第壱九回:せつない話(第弐章)

学生時代、卒業した先輩はたまに我々後輩のところを訪れてくれて、その際にはよく夕飯をおごってもらった。一足先に社会人になった先輩達の背中が大きく見えたものだ。別に飯をおごってもらったからというわけでは決してないが。

ある時社会人になった先輩がボーナスをもらったと言ってやって来た。いつものように飯をおごってもらい、先輩に礼を言い、帰ろうとすると先輩が「まだおごってやるからもう一軒行こう、行きつけの店があるんだ」と言ってくれた。先輩のそのような申し出を断るのも無礼な事と思い、先輩の案内で友人3人と先輩行きつけの店に行く事にした。そして先輩の行きつけの店に行ってみるとそれは普通の飲み屋ではなく女性が同伴してくれる飲み屋だった。お店に入ると何人かの女性がそばに来て話をする。パブとでも言うのかな?(もちろん普通のパブだ。決して猥らなパブではない)そのようなお店に入ったのはむろん初めてで最初はちょいと緊張したがすぐに慣れた。が、慣れると非常につまらなかった。初対面の見ず知らずの女性と話すのはちっともおもしろくなかったのである。しかも彼女達は客のお金で酒を飲む(もちろんこの時は先輩のお金なのだが)。これなら気心の知れた仲間と飲む方が全然楽しい。友人達を見ると1人の友人はまさしく拙者と同じ気分らしかった。が、もう1人の友人はお店の女の子と楽しそうに話している。その友人はTという。う〜む、やはり人それぞれだなぁ、と思いながら酒を飲んでいた。時間も経ち、そろそろ帰ろうかという時にはTとそのとなりの女の子は酔いも手伝ってか、かなり身体を密着させて話も盛り上がっており、見た目にはいい雰囲気。拙者はというと全然盛り上がらない会話の中、隣の女の子が話す言葉を聞き流し、自分は自衛隊と憲法9条について力説していた。そして店を出て帰り際に先輩が「あまり楽しくなかったみたいだな、すまん」と言ったので、おごってもらった上に謝られて非常に申し訳なかったのだが、僕と友人2人は「やはり僕等にはああいった店はちょいと合いませんでした、ゴメンナサイ」と正直に言って先輩に詫びた。が、Tは「オレはすごく楽しかったです、また連れて行って下さい」と言っていた。やはり一緒にいた女の子とすごく盛り上がっていたらしい。半ばうらやましく思いつつも、向こうは商売だから誰とでも楽しく話すのだろうとも思った。その後Tは何度か先輩にその店に連れ行ってもらったようである。(Tの名誉の為に誤解の無いよう言っておくが彼は背も高いし、間違いなく格好良い男の部類に入ると思う)。

ある日Tが拙者達2人のところへ来て、お店で仲良くなった女の子と今度デートする事になったと告げた。彼女の名はミキちゃんというらしい(本名かどうかは非常に疑わしいと思うのだが)。拙者達は多少うらやましく思いつつも、飲み屋の女性とデートなんて大丈夫か?とも心配した。が、彼は彼女はああいった商売をしているけれども根は良い子だ、ファッションの勉強をしたいのでその学費を稼ぐ為にああいったバイトをしているのだという事を力説した。それと彼女のハスキーボイスが何ともかわいらしいとも言った。確かにそう言われてみると彼女は低いハスキーな声だったような気がする。まぁ、彼がそこまで言うのに拙者達が強硬に止める事もあるまい。楽しんでおいでよ。と言い、結果を報告してくれ、と頼んだ。

その後、彼等は順調な恋愛をしたらしい。Tは拙者達にいろいろと報告してくれた。どうやらけっこう本気で好きあっているようなのだ。デート代なども折半しているとの事。相手もやはり本気でTの事を好いているのだろう。出会いはいろいろな形があるものだ。こういった出会いもあながち悪いものでもないのだろう。

ある日、Tが拙者達のところにやってきて少し暗い表情でちょいと悩んでいると告げた。その悩みとは・・・彼女との恋愛は順調なのだが、どうやら彼女は最後の最後のところでいつも拒むらしい。わかるね、この「最後の最後のところ」という表現。まぁ、男女の契りとでも言おうか、大人の関係とでも言おうか・・・。彼にはそれが納得できない「何故彼女はいつもそうなのか?」と力無く拙者達に洩らした。まぁ、Tの気持ちも当然だろうなぁ、順調にちゃんと真面目に恋愛してるのに何故?って思うよな、普通。いざと言う時になると彼女は「まだ・・・」と言ってうつむいてしまうらしい。Tが「結婚までは、という事?」と聞くと「そういうわけでは・・・」と言ってまたうつむいてしまうらしい。「彼女は何故こんな態度をとるのだと思うか?」と聞かれ、拙者達も「さぁ、わからないなぁ?焦らされてるだけなんじゃないの?」と答えていた。もっともTは相談する相手を間違えている。拙者達は女性の細かな感情の機微などにはとんと疎いのだから。が、「次回また彼女が部屋に来る時に自分がいかに真剣に好いてるかを説明してちゃんと説得してみろ」とありきたりなコメントをした。Tもわかったと言い、また何か結果がでたら報告するよと言ってその場を去って行った。

しばらくしてTが学校に来なくなった。心配になったので拙者と友人の2人でTの部屋を訪れる事にした。部屋を訪れるとTは部屋にいた。が、力無く何処か呆けている。拙者達は心配してTに「どうしたんだ?」と問い掛けるとTは理由を説明してくれた。

Tの説明によると彼は騙されていたらしい。が、騙されていたというのは彼女が遊びでTと付き合っていたという事では決してない。騙されていたという表現も適当ではないだろう。むしろ彼女も本気でTの事を好いていた。が、彼女にはTには言ってない、Tの事を本気で好きだからこそ言えない秘密があった。実は・・・彼女はTと出会う少し前まで・・・拙者達と同性だった、つまり男だったのだ。(ハスキーボイスの秘密はそこにあった!)これを彼女の口から聞いた時のTのショックは計り知れない。愛した女性(女性と思っていた)が実は男だったのだ。そりゃ、呆けるよな。彼女はTの部屋で泣きながらTに今まで黙っててゴメンナサイと詫びたそうだ。拙者達は言葉を失った。部屋にはただタバコの燃える音だけがかすかに聞こえるだけになった。

その後Tと彼女は話し合って別れた。とても未練はあるもののやはりTには彼女(彼?)をこの先愛し続ける自信がなかった。でも彼は「ミキとの事はとても良い想い出だし、真剣に愛していた時の気持ちに嘘はない」と言った。彼女は別れ際に「私、本当に女の子に生まれてればよかった・・・」とTに言い残したという。

くぅ〜 せつねぇ〜・・・

(2000/12/03 Written by SAMURAI)