+++2度目の出産+++
長女が大きくなるにしたがって2番目の子供がほしくなり、2〜3歳離れた赤ちゃんがいいなぁ
というのが本音でした。まぁ、現実はそううまくはいかずに途中悲しいことも経験しながら
も、なんとか順調な妊娠を遂げることができました。
私は、妊娠初期、必ず切迫流産になり、
寝たきり生活を2ヶ月ほど過ごすパターンになるようです(これでもワタシにとっては
赤子がいき続けているだけでありがたいことなのです。で、ちっとも不自由もつらいとは
思いませんでした)。なので順調な妊娠を経験していないので、いつも不安と隣り合わせ。
しかしながら、安定期をすぎれば普通のニンプとはかわりなく、いや、それ以上に元気はつらつぅ!
のニンプになります。で、順調に予定日の6月18日もあっけなく過ぎてしまい、毎日やることも
なく、歩いて歩いて歩きまくる毎日を過ごしていました。予定日を過ぎて2回目の検診が
6月27日(月)で、この日の内診の結果、3センチ子宮口は開いているけど、まだまだ赤子は
降りてきていないので、出産はまだでしょうと言われたのでした。でも3センチ開いているし、
今日、明日産まないとダンナサマの仕事の関係上、入院期間のコの世話どうする問題が浮上し、
夕飯を食べながら、「今日産んでほしい」と真剣にダンナサマに言われたのでした。でも、
このとき、腹の形がいつもとちがっているなぁ・・・と冗談ながらにいって、うんちしたいかも〜、
でも眠いからねちゃおっかなぁ〜・・・と一人ベッドに横になってスマスマを見始めて
しまいました。これが後の悲劇につながるわけです。
+++突然の陣痛+++
忘れもしないカツケンサンバがはじまった途端、ぐおぉ〜〜〜と腹が痛みました。2階のダンナサマを
大声で呼ぶもなかなかきてくれません。そのうち2度目の痛み。あわててかけつけてくれた
ダンナサマに間隔を測ってもらうもなんと1分おき。このとき10時40分。すぐに電話をしてパジャマのまま病院へ
レッツゴー。あわてたダンナサマ、夕飯を食べ損ねて長い昼寝からおきたばかりのロールパンを
握り締めたコ、パジャマにもちろんすっぴん、サンダル履きの痛みに耐えるハハ。
3人でのドライブは空いていた道のおかげで10分弱で終わりました。
そのまま内診してもらったところ子宮口7センチでもうすこし時間がかかるね〜なんてのんきな
声の先生。入院する部屋を即決で選び、着替えをして、さぁベッドで陣痛をこらえるぞぉと
意気込んだワタシは、あまりの痛みに、ここからまだまだ痛みが強くなるんだぁ・・・
きぃーーーー、参った〜〜〜〜と思っていましたが、これが痛みのピークでした。
要するに、最初の痛みから陣痛のピークが来ていたのです。
ハー、ハー、フーがはじまれば、ダンナサマは腰とお尻をさすり、コはワタシの声にあわせて
体をゆらすこと20分弱。コの動きに笑わせてもらいながら、助産婦さんが大丈夫ぅ〜?と
声をかけに様子を見に来てくれる言葉にも、「大丈夫ですぅ・・・」と答える私。
でも、一応内診してもらうために部屋を出て先生に診てもらったところ、すでに全開。
わお〜、分娩室へゴー!です。
+++分娩+++
分娩室に車椅子でつれてきてもらいなんとか分娩台にのりました。陣痛の合間をぬって
剃毛してもらい、そのあいまもハーハーフーで乗り切ります。助産婦さん、看護婦さん2人があわてて
準備をしてくれています。ワタシの直前に出産が終了したばかり(その妊婦さんも40分という
スピード出産)で、小さな病院には当直のお2人しかいないので、生まれたばかりの赤ちゃんと
妊婦さんの様子もみにいかなければならないようで、てんやわんや。ワタシは少しいきんでみて
といわれたので、いきんだところ破水。いきむタイミングを教えてもらい本格的にいきんでみた
ところ、う**でるでる。五日も便秘していたもんで。でもやさしい助産婦さんは
「大丈夫でてないから〜〜〜〜」などと天使のような声をかけてくれます。で、処置のために
しばしいきみ中止(皆様ごめんなさ〜い)。このおぞましい悲劇さえなければもっと早くに出産できたでしょう。
でもすでに発露な状態らしくて先生登場。1〜2回いきんだら(その間に
切開もされていました)、ものすごく痛くて
「いたいですぅ〜〜〜」というもそのままいきみ続けるようにいわれたので、渾身のいきみ。
