Try not to miss
the heart beat
with the setting sun


I can dream of you


There's no more to do cry
not to think of you


stay with me...


 

 


.

魔那魅人形

※ 当作品は小森まなみさん本人とは関係のないフィクションであることをお断りいたします





まなみはもう、ここにいない


「一向に進まぬ経済改革に対し、意識調査に拠りますと国民の58%の人々が虚無感を感じ…」
「ネット対戦型ゲームの普及に便乗した新しいゲームメーカーの試みがここ数年来大きなブームを巻き起こし…」
「“萌え”という合言葉を持ったアニメおたく達向けの新アニメ『るーにゃん』は幼稚園児の女の子が大学生の主人公を慕ってあれこれとちょっかいをかけてくる作品で…」
「プレステ3に移植された今作品では追加されたキャラクターと新しいコンボコマンドが16種類の…」
「リベリア紛争に対する国連軍の介入が疑問視されるなか、現地時間16日午後、第一陣として到着したアメリカ第101空挺師団は…」

気が狂いそうなほど、氾濫する情報
あまりにも、騒がしく、うるさい世界

みんな、イライラして
騒いでる
叫んでる
主張してる

誰もが、他人には目もくれず
だけど、自分には気づいてほしくて…


オレは煩わしい喧騒を拒絶するようにTVのスイッチを消した。
ふと、あの日以来消したままのラジカセを見やる。


オレハ ナニガホシカッタンダロウ…


まなみはもう、ここにはいない
ここにいるのは…

「ご主人様、おいしいです。もっと、もっと…」
ミルクを舐める子猫のようにひそやかな音を立てる少女
ここにいるのはまなみじゃないマナミ
自分自身の寂しさを紛らわせるためだけに、自分にあてがった身代わりのニセモノ…


「大好き…」


無邪気な笑顔
決して人を裏切らない、だけどプログラムで作られた笑顔
オレはぼんやりとマナミを見つめた
愛人形
欲望のための、ただの人形
電源を入れれば、ただ目の前の男を愛するだけ
電源を切れば、オレのことなどすぐに忘れる

「好き…」

つまらない…キカイ人形だ…





「ちぇっ、やっぱり容量なんてほとんど残ってねえや」
首の後に隠れたコネクターにケーブルを繋ぎ、パソコンのディスプレイからマナミのハードディスクを覗いたオレはため息をついた。
目の前の男の言葉に、どんな愛のささやきを返すのか
目の前の男の愛撫に、どんな風になまめかしく喘ぐのか
そこにあったのは、ただ人を愛する「ふり」のIF文だけで一杯のプログラムだった。
身体の欲望を満たす以外に「こころ」が入り込むことのない人形…
しょうがないや。

「まなみ」
「?」

オレは寂しさを紛らわせるように、きょとんとするマナミに笑いかけた。

「待ってろよ。今、お前に名前を認識させてやる」
「?」

せわしくキーボードを叩きながら、オレは人形に話しかけた。

「オレと…自分の名前くらい憶えな」


マナミの記憶を占めるハードディスクには、わずかな記憶容量の空きしかなかったから、名前を認識させる簡単なプログラムだけで、ほとんどいっぱいになってしまった。


「オレの名前はサトシで、お前の名前は…」


まなみ

彼女を…今も愛しているのだろうか?


「すぁ…ト…し…?」

マナミは初めて呼びかける名前を不思議そうに繰り返した。

「サとシ」

やれやれ、呼び捨てかよ。それにイントネーションも調子っぱずれだ

「もう一回」
「サとし!さァーとぉーシッ」


…人形、だもんな…

「まなみ」

オレがどんな気持ちでその名前を呼んでいるのか、こいつには分からないだろう

「まなみ…」

オレはやり切れない気持ちで無理やり微笑んだ。
そんなオレをマナミは怪訝そうに見つめていたが、無邪気な笑みを浮かべた。

「大好き、サトシ…抱いてください…」


なんだ
結局「ご主人様」が「サトシ」に変わっただけだ…
半ば自暴自棄のようになって荒々しくマナミを抱き寄せると、マナミはうっとりと瞳を閉じて身を任せた。




まなみ…

 小さなラジオ番組のディスクジョッキー

「ハガキがね、ちょっぴりしか来ないの。右や左のリスナー様ぁ、どうか哀れと思ってハガキを書いて下され〜なんてね、エヘヘ…」

 何気なくつけたラジオから照れくさそうに笑う彼女の寂しそうな声を聞いたとき、正直、なんでこんな下手クソなトークをする素人がDJなんか…って思ってた。
 聞いてて苛立たしくて、でもたどたどしく一生懸命話し掛ける彼女を何故か放っておけなくて…

