| 人は不思議なものです。 不吉なものを忌み嫌う一方、不吉な逸話がまつわる美しいものに、時として、より以上の妖艶さを感じ、 牽かれていきます。 しかし、妖しい美しさに彩られた逸話は絵画や骨董品のような美術品ばかりではありません。 今回、ご紹介するのは第二次大戦中、その美しいスタイルと不吉な伝説から「呪われた戦艦」と呼ばれた ドイツ戦艦、シャルンホルストの物語です。 |
|
|
ミリタリーコラム 「鈍色の夢」
|
|
第二話 「呪われた戦艦 シャルンホルスト」 |
|
|
戦艦、と聞くとたいがいの人が思い浮かべるのが宇宙戦艦ヤマト。アニメファンなら機動戦艦ナデシコ、映画ファンなら戦艦ポチョムキンといったところでしょうか? 進水式の日、港には何段もの桟敷が組まれ、その上に色とりどりの幔幕と鍵十字の旗、軍艦旗がはためいていました。白い船体には花のように何重ものベールが垂らされて飾られていました。列席した多くの人々を前にして、花嫁のような装いの白い巨艦にヒットラーやゲッペルスを始め、市長や海軍代表から祝辞が花向けられました。そして、最後にシャンパンと聖水で洗礼を与える役を与えられた少女が震える声で呼びかける様子が当時のニュースフィルムに残っています。 「戦艦シャルンホルスト、汝はドイツの心を持って祖国と人とを担うべし。神よ、鉄の肉体とドイツの栄誉をいま海に託します」 戦艦シャルンホルストは白い船体に美しいスタイルをしていました。写真を見ても艦橋や砲塔などの構造物が、まるでバイエルンの狂王ルードウィッヒが建てたノイシュバンシュタイン城のような優美さ、厳かなシンメトリーに満ちています。この艦を見たことのある人はみな、「戦争の為に作られたのが悔やまれるくらい美しい艦だった」と語ります。 しかし、この戦艦には建造中の異常な事故死の数、度重なるボイラーの爆発の犠牲者、艦長になるはずだった人が心臓発作で突然死するなど、戦いに赴く前から異常な死のエピソードがつきまとっていました。 何より奇妙な出来事は、シャルンホルストの洗礼親となった少女の変死、という事件でした。 ヨーロッパでは軍艦に限らず船が誕生した際、抽選で無作為に選ばれた女性が洗礼親となって祝福の言葉を述べ、航海の安全を祈る、という儀式があります。ところが進水式でシャルンホルストの洗礼親になった少女が数日後、不思議な文字を書き残して手首を切り、自殺してしまったのです。ドイツ海軍の名誉にかかわる事件なだけに、泣く子もだまる秘密警察ゲシュタポが捜査し、遺書らしいその文字も調べたのですが、それがルーン文字に近い言葉で「私は魅せられました」「護りなさい」と書かれていたらしいことが分かった以外、何故14歳の平凡な少女が、そんな難解な古代語を知り、何のために書いて死んだのかとうとう分からずじまいでした。 |
|
![]() |
|
|
予想もしなかった出来事に意表を突かれたイギリス軍は大慌てでその場にいた魚雷艇や駆逐艦、爆撃機をかき集めた追いすがったのですが、苦もなく蹴散らされ、ドイツ艦隊は本国に逃げ帰ってしまったのです。 「ドーバー海峡の崖に立っていた私の眼に、その時だしぬけに霧の中から1隻、また1隻と白い大きな軍艦が音もなく現われ、通 り過ぎていきました。最初に現れた船はまるで中世のお城のように綺麗で、私の眼にはまるで幻のように見えました。後になって、私はあれがドイツの戦艦隊であることを知ったのです」 ![]() しかし、全ては戦争という狂気の時代のなかのことでした。 そして、どんなに美しい造形美に満ちた戦艦であっても、それはヒューマニズムを踏みにじった残虐な国家の海の尖兵であることを忘れることは出来なかったのです。 鉄条網の向こうに立ちすくむ人々の絶望に打ちひしがれた顔。ユダヤ人というだけで生きる資格さえ奪われ、心を踏みにじられた人々。鍵十字の烙印を押された兵士に連れ去られる母親、必死に後を追い、蹴り倒される小さな子供。自由を夢見、天井の隠れ家で日記を綴っていた少女。生きながら夫は焼かれ、妻はガス室に送られた老夫婦。医学実験にモルモットとして供された青年。 何の罪もない人々の幸せを引き裂く、こんな歪んだ、そして悲しい時代がいつまでも続くはずがなかったのです。 偶然も、僥倖も、努力も、ささやかな希望や夢も野望も、恐怖も悲しみも、そしてやさしさも愛も…そんな人々の営みは、歴史という大きな運命の流れの前では取るに足らない無力なものにしか過ぎなかったことを、現代に生きる私達は知ることが出来ます。 そして、そのたびに目に見えない何かに向かって問いかけます。 何故、人は憎みあい、傷つけあうのか …と |
|
| 母港、ヴィルヘルムハーフェンに帰港した戦艦シャルンホルストでしたが、彼女を残し、ドイツ海軍はすでに敗北したも同然の様相になっていました。不沈戦艦と謳われたビスマルクはイギリス全海軍を相手に戦い沈没、同型艦のティルピッツは北洋のフィヨルドに停泊していたところを爆撃されて半身不随、シャルンホルストの姉妹艦グナイゼナウはドーバー海峡突破作戦の数日後、激昂したイギリス空軍の報復爆撃で浮かぶスクラップのような廃艦となっていたのです。 この頃、北アフリカで敗れ、ヨーロッパ上空で敗れ、ロシアで敗れたドイツ軍は、空でも海でも陸でも、もはや崩壊を一寸刻みに伸ばすが為だけの絶望的な戦いを繰り広げていました。 戦艦シャルンホルスト、彼女の死期もまた迫っていました。 そんなある日のこと、孤艦となって北洋の港に憩うシャルンホルストに不思議な情景が広がりました。晴れることの滅多にない北洋の重苦しい雲の一角が晴れ、差し込んだ光条が彼女を照らしたのです。 1943年、12月24日のことでした。 静謐ななかにたたずむこの孤艦は、まるで神の啓示を受けたかのように白い光に包まれ、その様子は、ある有名な従軍画家によって描かれました。 神が生まれた日、自然の光から洗礼を与えられたナチス海軍最後の戦艦。それは運命の予兆だったのでしょうか? やがて、雲が再び空を覆い、光が消えたとき、もしかすると死を代償に守護天使となったあの少女もまた神によって許され、この不吉な戦艦のもとから去っていったのかも知れません。 翌日、イギリス船団の接近が罠であることを知らないまま出撃したこの名艦は圧倒的なイギリス艦隊の集中砲火を浴びて流氷の荒海に消えたのです。 |
|
![]() |
巡洋戦艦 「シャルンホルスト」 (Battle cruser "Sharnhorst") |
| 性能諸元
全長 :230m |
|