はーはーはーの呼吸でいきまないようにいわれた後、ずるずる〜っと生まれました。
すぐに「ふぎゃーふぎゃー」と泣く赤子。あまりのスピード出産にびっくりするハハ。
先生登場してから5分もかからずに生まれてしまいました。
+++その後+++
すぐにおっぱいべろんとだして赤子を抱かせてもらいました。最初の一言。「かわい〜〜〜(はぁと)!」。
石坂啓さんの本に赤ちゃんを産むと赤ちゃんかわいいというシナプスが発達してくると
書いてあったのだけれども、そのことを思い出しました。一人目の出産の時、「げ〜、ぶちゃいくで
どうしよう・・・でもいちおう皆さんの手前かわいいといわなきゃ」という心の葛藤が
あったほどなのですが、二人目は最初からかわいいと思えたから不思議です。顔だって2人とも
そう大差なかったのに。一人子供を産んで育てて私にもシナプスがいっちょまえに発達したんだ
ろうな〜、それよりも新生児ってこんな顔(オヤジっちとかガッツ顔)ということに
慣れていたからなんだろうかな〜と今となっては思います。
その間におまたの縫合です。前回はかなり裂けてしまったのでものすごい苦痛だったのですが、
今回は先生との会話を楽しめたほど。それと赤子を抱っこしていて気がまぎれたというのも
あったのでしょう。
体重は3142グラム。前よりもかなり小さめで楽だったのは明らかでした。胎盤もすぐにでて
産着を着せられた赤子は病室で待っているダンナサマとコのもとへ連れて行かれていきました。
実は出産と同時にワタシは感動で泣くだろうと予想していたのですが、ほっとしてそれどころ
ではありませんでした。車椅子で病室にもどると赤子を抱っこしているダンナサマとうれしそうに
にこにこしているコ。このとき初めて涙があふれそうになりました。すでにもう夜中の一時半でしたが
しばらくこの静かな時間を家族4人で過ごしました。最高にシアワセで忘れられない夜と
なりました。ダンナサマたちは3時前に車で帰宅。おうちへ帰った後、興奮したコはダンナサマよりも
後に寝たそうです。
+++出産後の痛み+++
今回は出産後も痛いのだという事を学習していましたので覚悟はできていました。寝る前に
痛み止めの座薬をいれてもらいましたが、熱が38度5分でてしまったのでアイス枕をして
朝までもんもんと興奮のためか寝れずに過ごしました。当然、座ることも苦痛で、トイレも
2回くらいは看護婦さん
につきそってもらいました。もう恥ずかしいことなんかない出産後のワタシ。こうやって
女性は強くなっていくのだな。それに、時間だけがこの痛みを回復へとむかわせてくれるということも
知っていたので、痛みに対する明日への希望も明るかったのでブルーにならずに
すみました。それと子宮の回復がすごくよかったのにもかかわらず、後陣痛がまったくなかったのは
ラッキーでした。二人目は痛いって耳にしていたのでこちらも覚悟していたのです。
今回もぢ〜はやられちゃいましたけど。
+++出産を終えて+++
ワタシは妊娠出産がとてもスキだということに気がつきました。またすぐにでも状況が
許すのであれば妊娠したいほどです。生命という神秘と向き合えるすばらしい経験だと
おもうのですよ。周囲には妊娠出産フェチといわれているこの頃。産む自由産まない自由と
いわれるこの頃ですが、女としてうまれたのだから男には備わっていないこの機能を
使えるのはシアワセなこと。こうしてありのまま受け入れることも大事なのでは
ないかなと。
また、流産を2度ほど経験して生命を宿ること、そして順調に妊娠が進むことへの
ありがたさを痛いほどかみ締めることができたことは、精神的に未成熟でちゃらんぽらんな
ワタシにとってはよい人生経験となったと思っています。順調な妊娠しか経験していなければ
こうは思わなかったかもしれません。また三人目出産があればそのときまで。
それとどんなに大安産でも他人から楽でよかったね〜などといわれると「でも、痛いのは
変わらないよ」とむきになってしまいます。妊娠出産は病気じゃないからなどという
年配の方の心無い言葉に胸を痛める人も多いのではないでしょうか。ワタシはどんな出産でも
経験した方には、よくがんばった!と余計なお世話ですが心の中で拍手したい
です。
おしまい
いつか3人目出産を記録する日がくるかも・・・