イベントの終わった会場は、閑散として人の息づかいもない。  
ただ一室だけリスナーで満杯の部屋があった。小森まなみ親衛隊の集会所。
そして、親衛隊の面々は、固唾を飲んである結果がもたらされるのを待っていた。
「来たか!」  
突如足音が静寂を破り、部屋の扉が勢いよく開かれる。
弾かれたように視線を集中するその先に、一人の親衛隊員が青ざめた顔で荒く息をしていた。
「どうだった!」
「おい、しっかりしろ!!」
 駆け寄る一同を手で制した彼の、しかしその顔は青かった。なんとか呼吸を整えようとするのだが、ついに耐えきれず絶叫が響きわたる。
「マミちゃんが!マミちゃんがああぁぁぁ!!」


小森まなみ親衛隊に栄光あれ! (この物語はフィクションです)


「くそぅ、吉河め!!」  
リスナーの一人、吉河サトシが、楽屋で小森まなみに抱きしめられた…。
その報告を受けた一同はやり場のない怒りに身を震わせ、あたりかまわず怒号をぶちまけるしかなかった。
「きっと何か汚い手を使ったに違いない!たとえば恥ずかしい写真をばらまくぞとか」
「何て野郎だ!このままにしておいていいのか!?なあ隊長!!」
「落ち着け!!」  
小森まなみ親衛隊長、高橋の一喝に思わず一同がしんとなる。つい先ほどイベントを終えたリスナーが、確かにこれではいささか情けない。
「すまん、高橋…」
「でも俺たちの気持ちもわかってくれ…」
「ああ、お前らの想いはこの俺が一番よく知っているつもりだ…。ここは冷静に、如何に吉河を殺るかを考えようじゃないか」
 しーーん
「てめぇが一番危険だぁぁーーーー!」
「俺としてはコンクリに詰めて新しいフラミンゴスタジオの定礎にするのが一番と思うんだが…クックックッ」
「ああっ目がマジだ!!」
「嫌だっ!さすがに犯罪者は嫌だ!!」
「水かけろ水ーーーっ!!」  
そんなこんなでてんやわんやの部屋に、不意に扉をノックする音が響く。息をのんだ一同が、高橋の合図でそろそろと扉を開けた。
 そこに立っていたのは…
「吉河、貴様ァ!!」
 さっきの言葉はどこへやら、全員の目に殺意が走る。ゆっくりと入ってくる吉河を取り囲み、まさに一触即発の空気が流れる。
「…聞いてくれ、みんな」
「き、聞けだと…!」
 高橋の声は激情を必死で押さえるかのように小刻みに震えていた。何年間もの自分たちのリスナー活動の結果 がこれか。こんな結末のためだったのか。
「高橋、俺の話を…」
「俺は…俺はマミちゃんにすべてを尽くしてきた!この人のためなら死ねると思い、何もかもを捧げ尽くした!バイト代はプレゼントに消えた。雨の中でずぶ濡れになりながら会場整理もやった。荷物持ちも喜んでやった。彼女から”あの人と私とどっちが大事なの!?”と聞かれマミちゃんと答えたらフラレた。だが、悔やんだことは一度とてない!俺の青春はマミちゃんと共にあった!それでもマミちゃんが幸せになるためなら敢えて身を引くこともしよう! しかし吉河、貴様だと!?断じて認めん!貴様などマミちゃんを不幸にするだけだ、誰が貴様など!!」

「いいから、話を聞け!!!」

 バン!!!  
テーブルが思いっきり叩かれる。隊員はもちろん高橋すら気圧される中、吉河は重々しく口を開いた。
「『夢プラス努力イコール現実』…」
「なに…?」  
一瞬何を言ってるのかわからず親衛隊員達はきょとんとする。高橋の視線に促され、吉河は淡々と言葉を続けた。
「お前たちはいつもラジオを聞いているだろう?そこではマミちゃんがいろんな人を励ましている。でもそんな彼女自身を言葉以外のもので支えるものは誰もいない。いつまでもそのままでいいのか!?彼女はいつまでも一人ぼっちのままでいいのか!?」
「だ、だからお前だというのか・・・?」  
あくまで静かな物言いに、苛立ったような誰かの声が上がる。
吉河は相手をにらみつけると、周囲の親衛隊員に対し一気に言い放った。
「お前たちは彼女の何を見ていた!? マミちゃんが周りにちやほやされながら、本当はいつもどんな想いだったか考えたことはあるか! いいやお前らが見ていたのは彼女じゃない。小森まなみというアイドルのサインを貰ったり彼女の注意を引くことで自分達が彼女に近い存在である優越感に浸っていただけじゃないのか!? マミちゃんのためと言いながら…実際は彼女に感謝されたくて動いていただけではないのか!!!」
「!!!」  
彼らの答えは様々だった。ある者は拳を握りしめ俯いて、ある者は抗議の声を上げようとして叶わず、またある者は横を向いて何かぶつぶつと言いながら、しかし吉河の真っ直ぐな視線を受け止められる者はそこにはいなかった。
それは結局、彼の言うことに一理あるという証ではなかろうか。
「しっ…しかし!!」
 血が出るほど唇を噛みしめていた高橋が最後の反撃に出る。
「なら、貴様はどうだというのだ!? 貴様がマミちゃんの本当の心を知っているという証拠はあるのか!!」
「それは…俺の口からは言えん」 「な、何だとォ!!!」
 自分勝手な言いぐさだ!と、行き場のなかった皆の憤りが新たな出口を見つけたかに見えた。しかしそれが爆発する前に、吉河は厳かに宣告した。
「何故なら…」


