第八回:聖夜あれこれ

ジングルベ〜ル、ジングルベ〜ル、すっずっが〜鳴るぅ〜♪。クリスチャンでもないのにウキウキしてしまうこの時期、そうクリスマス!今回はクリスマスの雑学あれこれ。

12月25日はクリスマス。ご存知の通りイエス=キリストの誕生日とされてる日ですね。何も恋人達がイチャイチャするとされてる日ではない(クリスマスはキリストのミサという意味)。

しかし、もともとを調べてみると新約聖書にはキリストの誕生の話はあるが生まれた正確な日付は書かれていない。この日は冬至祭(収穫祭)の日として祝われていた日であり、そこにキリストの誕生日が便乗したのだ。冬至祭をキリストの誕生日と決め、教会で祝う事は教皇ユリウス一世の時、二ケ―ア公会議で決められた。キリストが亡くなって250年後のことである。なお、西暦はイエスの誕生を元年として定められたとされているが、イエスの本当の誕生は西暦前の五年か六年らしい。

というわけなのでクリスマスにはキリスト教と関係のない風習も多々ある。クリスマス=リースのヒイラギは古代ローマ時代の収穫祭の飾りがヒイラギだった事が始まり。七面鳥を食べるのはアメリカに渡ったピューリタン達が収穫祭に七面鳥を神に捧げたのが始まり。

そしてプレゼントをくれるあの爺さん、サンタクロースは古代ローマ時代からこの時期にはプレゼントを贈る習慣があり、その習慣と聖ニコラウスの祭日とが一緒になったもの。聖ニコラウスとは四世紀に地中海ミュラにいた司教で子供や学生、船乗りなどの保護者として伝説的な人物(聖ニコラウス、英語で言うとセント・ニコラウス、これがサンタクロースとなっていった)。ところでこの爺さんの衣装、真っ赤な服装をしてますが、あの色を見て何か思い出しませんか?冷たい炭酸飲料。ピンときた人もいるでしょう。そう、コカコーラ。サンタクロースはコカコーラの宣伝キャラクターとして使われるまでは別に衣装は赤と決まってなかった。世界各地でバラバラの衣装だったのだが、コカコーラの宣伝キャラクターとして使われ出してから、あのド派手な真っ赤の衣装が定着したのだ。おそるべし!コカコーラ。ちなみにコカコーラは1886年にアメリカ・ジョージア州の薬剤師ジョン=ペーバントンがカラメル色のシロップを作っている時、水と間違えて炭酸で作ったところ大好評だったという偶然の産物。もっと言うならペプシコーラも1898年ノースカロライナ州の薬剤師キャレブ=ブラッドハムが胃腸薬を調合している時にできあがったこれまた偶然の産物。・・・クリスマスと全然関係ないね。

今ではクリスマスはキリストの誕生日とされてるキリスト教の祝日。多少はキリスト教について知識をいれておいてもいいのでは?キリスト教の聖典はもちろん新約聖書。新約聖書について知ってる人はどのくらいいるかな?って、もちろんクリスチャンの方々は知ってると思うけど。

(断っておくならば拙者サムライはクリスチャンではありません。この文章を読まれたクリスチャンの方々、サムライは信仰を持たない者なのでその辺を何卒御了承御願い致します)。

新約聖書は27巻から成っており、おおまかな内容は次の通り。まず福音書が4つ。マタイの福音書・マルコの福音書・ルカの福音書・ヨハネの福音書。そして使徒言行録。パウロの手紙。その他の手紙。ヨハネの黙示録。と、5つのグループに分けられる。中核をなすのが4つの福音書で、この中ではマルコが一番はじめに書かれており西暦60年代。ついでマタイ、ルカが80年代。ヨハネが一番おそく90年代といわれている。この4人は誰もイエスの12使徒ではなく、おそらく実際誰もイエスを見ていないのではないかといわれている。イエスの12使徒達の使徒といったところか。12使徒とは12人のイエスの直弟子の事、12人の名前をあげれば、バルトロマイ・大ヤコブ・小ヤコブ・アンデレ・トマス・ピリポ・タダイ・シモン・マタイ・ヨハネ・ペテロ・ユダ。12使徒のマタイ・ヨハネと福音書のマタイ・ヨハネは別人。使徒言行録もパウロの手紙もその他の手紙もその名の通り手紙。そして最後の黙示録は世界の終末を予言した幻想文学。ハルマゲドンの事ですな。

新約聖書の中核をなす福音書にはどんな事が書かれているのか?といえば「イエスはこんな人だったんですよ」といった事と思っていればほぼ間違いはないでしょう。この中にはイエスが生まれてからゴルゴタの丘で十字架にかけられて死ぬまで・・・じゃないな、その後の復活までが書かれている。この中には有名なエピソードもたくさん含まれている。イエスのエピソードには死人を復活させたとか、悪魔と闘ったとか、水の上を歩いたなどいろいろとあるが一番有名なのはやはり受胎告知の場面ではないのかな。ではそのエピソードを紹介しよう。(有名なエピソードだがこの受胎告知が書かれているのはマタイとルカの福音書だけ、マルコとヨハネの福音書には書かれていない)

昔々、ヨアキムとアンナという夫婦がいました。この夫婦は長い間子宝に恵まれず、寂しい思いをしていた。彼等夫婦は神に祈りました。

「どうか私達に子供をお恵みください。」

しかし願いは受け入れられないのか二人には子供がなかなかできない。そして今度は

「もし子供をお恵みくださったなら、その子を必ず神に捧げ、生涯の日々を神への奉仕に向わせます」

と祈った。この「捧げます」という言葉に動かされたのか夫婦の前に天使が現れ、近く願いが叶えられ子供が生まれる事を告げる。神様もなかなかタダでは動いてくれないようで・・・。そしてめでたく女の子が生まれた。彼女はマリアと名付けられた。マリアは3歳になると両親の誓いどおり、神殿に預けられる。彼女はどう思っていただろうね。「勝手な約束してくれちゃって・・・」とは思っていたのか、いなかったのか。

