殻
ある朝。
ベランダにおいてある菜の花に葉っぱに黄色い卵がついていた。
真珠にほんのりと黄味がかった奇麗な色。
まんまるくてちっちゃい卵が、太陽の光を受けて、微かに輝いていた。
宝石のように見えて、指輪のように指にのせてみたくなった。
けれども。
卵はあっけなくつぶれてしまった。
そっとつまんだはずなのに。
悲しかったので、残りの卵は触らずに見守ることにした。
数日後、卵の中でくるくる動くものが現れた。
中身が早く見たくなって、耐え切れず、針の先でそっと破いてみた。
透き通った若葉色の赤ちゃんが出てきた。
うれしくなって、手のひらにのせた。
細く短い身体を一生懸命伸び縮みさせて歩く。
その足の微かな感触が心地よい。
赤ちゃんは小さくてかわいくて好きだ。
人間の赤ちゃんが一番好きだけれど、猫だって、犬だって好きだ。
前は母さんがいろんな動物の赤ちゃんを連れてきてくれた。
なのに、いつのまにか何も連れてきてくれなくなった。
あの子達はどこに行ってしまったのだろう。思い出せない。
若葉色の赤ちゃんは、一杯葉っぱを食べて大きくなり、蛹になった。
蛹が孵る日をとても楽しみにしていた。
なのに、いつしか抜け殻だけになっていた。
とても奇麗な蝶になって出てくるのを見られると思っていたのに。
そう思うと、ひどく悲しかった。
悲しすぎて、ご飯が食べられなくなった。
母さんにひどく叱られたけれど、それでも、食べられなかった。
食べなくなって一週間後。
ベランダのレモンの小さい木に卵がついた!
形は少し縦長だったけれど、透明感のある奇麗な黄色だった。
私は孵えるのをじっと待った。
じっとじっと待った。
いいかげんにご飯を食べてと、母さんが泣きはじめたけれど、言うことを聞かなかった。
卵の中でくるくる動く黒い影が現れた。
前より少しだけ大きい。
今度も針の先で卵の端を破った。
ひどくわくわくした。
それなのに。
出てきたのは黒くて嫌らしい模様のついた毛虫だった。
思わず、人差し指で潰してしまった。
ぶちゅっと音がした。
オレンジと白のまじったものが出てきた。
指先に、ちくっとした痛みが走り、思わず、指を口に含んだ。
苦くて、まるで毛虫模様のような嫌らしい味がした。
ああ、こんなはずじゃあなかったのに。
かわいい赤ちゃんが見たい。
どこにいるんだろう。
そうだ、また卵を探そう。
もっと葉っぱのあるところに行けば、もっと卵があるはず。
部屋を抜け出し、公園に行った。
ああ、そうだ。いなくなったあの子達も公園にいるんだった。
動かなくなると、いつも、いつのまにかいなくなっていて、
母さんに「どに行ったの」と聞くと「公園」とだけ答えた。
それしか教えてくれなかった。
あの子達は公園で何をしてるのだろう? 分からない。
こっそりとベランダを伝って外に出た。
玄関は母さんが見張っていて、外に出してくれないから。
一生懸命走ったから、公園にはすぐついた。
日当たりのよさそうなところに行って、木々の葉っぱを眺めた。
見つからないから、めくっても見た。
その時、誰かに声をかけられた。
「いいお天気ね。何をしてるの?」
卵を探しているんです。
「まあ、探してどうするの?」
生まれてくる赤ちゃんが見たくて。
大好きなんです、赤ちゃん。
小さくてかわいい赤ちゃん。
にっこり笑って言った。
話し掛けてきた女の人もにっこりと笑った。
そして、こう言ったのだ。
「私のお腹の中にも赤ちゃんがいるのよ。ほら、今、動いた。
生れたら見せて上げるわ。また、今度、公園にいらっしゃい。」
いいえ、今見たいわ、動いてるなら殻を破いて大丈夫よ。
人間の赤ちゃんが一番好き。
やわらかい肌と甘い匂い。
透明な瞳がくるくると表情を変える。
見ていると、とても幸せになるから。
病院に行った時にしか見られない、一番かわいい赤ちゃん。
早く。
早く見たいわ。
・・・ねぇ、どうして?
今度の殻は厚くて破くのに、ひどく苦労したのに。
どうしてこんなに赤黒くて醜いの?
また、潰してしまおうかしら。
END