・第7話 最終話「帰還」 作者 杉本
大森は駅までの道のりを歩いた。途中、民家の屋根に干しっぱなし
だった干物を4枚持ってきていた。
「指定席で帰ろう。」
新たな旅立ちとこの半年間の夢の様な生活への惜別には、何らかの
アクセントが必要だと大森は思った。太平洋と空の境界線が少しづつ
金色に輝き始めていた。大森にとって、記念すべき日(8月15日)が
始まろうとしていた。
「Today is methamorforze
day!」
大森は、まだ輝きを保っているオリオン座に向かって、呟いた。
大森は少し、英語に弱かった。
「ジリリリリリリッリン!ジリリリリリリッリン!」
いつもの様に、目覚ましがけたたましく震えた。
「モリ〜!Fishingの時間よ。起きて〜。
I don't want to tell a
lie!」
美由紀は知っている英語を叫んだ。しかし、何も反応は返って来なかった。
(美由紀も少し英語に弱かった。)
美由紀は右目の上の睫毛と下の睫毛がくっついていることに気づいた。
(泣いてしまったんだわ、、、。そういえば悲しい夢だった。
モリ〜がでていった夢。何も言わずに、、)
隣を見ると、モリ〜はいなかった。現実だったんだ。美由紀は力なく
その場に崩れ落ちてしまった。涙が溢れてきた。夢だったら良かったのに、、
「いや、夢だったんだ。モリ〜とのこの半年間は全て夢だったんだ。」
美由紀は必死に自分に言い聞かせた。しかし、たてかけてある
サーフボードが目に入ったとたん、鮮やかにあの日々が蘇ってきた。
・サーフボード
それは、美由紀がモリ〜にあげたものだった。正式には貸したのだ。
その日、学校が始まる前に初乗りをしておこうと美由紀は
浜に来たのだった。ここは、地元のサーファーには「アメリカ波の
通り過ぎる浜」と呼ばれていた。実際には英語の名前がついていたのだが、
田舎者を自覚している美由紀たちにとっては口に出すのが恥ずかしかった。
しかし、普段の会話で良く出てくるので、美由紀が和訳したのだ。
和訳はしてみたものの、美由紀自身、意味がよく解らなかった。
「1998年の初乗りだよ、拓也!」
美由紀には毎年初乗り時に行う占いがあった。それは、
どんなに小さくても、どんなにタイミングが合わせられなくても
最初の波にアタックすることだった。立てなくてもいい。失敗してもいい。
だけど、もし、うまく乗れたら、拓也が帰ってくる。そんな
気がしていた。一昨年、去年と挑戦したが、やっぱり失敗した。
「早く拓也を連れてきて!」
最初の波に向かって、美由紀は叫んだ。今年は言えた。
(去年は寒くて舌をかんだんだっけ、、)
乗るタイミングが少し遅れたものの、バタ足で何とか波に
追いついた。(美由紀はパドリングが苦手だった)
(今だ!)
美由紀は躊躇することなく立ち上がった。
美由紀にとっての今年最初の波が岸まで運んでくれている間、
美由紀は目を閉じていた。
「波に身を任せていれば、きっと拓也のところへ運んでくれる」
次の瞬間、波は美由紀を砂浜になげ出した。
美由紀はそっと目を開けた。
そこには、彼がたっていた。
「大丈夫?」
蛍光黄色と黒の長袖シャツ。黒の単パン。やっぱり蛍光黄色と黒の
しましまの靴下。大森だった。
美由紀は「アメリカ波の通り過ぎる浜」に入ったときから、
気づいていた。変な、蜜蜂の様な格好のおじさんが浜辺に
三角座りをしていたのを。
「テトラポットでも数えてるのかしら、それとも季節外れの
ハロウィン?ばっかみたい。」と思っていた。
「目つぶってるんだもん。危ないよ。」
蜜蜂男がなれなれしく話しかけてくるので、美由紀は
大きな声で蜜蜂男に対して怒鳴った。
「うるさいわね。話し掛けないで!
援交はしないわよ!」
蜜蜂男はがっくりと肩を落とし、またビーチ沿いの壁に向かって
歩き出した。そのいじけっぷりに美由紀はほっとくことが出来なく
て、つい言ってしまった。
美由紀「私のこと笑うんなら、あなた波にのってみなさいよ!」
蜜蜂男「俺、大森哲男。よろしく!」
美由紀「なんなの!話がかみ合ってないじゃない。
信じらんない!。」
大森 「ボード貸してよ。運動神経抜群なんだから。」
そう言って大森は美由紀からボードを奪い取った。
大森 「へ〜。女の子かと思ったけど、拓也って言うのか。
ロンゲにされちゃうとわかんないな。」
美由紀「美由紀です。立石美由紀。18才。高校3年生!