マリアが12歳になった時、夫選びのコンクールがおこなわれた。マリアを妻として迎えたいものは杖を持って集まれ。それは神の意思であった。大司祭の祈りに応え、神が夫となるべき男には印を示してくれるはずであった。そしてこのコンクールで神が選んだのは大工のヨセフ。「やったぜ!」彼の杖から鳩が現れる。神様もなかなか粋な演出をしてくれる。ヨセフはみごとマリアの許婚者として選ばれる。ところがところが、このマリアという娘。こともあろうに結婚をしないうちに身篭ってしまう。あぁ、デキちゃった結婚かぁ・・・というわけではない。ヨセフとはまだそういった関係がなかったのである。天使がマリアのところに現れて言った。

「あなた妊娠してますよ」
「えぇ?」

マリアは狼狽する。そりゃそうだろう、産婦人科の医者に言われた時でさえ狼狽する場合もあるのに、いきなり天使が現れてそんな妊娠の事実を告げられれば誰だって普通ではいられない。まして彼女は経験がなかったわけだから。

「何かの間違いじゃないの?だって・・・私経験ないのよ」
「いやいや、お腹の中の子供は神の子だからね、神にできないことは何1つないのだよ」

と言って去って行った。マリアは狼狽しつつもそれをヨセフの耳にいれる。「聖霊によって身篭った?そんな馬鹿な」彼は信じなかった。これまたそりゃそうだろう。ヨセフはショックだっただろうな。今でいえば結婚詐欺にあたる可能性もある。でもヨセフは人柄の良い人だったから、マリアを傷つけようとせず、そっと身を引いて婚約を解消しようとした。ところがヨセフのところにも天使が現れた。

「マリアの身篭ってる子は神の子なんだよ。だから心配することはないのだよ」
「ほんとに?」
「ほんとだって!」
「そうなのかなぁ」

素直に信じるのもどうかと思うが、そうして生まれた子の名はイエス。これが受胎告知のエピソード。今から2000年以上前のベツレヘムでのお話。

まぁ 科学的根拠から言えばそんな事当然あるはずのない事なのだが、神話のエピソードの類いにとっては科学的根拠はたいして重要な事ではないからね。特に「知る」事によって解脱(悟り)を目指す仏教と違い、キリスト教は「信じる」事・信仰によって神の救済を目指すものだから、科学的根拠がどうのこうの言う前に神を信じなさい、という事なのでしょう。ただ、このようなエピソードがでてきた原因としてマリアの相手は他にいた、という説がある。この説によればローマ兵士のパンテラという男(当時のパレスチナ地方はローマ帝國の支配下)がマリアの相手で、心根のやさしいヨセフはそれを承知でマリアを引き受け、成長したイエスはその事実を知って早く家を出た。家督を正統な弟達に譲ろうと考えたわけである。と、同時に、そうした事情にもかかわらず、自分を我が子同様に愛しんでくれたヨセフの姿を通して、人の世の愛を知った、ということらしい。

さて、この文章を読んでる人の中にはヨハネの黙示録が気になってる人もいるでしょう。なんたって、世界の終末を予言した内容といわれてるのだからね。世界の終末が近づくと、10本の角と7つの頭を持つ獣が海から現れ、サタンから与えられた巨大な権力によって世界を征服し、人々に自分を崇拝させるよう命じる。獣の像を崇拝しない者は皆殺しにされてしまう。獣の名前は「666」という数字によって暗示されている。人類の大半は滅びる。といった内容なのだけれど、この文章は1世紀末、小アジア西岸地方の何処かで書かれた文章で、ヨハネと名乗る人物が自分の見た幻の内容を報告したものという形式で書かれている。このヨハネなる人物は使徒ヨハネとも福音書のヨハネとも異なる別人である。では「黙示録」のヨハネとは何者なのか?実はエーゲ海の南東のパトモス島にいたらしいという以外、正体も経歴も不明。つまり「ヨハネの黙示録」とは、何処の誰かもわからない人物が「こんな幻を見ました」と言ってるだけの文章なのだ。非常にくだらないね。宗教改革を行ったマルティン=ルターも「黙示録」を批判し、聖典からはずすべきだと主張したらしい。この「黙示録」の16章には悪霊達が全世界の王を「ハルマゲドン」と呼ばれる場所に集合させた、という記述があるが、これが世界の終末の事をハルマゲドンと呼ぶようになった所以である。ちなみにこの「黙示録」によれば神によって救われる人間はわずか14万4000人で全員が童貞の男性であるという。何だかなぁ・・・

クリスマスの話題からキリスト教の話題までいろいろと書いてきましたが、クリスマスはね、クリスチャンでなくともやっぱりよいものです。信仰を持つ者、持たない者、関係なくクリスマスを楽しみましょう。ただ、クリスチャンでない方々はクリスマスミサに行くのであれば、クリスチャンの方々に迷惑のかからないようにしないといけません。最後に拙者はクリスチャンではないけれど福音書の中で好きな言葉があるので載せておきます。

いと高き所に、栄光が、神にあるように。
地の上に、平和が、御心にかなう人々にあるように。Amen.
〜「ルカの福音書」より〜

皆様がステキな聖夜を過ごせますように!

(99/12/01 Written by SAMURAI)