第壱八回:せつない話(第壱章)
学生時代、一緒によく酒を飲みに行く男女十数人のグループがあり、拙者もその中の1人だった。試験が終った時には必ず飲みに行っていたし、その他にも今日は天気がいいからだの、暖かくなってきたからだの理由をつけてよく飲みに行ったものだ。皆で過ごす時間はとても心地よく和気藹々。その中にN美という女の子がおりました。彼女は大きな瞳が印象的なかわいらしい感じの女性で、多分誰が見てもかわいいと思えたのではなかったか。もちろんかわいく思えるからといって必ずしも惹かれるわけではない。拙者もかわいらしいなと思ってはいたが異性としてそんなに意識していたわけではなかった。やはり好みは人それぞれなのだろう。他の人曰く彼女はおっとりとしていると言っていたが拙者にはおっとりというよりもちょいとトロく感じたものだった。が、彼女とはグループの中でもそれなりに仲の良い方であったと思う。たぶん拙者が彼女の事を異性としてそんなに意識していなかったのがよかったのであろう。彼女も何となくそれを察知していたように思える。だから気楽に話ができるような間柄だったのではないか。拙者が惚れられるはずもないしな・・・。しかしやはりそんな彼女に対して惹かれる男がいた。K島というヤツだった。彼はなかなか彼女と2人で会う口実がつくれず苦悩していた。彼は小学生の時から剣道をやっていて剣道一直線。ウブなヤツだったのだ。彼からどうすれば彼女を誘えるか相談を受けた。
K島「なかなかきっかけがつくれない、どうしたものか?」
拙者「普通に誘えばいいじゃないか、映画でも行きましょうって」
K島「オレは剣道しかやってこなかった、経験がないから難しい」
拙者「剣道の時のように気合いをいれて、気力をもって彼女を竹刀で打ち込んでみろ」
K島「そんな事をしたら嫌われてしまう」
拙者「当たり前だ、何処の世界に好きな女の子を竹刀で叩きのめして愛を告白する男がいる、気力を持てという例えだ」2人で相談した結果「映画のペアチケットをもらったのだけれど一緒にいく相手がいないからよかったら一緒にいかないか?」というセリフで迫る事にした。もちろんそのペアチケットは彼が自分で買ったものである。彼はセリフを途中でつっかえないよう何度か拙者の前で練習した。あの時の彼のとてもぎこちない笑顔は忘れる事はできない。そして皆で飲みに行った時、彼は拙者に今日の帰りに例の作戦を決行すると宣言した。そして2人で「頑張れよ」「あぁ」などと話をしている所にほろ酔い気分の彼女がやってきた。
N美「ねぇねぇ、2人で何話てるの?」
拙者「うん? 冷戦崩壊後の極東アジアにおける日米安保の存在意義についてちょいとね」
N美「はぁ? ウソばっかり」
拙者「わかる?」などと宴も酣、その時彼女がふいにこう言った。
N美「ふふ、実はねぇ、この間慎也の部屋に泊まっちゃった、あはは」
拙者「泊まっちゃった・・・?」
K島「あはは・・・?」
拙者「・・・・・・」
K島「あ、あぁ、泊まったって・・・ど、どういう事なのかな?」・・・そんな事聞かなくてもわかるだろ。だんだんとK島は思考停止状態になっていった。
N美「どういう事って、そんなぁ、ねぇ」
N美「前々から慎也の事いいなぁって思ってたんだ。付き合う事になったんだけど皆に隠してるのイヤだなぁ、と思って」彼女は無邪気にうれしそうに話していたが、K島の目は虚空をさまよっており、どうやら彼女の話が耳に届いていない様子だ。
N美「そうそう、ほんとあのセリフやっぱり効き目バッチリだったよ」
拙者「あのセリフ?」
N美「ほら、前言ってたじゃん、片思いでもいいのってやつ」
拙者「あぁ、アン=バクスターの・・・」