なんで拓也なのよ。」
大森 「だって、ここに書いてあるし、、」
ボードの裏には「拓也」とかいてあった。
拓也の思い出のボードなのだ。
これが二人の出会いだった。美由紀のモリ〜に対する最初の印象は
あまりいいものではなかったが、拓也がモリ〜になって私の前に再び
現れたんだと思うようになった。「私が、モリ〜を愛するようになれば、
いつか、モリ〜は拓也に戻れるんだ」と思うようになった。
美由紀は「美女と野獣」のビデオを2日前に見ていた。
〜回想シーン終わり〜
まだ美由紀はサーフボードを眺めていた。さっき止めた目覚ましが
また鳴り出した。目を覚ましてから、もう5分がたったのだ。
これが現実だとわかってから、もう5分がたっていたのだ。
美由紀はたちあがり、ウェットスーツを探した。今日から又波に
乗ろうと思ったのだ。モリ〜と会って以来止めていた波乗りの復活だ。
玄関を出ると美由紀は、「アメリカ波の通り過ぎる浜」に向かった。
浜に向かう途中、美由紀は民家の屋根に昨日干した干物が4枚なくなって
いることに気がついた。モリ〜が持っていったのだろうと直感的に
思った。しかし、凄いものだ。本当に干物で生計を立てていたのだ。
モリ〜が午前中に魚をとって、美由紀が干していた。一日ほしたら、
国道沿いで美由紀が売っていた。実は、モリ〜が思っていたほど、
評判がいい訳ではなかった。夕方5時を過ぎても大概半分以上は残っていた。
しかし、夕方6時頃になると必ず眼鏡の若者が現れて、残り全部を高値で
買っていくのだった。「あの人のおかげなんだ。モリ〜との楽しい生活を
くれたのはあの人なんだ。」美由紀はいつも感謝していた。
あの眼鏡の青年は元気だろうか?今日、店に来てびっくりするのでは
ないだろうか?
1998年2月某日 モリ〜が初めてボードに立った日
「美由紀さん、少し休んだら?今の時間は車の量が少ないんだから、、」
隣で、粒貝を売っている弥生さんだ。
「美由紀さんは偉いわね。18なのにこんなに働いて、、。モリは
今頃は波に乗ってるんでしょ?」
「いえ、いいんです。私嬉しいんです。あの人は私のことを信用してくれて
いるんです。干物をつくって、お客さんに売って、これって家に
とっては、重要なセクションなんだから。」
美由紀がここに店を出すようになってから2週間余りが過ぎていた。若く
て元気で働き者の美由紀は人気者になっていた。(店といっても、机の上に
干物を並べているだけだが、、)
一日に並べる干物は大体30枚ぐらい。2つで800円で売っていた。全
部売れると、12000円になる。しかし、全部売れたのは最初の日だけだ
った。売れ残った分は途中で猫にあげたり、夕飯のおかずにしていた。
学校は試験勉強ということで、ずる休みをしていた。
「今日も18枚も残っちゃったなぁ。」
日も暮れかけてきた時、一台の車が美由紀の店の前でとまった。車は浜か
らの帰りらしく、車にはすこし砂がついていた。車種名は良く解らなかった
が、フロントグリルの真ん中に「スポーツギア」と書かれてあった。
助手席側の窓が開き、奥の運転席の青年が声をかけた。
「お姉ちゃん、若いね。」
「やめなさいよ〜。もう。」
助手席に座っている女性に少し怒られ、その青年は照れくさそうに車から
降りてきた。
「これ、全部残り物?」
「ひどいわね。この分はお得意様のご予約分です!」美由紀はその青年の
横柄な態度に少しムカッときた。
「そうなの、う〜ん、干物欲しいんだよね。倍の一つ800円で全部分けて
くれないかな。」
美由紀はびっくりした。モリ〜がとった干物が全部売れるなんて、、。
今までは、どちらかというと強引に客に買わせていたのに、それを倍の値段
で、欲しいなんて、、。
(きっと、彼女にいいとこを見せようとしてるんだわ。)
「しょうがないですね。売りましょう。」美由紀は売ることに決めた。よく
よく見てみるとこの青年は悪い人ではなさそうだ。
青年は助手席の彼女に合図をし、近寄った。助手席の彼女はその青年に
お金を渡していた。
(自分の財布からは出さないのね。)
美由紀にはお金に無頓着そうなその眼鏡の青年が、とても幼くみえた。
お金の価値をわかっていないのだろうか?経済大国ニッポンは大丈夫なのだ
ろうか?美由紀は、自分も髪を脱色した現役女子高生サーファーだというこ
とを、忘れていた。
その眼鏡の青年は、その日から毎日、店にくるようになった。いつも倍の
値段で、残り物を買っていった。モリ〜にはこの青年のことは黙っていた。
「手抜くな、この野郎!」って怒られると思ったからだ。
−車内(RVR スポーツギア)−
満美 「今日も大森君に声掛けられなかったね。」
真己 「なんか楽しそうだったからね。あんなに楽しそうな大森さんは、
初めて見たよ。しかも、あんな若い娘と暮らしてるなんて、、」
満美 「また、部費減っちゃったね。」
真己 「しょうがないよ。部長がそうしろっていうんだもん。
陰ながら援助するのも悪い気分じゃないし、、」
美由紀は波を選んでいた。時たま大きな波が美由紀の顔面にうちつけた。
しかし、美由紀の瞳・頬がぬれていたのはそのせいではなかった。
8月15日(朝)
佐々木は出張で東京に来ていた。ついで、5ヶ月ぶりにサッカー部の練習試
合に出ようと思っていた。待ち合わせは9:00に志木駅前。少し遅刻しそ
うだ。
(みんなびっくりするぞ。いきなりだし、、、。そう言えば大森さんは
どうしたのかな?一月にでていったきり会社も休んでるようなことを
川原さんがいってたなぁ。)
志木駅前への階段をおり、パチンコ屋の前を見た。8人ぐらいの集団が
煙草をふかしつつ座っている。佐々木はそ〜と近づいていった。
「チ〜ス!久しぶりやな。」
「あ、久しぶり!」
サッカー部(FALCON)の皆は、5ヶ月ぶりの佐々木の登場を素直に
喜んだ。
「これで、今日は余裕勝ちだぞ。。」
町田は自分のボルテージがあがるように呟いた。だら〜と着込んだだぼだぼ
ジーパンからは、少しパンツが見えていた。今年もこのファッションが流行
るのだろうか?
