掛川まつりのすべて



各町の行動 その3

昭和八年の行動に続いて、戦後の昭和36年の大祭での年番規約である。

市制施行から七年目で、こちらは参加町内もぐんと増えているので、要点だけ簡略に記すこととする。


第一ブロック
塩町、喜町、新町
第二ブロック
仁藤町、神明町、旭町
第三ブロック
松尾町、城内、北門
第四ブロック
連雀、大手、肴町
第五ブロック
中町、緑町、西町
第六ブロック
栄町、紺屋町、研屋町
第七ブロック
十王、下俣、十九首
第八ブロック
城西
第九ブロック
鳥居町、橘町、末広町
単独行動
瓦町
二瀬川
    (本年に限り第八ブロックの行動に準ずる)


昭和八年と比べると、参加町は十ヶ町増えて、二十七ヶ町の参加となっている。
新しく増えた町は、
新町、神明町、旭町、北門、栄町、城西、鳥居町、橘町、末広町、二瀬川で昭和八年には参加していた小鷹町がこの年には参加していない。
その他の違いというと、町名の表記が変わってきている。
二藤町⇒仁藤町
連雀町⇒連雀
大手町⇒大手
仲町⇒中町
十王町⇒十王
下俣町⇒下俣
十九首町⇒十九首
呼び習わした町の名前をそのまま載せたためであろうと思われる。

城西や二瀬川は、昭和八年当時も祭自体はあったものとも取れるが、掛川祭りには参加していなかったのではないか?
二瀬川の屋台は、大正年間の製作でもある。

やはり、神社の祭であったものが、市制施行によって、市域の祭となったためであろうと思われる。

第九ブロックの三町内は、神社も違うブロックとなっている。七社合同の祭が始まっていると考えてよいと思う。


つづく


    



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