『わたし、生きるのに疲れちゃった…』そんなハガキを読んでいた彼女が「ダメ!…死んじゃダメ!どんなに辛くったって生きていて…お願い!お願いだから!」

 放送中に泣き出した彼女が、いつも気持ちを伝え切れない不器用な自分のように思えて

「しょうがねぇなぁ…何だか…まったくもぉ…」と、毎週義務感のような気持ちにとらわれてハガキを出していたある日

「サトシくん、毎週こんなへたっぴDJのためにハガキを書いてくれてありがとう…」

 そんなメッセージがラジオから突然流れて、しばらくして、それが自分に向けられた言葉だと気づいて、まるで体が痺れたような気持ちになった。
 彼女の誕生日、ラジオ局のスタジオの前で待っていて、初めて彼女とじかに会って花束を贈ったとき、彼女はポカンとして「キミが…サトシくん…?」と信じられないようにオレを見つめて、それから急にぶるぶる震えて泣き出したっけ…

 それからも放送中にドジが絶えなくてディレクターに怒られたり、リスナーにあきれられてはしょげ、そのたびに慰められたり、励まされたりしていた彼女の番組にだんだん人気が出てきて、リスナーが増えてきて、それが自分のことのように嬉しかった。

 やがて、仕事が増えて、ラジオのCMやエッセイが出来て、やがて彼女のCDアルバムが作られ、コンサートイベントが開かれて…



「サトシくん、ありがと…あたしがここまで来れたのはサトシくんのお陰だよ」


夜遅く、番組の収録が終わって出てきた彼女と一緒に歩きながら話してたとき。

「………」

不意に彼女はオレの袖をつかんだまま、立ち止まった。

「どうし…?」

振り返ったオレの目の前で

「大好き…」

初めて聞いた、かすれた…切ない声
何かを言いたげだったけれど言葉が見つからなくて、何かを必死に待ち受けているように閉じた彼女のまつげが弱々しげに震えていたことを、今も不思議に覚えている。




「サトシ…」

官能を刺激するために放散された、甘く幼い香り
不意に押し付けられた唇の感触、肌を淫らな仕草で這い回る華奢な腕
我に返った。
そこにいるのは、マナミという名前が同じだけの性の人形
むせびそうになったオレは、急に激しい興奮に襲われて、絡み付いていた彼女を押し倒して組み敷いた。

「ああっ…そんな…やめて…」

何度も聞いた、恥ずかしげな哀願の声
プログラムされた言葉

「お願い…あっ…ダメ…ダメ…あぁっ…ん…」

絶え絶えの声を漏らしながら、背中をそらせるマナミ
まなみじゃないマナミ
まなみは…こんなんじゃなかった
恥ずかしそうに、だけど大切な言葉を何度も何度もささやいたのに…


ダイスキ
ダイスキ
ホントウヨ…


「あうっ…もう…いや…許して…ああっ…」

ラジオから聞く声とは違う、人形の声
もう聞き飽きた同じあえぎ声、見尽くした同じ身体の動き
まなみ
思い出すと苦しくて…
悲しくて…

だけど…
そんなオレの気持ちが人形に伝わるはずもないのに
オレ様がやるせない思いと耐え切れない欲望にはじけそうになったとき
人形のマナミはその日、不思議な仕草をした
オレの顔をそっと抱き寄せ、じっと瞳をのぞき込む

「マナミ…?」

呼びかけると彼女は透き通るような微笑みを浮かべて静かにささやいたのだった。



「…大好き」



まなみ…?
次の瞬間、その顔は快感に大きく歪み、彼女の中心はわななくように痙攣してオレに吸い付いた。
だけど
時を経ずしてどっと吐き出した欲望と一緒に薄れ行く意識のなかで
透き通るようなあの瞬間の微笑みと、きらきらしたあの頃のまなみの姿が重なった…




絶対間違ってるよ。プレミアがついて高値でファンの間で取り引きされたりしてほしくない、そう思うんだったら最初から少数限定商品とか初回特典のついたCDなんて形で出しちゃいけないんだ

何でそんなことが言えるんだよ!キミはマミちゃんがキライなのか?

そうじゃない!でも…


ダイスキダカラ、イワズニイラレナカッタノニ…


そんなこと、私のCDを出すメーカーに言ってよ。わたしに直接言われたって…


ドウシテ、ウケトメテクレナイノ?


今度のイベントでは現地でCDを買わないと握手出来ないの?

別にいいじゃん。イヤならCD買わなきゃいいんだ

イベントの度に、もう持ってるのに同じCDを買う人がいっぱいいたよ。そんな風に自分のアルバムを買われて何とも思わないの?

サトシくん、最近わたしのやることに文句ばっかりだね


ドウシテ、アノコロノキミノママジャ、イラレナイノダロウ…


何で…?