N美「慎也のやつほろっときてやんの、私の勝ちね」それは以前拙者と彼女が2人で映画について話していた時に話題になった名セリフだ。(この名セリフについては詳しくは「銀幕の部屋」を読まれたし)彼女は「いつか使ってみたい」と言い、拙者は「ぜひ使ってみてよ、使ったら報告してくれ」と言った。当時彼女はこのセリフを使う相手がいないと言っていたのに、まさかこの場で報告されるとは・・・。
N美がK島の異変に気が付き声をかける。
N美「・・・K島君どうかしたの? 具合でも悪いの? 大丈夫?」
K島にそんなに優しく声をかけるなんて・・・なんて残酷な・・・が、しかしもちろんN美は悪くない。
K島「・・・うん? あ、あぁ 最近ちょいと磁場が乱れてるというか・・・地軸がずれてるというか・・・それで体調が・・・死にかけて・・・」
K島は完全に取り乱していた。こんなうわ言を言われた日には誰だって気味が悪い、事実拙者でさえもこの時のK島はちょいと気味が悪かった。が、そんな不気味なK島にもN美は優しかった。
N美「飲み過ぎたんでしょ、少し横になった方がいいよ、私お水もらってあげるね」
あぁ、もういいんだ。これ以上彼に優しくしないでやってくれ、放っといてあげてくれ・・・。
N美「横になるにはここちょっと狭いね、ふふ、膝枕してあげようか?」
あぁ、そんなトゲのある冗談はダメだぁ、ダメなんだぁ・・・。あまりにもその場に居た堪れなくなりK島を連れてトイレへ行くふりをして移動をしようとした。その時彼のジャンパーのポケットから映画のペアチケットが落ちた。落ちたそのペアチケットはクシャクシャになっていた。多分彼はポケットの中で思いっきりそのチケットを握り締めていたのだろう。N美がそれに気が付き
N美「あ、K島君のポケットから何か落ちたよ、これって・・・映画のチケットじゃん、クシャクシャにしちゃってダメだなぁ、もう」
N美「あれ? これって2枚あるよ。K島君誰と行くつもりなのぉ?」いたずらっぽくN美が聞く。もぅ、これ以上K島を苦しめるのはやめてくれぇ。K島の普通じゃない状態を見て察してくれぇ。が、ちょいとトロい彼女にはそれはやはり期待できなかった。
拙者「あ、あぁ、それね、いやぁ、今度の土曜日暇だからオレといっしょに行こうと思ってね」
N美「え? 2人でいっしょに・・・? そう、ふ〜ん・・・」N美が怪訝そうな顔をする。まぁ、確かに男2人で映画というのはこの歳になると普通行かない。が、何もそこまで怪訝そうな顔をしなくても・・・。そう思いながらN美からチケットを受け取る。受け取ったチケットには「マディソン郡の橋(前売券)」と書かれていた。あぁ、そりゃ怪訝そうな顔するよ。K島め、何でこんな映画を選んだんだ。といってもヤツはN美と行くつもりで選んだのだから仕方ないのだが・・・。「いやいや、この映画は男同志で見てこそさ」などと自分でもわけのわからないコメントを残してK島を連れてその場を去った。K島は意識を回復した後はウィスキーをストレートでかっくらい何度か吐いた。K島を慰めるのにはかなりの時間を要した。仕方が無いので本当に後日K島と2人で「マディソン郡の橋」を見に行った。受け付けのオバちゃんが男2人の拙者とK島を見て、クシャクシャのチケットを見てこれまた怪訝そうな顔をした。映画館でふとK島を見ると彼はすすり泣いていた・・・。映画を見終わって外に出ると、夕日が優しくそしてちょいとせつなく2人を包んでくれていた。
あれから月日が流れ、N美はその彼と結婚した。拙者は彼女の結婚式で「2人の事を大切に思う皆の分まで幸せになって下さい」とスピーチしたK島の笑顔もまたセリフを練習した時の笑顔と共に忘れる事はできない。
くぅ〜 せつねぇ〜・・・
(2000/11/27 Written by SAMURAI)