「吉河くん…」
「ん、何…?」
 誰もいない楽屋の廊下。でも自分の隣にはまなみがいる。
電波の天使という殻から抜け出し、素顔を見せてくれたアリス。何にも代えられない愛を告げた一人の少女が。
 しかしそれは同時に大勢の人へ向けていた心を失ったことでもある。そして今までずっと無理をしてきた彼女を、これからは自分が支えとなってやらねばならないのだ。
(俺につとまるんだろうか…)
 傷つきやすい彼女の心の痛みを感じるだけになおさらそう思う。
はたして今の自分に、彼女を受け止め、包んであげられる大きさや力があるのだろうか。
「…心配なの?」
「いや…そうじゃないよ」
 吉河が安心させるように微笑むと、まなみもまた柔らかな笑みとともに彼の腕を取った。心配というのはこれから親衛隊に説明しに行くことの話だ。まずは彼らに納得してもらわなくては…。
「それじゃ、行くよ」
「ええ」
 見慣れた親衛隊集会所の扉の前に立つ。自分は彼らに謝るべきなのだろうか、まなみはそんなことを考えていた。自分にとって彼らがどんな存在だったのか。それもまたこれからはっきりさせなくてはならないのだろう。  
ガラッ
 吉河の手で扉が開く。
「みんな…」


「!!?」
 それは異様な光景だった。
扉を開けたのは吉河とまなみ。親衛隊に取り囲まれているのは吉河…。

違う!

親衛隊の面々は今、気づいた。
 殺気立った親衛隊に囲まれながらも腕組みをして不敵な笑みを浮かべているその男。今まで自分たちを諭していたその男が、吉河であるはずがないのだ。
「てめぇ何者だぁーーー!!」  
親衛隊員の一人が飛び掛かるのを、男はひらりと身をかわすと空いていた窓へと跳躍し、そのまま窓枠へと飛び乗った。外からまだ冷たい風が吹き込んでくる。
「夢は、かなえる為ばかりにあるのではない!」
「だ、誰なんだお前は!!」  
吉河が叫び、まなみも目を丸くする。外の光を背に、窓枠にすっくと立った謎の人物はシルエットとなって2人を見据えた。
「夢は、人の心にやさしさを与える為にもあるのだ!まなみよ、お前が彼らのアイドルだったのなら、彼らもまたお前にとって虚像に過ぎぬ 。だが、これからも電波の魔法を信じて人々に語り掛ける勇気を持てたなら、彼らのなかの虚像はいつか本当の電波の天使となるだろう。その時こそ偽りではない、本当の電波の魔法が現実となるだろう!」
「あ、貴方は…」
「そして吉河よ!!」
 自分と同じ姿の彼に、吉河は思わず姿勢を正した。
「迷うことはないのだ! 今隣にいる電波の天使こそお前自身の心の証。それに気づくことができたなら、真実の愛は永遠に消え去ることはあるまい!!」
「ま、待ってくれ! キミは…キミは一体…」
「小森まなみとリスナーに栄光あれ!!さらばだ!!」
「!!」  
一同が息を飲む中を、ひらりと窓枠から飛び降りる。何事もないかのように3階の高さから。
 慌てて吉河とまなみが窓へと駆け寄ったとき…眼下にも、他のどこにも、彼の姿はなかった。
「マミちゃん」
「吉河…」
 振り向けくと高橋が、親衛隊が、謎の人物が口にできなかった答を待っている。それぞれが各自の想いを胸に、結末をつけるべく2人の言葉を待っているのだ。
 そう、誰かは知らないが、くじけそうな心を励ます為に彼は敢えて悪人となって駆けつけてくれたのではなかろうか?  ならば、2人もまた自らの心を正直にぶつけなくてはならない。  偽りではなく本当の想いを、同じラジオの時間を共有したBUDDYとして。
「みんな聞いてくれ、俺は…」
「マミは…!」


 外の風は冷たいが、それでも春は確実に近づいている。
誰もいないイベント会場で、ただステージの上でだけ、ちょっぴり早い卒業式が行われていた。吉河サトシと小森まなみ。そしておいおいと泣きながら、2人を祝福するリスナーたち。
彼らの想いはまなみへと伝わり、彼女もまた、その美しい頬に涙の筋を作った…。  


そんな彼らを、会場から離れた街路樹の上から見守る者がいる。
裸に真っ赤な腰ミノ、毒吹き矢に怪しいアフロヘア。言わずと知れたニセ梶原だ!
「小森まなみ親衛隊よ。確かにお前たちの想いが正しい方向を向いていたとは言えないかも知れん。しかしそれでも世界に2つとない、紛うことなき歳月の思い出。それを糧とし、次は虚像としてではなく、本当の電波の天使として彼女を愛してやってほしい!さすればその涙も、いつか必ずや報われることだろう…」
 そして一陣の風が巻き起こり、ざあっと葉の震える音とともに彼の姿は木の上から消える。
後にはその正体を語るものとてなく、ただ木の葉が空に舞うだけであったという…。

                                        End




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