ドウシテ、ヒトワカワルノダロウ…

あたし、流されてなんかいないよ

ねぇ、あたし…どうすれば良かったの?



…涙

どうしてまなみは泣いたんだろう…?



目が覚めると
そこにひざ枕をしていたマナミの瞳が不思議そうに見つめていた

「サトシ…」




その翌日
オレは何とはなしに、でも1ヶ月ぶりに、まなみのラジオを聞いた。
(まなみ…どうしてるんだろう?)
しかし、スピーカーから流れる彼女の声は、オレを忘れたように明るく、元気だった

みんな、元気にしてましたか?今週はいいこと一杯あったかな?

忘れたように…?
違う。
まなみは…、もう忘れたんだ。
忘れてしまったんだ

もうすぐ、まなみが声優の新しいゲームが発売されます

初回特典は、まなみのオリジナルポートレートです。これは予約のみの限定だから、みんな急いでお店に注文してね

マミちゃんの新しいCD聴きました。とても綺麗な歌声に感動しました。うひゃあ、ありがとう!あの歌、アニメ『ヴァイトリンガー』で有名な作曲家の…さんでねぇ、マミは打ち合わせのときすっごく緊張しちゃってねぇ…

大勢の人を前に、立ち止まっていられない人気番組のDJ
オレはもう、大勢のいるリスナーのなかのたった一人に過ぎなくて
リスナーが100人いれば百分の一、1000人いれば千分の一の存在でしかなくて…

オレは…



寂しくて、ラジオのスイッチを衝動的に切ったとき
自分の下半身に触れる官職に気づいて見下ろすと、恥ずかしげに見上げるマナミと目があった。
ああ、昨日からスイッチ入れっぱなしだったんだ。

マナミは嬉しそうに微笑んだ

「大好き」

そのままズボンのファスナーをおろし、いとおしげに手に包み込む

「まなみ…」

さびしかった。
抱きたいんじゃない。
嬉しかったり、悲しかったり、そんな気持ちを分かち合いたい…そんな寂しさでいっぱいなのに…
マナミは、身体を愛することしか表現出来ない人形なのだ。
そんな気持ちでマナミの愛撫に反応出来るはずもないのに
だけど、マナミは目を閉じてうっとりと口に含み、長い時間顔を上下に動かし続けた。

「もういい…マナミ」
「?」

マナミが顔を上げると、繰り返すのが苛立たしくてオレは吐き捨てるようにもう一度言った。

「もういい」
「サトシ…」

マナミは怯えたようにオレを見た。
身体を愛する以外に、こいつに何が出来る…

「もういいんだ。お前はまなみじゃない…」

オレがつぶやくと、マナミはハッとしたように見えた。

気のせいだ。こいつのプログラムされた感情にそんなものはない

「お前はまなみじゃない。オレが好きだったまなみは…もうどこにもいないんだ」

首をふるふると振ると、マナミは一生懸命に何かを言おうとして口を開いた
だけど、言葉は出てこない

「何だよ」

オレは苛立って言った。

「言葉がないんなら、まなみじゃないだろ」

首を激しく振ると、マナミは自分の胸に手を当てて、悲しそうな笑顔を浮かべた。

「サトシ…」
「やめろよ!」

それでも、マナミはオレに向かって、一生懸命微笑んだように見えた。

「サトシ、大好き…サトシ…」
「やめろって言ってるだろ!他に何か言ってみろよ!」

だけど、他に言葉を持たないマナミは目に一杯の涙を浮かべ…透き通るように微笑んだ。


「大好き…」


そのとき、オレは思わず怒鳴りつけた。


「この…人形が!」




その瞬間、マナミの頬に一筋の涙が流れ
それきり、マナミは動かなくなった。




なみだ
セックスの演出として流れる、食塩を含んだ人工水。
その、うその涙を流してマナミは二度と目覚めることはなかった。


カタカタカタ…
オレは動かなくなったマナミのハードディスクをパソコンでスキャンしながら、何か釈然としない気落ちで…だけどそれが何なのか、分からなかった。


たかがキカイに、どうしてオレはあんなふうに苛立ったのだろう
マナミに…何を言ってほしかったのだろう?


マナミに…
まなみに…


「停止の原因は…思考ルーチンに強制介入した不正プログラム…?」
そして、その不正プログラムを見たとき

オレは思わず息をのんだ

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わずかなメモリいっぱいに散らばったこころのかけらたち
せつなさで、息が止まるくらいにいっぱいの…


そう、オレが欲しかったのは…


『だいすき』



それを見たとき、初めてオレの目に涙が浮かんできた…



『だいすき』

『だいすき』

『だいすき』

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