ しるべなりけれ

「知ってるとか知らないとか、ひどくこだわってるみたいだけど、恋愛というのは想っているかどうか、それだけが道しるべでしょ、わかってんの」といった感じ。多少理屈っぽい返歌であるが簡単に言うと「本当に想っているのならぐずぐず言わないで行動を起こしなさいよ、私はもちろんOKよ♪」といったところか。業平に比べ随分とストレートな返事である。しかしまあ、噂に名高い色男の業平に言い寄られれば大概の女性はこうなってしまうものかな?今で言えば、今をときめく何某とかいったアイドルに言い寄られてるようなもの、舞い上がってしまい「早くきて!」と言ってしまうのもムリもない事やもしれませぬ。

さて、この業平をモデルにしたと言われている「伊勢物語」。これはプレイボーイの色懺悔みたいな読み物(短編集)。高校時代に古文の授業はあまり好きではなかったが、この「伊勢物語」は読んでいてそれなりにおもしろかった。その中のエピソード

〜昔 田舎わたらいしける人の子供、井のもとに出でて遊びけるを、大人になりければ、男も女も恥じかわしてありけれど、男はこの女をこそ得めと思う〜

昔は幼馴染で井戸端で遊んでいたりしたのだが、年頃になるとお互いやっぱり恥ずかしい。男は「この女こそ」と思い、女の方も親の勧める縁を断って幼馴染の男が誘ってくれるのを待っていた。こういう時には和歌を贈るのが昔の風習であった。そして男が女に

筒井筒 ゐづつにかけし まろがたけ 過ぎにけらしな 妹見ざるまに

「幼馴染のあなたとしばらくお会いしないうちに私ももう大人となりました」といった感じ。だから「愛しあいましょう」ということ。「愛しあいましょう」とは何処にも書いてないけれど和歌を贈るのがそもそも求愛のしるし。大和民族は「I LOVE YOU」などとあまりあからさまに言わないものです。少々下世話な言い方をすれば「2人とも大人になったのだからそろそろ大人の関係を・・・」といったところ。

女も返歌をして

くらべこし 振分髪も 肩すぎぬ 君ならずして 誰かあぐべき

「私もすっかり大人になって髪も長くなりました。あなた以外の誰のために髪あげをいたしましょうか、あなた以外にいません」といった感じ。この「髪あげ」とは男女の契りを意味している。う〜む、ゾクッとくるセリフですな。「私はもう身も心も全てあなたのものなのよ」(言い方がちょいといやらしい?)という事。こうして親しくなった男と女ですが、そのうち男が河内の方へ行商へ出かけ、なんとそこに別な女ができてしまった。ひどい話だね、まったく。ところが幼馴染の女は、さほどやきもちを妬くわけではなく、平気で男を送り出してくれるものだから、男の方がかえって心配になってくる。「まさか自分の留守中に男を引き込むんじゃあるまいな」自分は浮気をしているくせに、奥さんの浮気は厭なのだ。まったくもって勝手な話だが男とはそんなもん?いやいや、男の種類によりますな。それはさておき、奥さんの浮気が心配になったこの男、河内に出かけたふりをして庭の繁みのかげに隠れて見ていると、女はたいそう美しく化粧をして、空の彼方を眺め、いかにも心配そうな風情。

風吹けば 沖つ白波 たつた山 夜半(よは)には君が ひとりこゆらむ

「あの人は、沖に白波のたつこんな恐ろしい夜に立田山を越えて行くのでしょうか、あぁ、心配でたまらない」といった感じ。それを聞いて男は「そんなに自分の事を思ってくれていたのか」と思いなおし、惚れなおし、河内の方へは行かなくなった。といったお話。うんうん、いい話だと男である拙者は思ってしまうのだが、女性の方にはこの話はウケが悪い。以前この話を女性にした事があったのだが「そんなの男の勝手よ!こういった話を美談だと思う男がまだいるから世の中はダメなのよ!!」とえらい剣幕で説教された経験がある。まあ、言われてみれば確かにもっともな意見でした・・・

ということで今回は年始めということで多少「雅」なネタで書いてみました。 

(2000/1/14 Written by SAMURAI)