各町の行動 その3
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昭和八年の行動に続いて、戦後の昭和36年の大祭での年番規約である。 市制施行から七年目で、こちらは参加町内もぐんと増えているので、要点だけ簡略に記すこととする。 第一ブロック
昭和八年と比べると、参加町は十ヶ町増えて、二十七ヶ町の参加となっている。 新しく増えた町は、
城西や二瀬川は、昭和八年当時も祭自体はあったものとも取れるが、掛川祭りには参加していなかったのではないか? 二瀬川の屋台は、大正年間の製作でもある。 やはり、神社の祭であったものが、市制施行によって、市域の祭となったためであろうと思われる。 第九ブロックの三町内は、神社も違うブロックとなっている。七社合同の祭が始まっていると考えてよいと思う。 つづく |