サッカー場は、駅から車で20分ばかしいったところにある。誰かの車に
便乗していくのだが、待ち合わせに遅刻したものは、バスかタクシーを
使っていた。この日の対戦相手は強敵だった。イタリア人チームだ。5ヶ月
ぶりの佐々木の登場は、ベストタイミングだったのだ。佐々木の登場を一番
喜んだのはFW陣であった。佐々木から絶妙のスルーパスがくるからだ。
「ピ〜。これからFALCONとXXXXXxの試合を始めます。礼!」
試合が始まった。
大森は東京行きの特急に乗っていた。普通席だった。結局、特急券を
買うにはお金が足りず、干物を売ろうとしたが、まだ朝も早い為、回りに
は人がいなかった。駅員さんにも、渋い顔をして断られた。
「とりあえず、志木に行こう。今日は試合してるだろ。」
大森は少し自身があった。この半年以上も毎日潜っていたからだ。
30分以上は余裕で、全力疾走出来ると思っていた。魚の動きに比べれば
後藤や町田のセンタリングなんて余裕で合わせられると思っていた。勿論
武田のニアへのセンタリングだって、追いつけるはずだ。
「武田さんか〜。あの人はどうしてあんなに走れるんだろ?ぷぷっ。」
武田のことを思い出しているとき、武田が酔っ払ってパンツ一丁になり
あの大事な部分に馬のぬいぐるみの頭をつけて、歩いている姿が、頭の
奥を通りすぎ、つい、人前にもかかわらず笑ってしまった。思い出し笑いだ。
「そういえば、FALCONは楽しかった。」
千葉の長閑な風景が窓の外を通り過ぎていく。それとともに、心の裏側に
しまっていたFALCONの思い出が、大森に語りかけてきた。あの懐かし
い言葉や光景が大森の琴線を奏でた。
『スルー!』『おうぇ!』『翼君のような鋭い壁パス!』『地を這うよう
なシュート!』『死ね!』『電車でGO!』『刺抜き地蔵で刺抜き!』
『追うんだ!取られたら追うんだよ!』
『大森さん、ゆっくりと上がりましょ!』『ジョグで戻って!』
『言い訳はするな〜!』
杉本の鬼瓦権造、引間の女装、希佳のブロンド娘、武田の馬にのった酔っ
払い、津田の金太郎、出村の雷様、佐々木のフリーキック、金井のヘッド、
小美野の負傷、堀内の父ちゃん、町田の尻。
いつのまにか大森は笑顔で、それでいて目からは涙が溢れていた。
「俺の回りにはあんなに楽しい奴らがいたじゃないか。それなのに、俺は
あいつらを忘れようとしてたなんて、、。幸せだったじゃないか、試合の
時だって、ちゃんとパスががきてたじゃないか。あやまろう、ちゃんと
謝るんだ、皆に、そしてもう一度、仲間に入れてもらおう。」
電車は東京駅に着いた。大森は有楽町線ホームに向かった。
「志木〜。志木〜。」
「やっと着いた。懐かしい。」
大森はやっと志木駅についた。時間は11時。
「もう皆はグランドに行っているだろう。」
東京駅には有楽町線は通ってなかった。もう、東京の路線図は忘れてしまっ
ていた。ここまで、どうやって乗り継ぎしてきたかは憶えていない。しかし
もうすぐ着くんだ。サッカーが出来るんだ。FALCONの一員として。大
森は自然と早歩きになっていた。
「ピピー!」
前半が終わった。FALCONの皆は休憩場に戻ってきた。前半は、2対2。
佐々木効果は抜群で、ぽんぽんと2点をとったが、途中、相手の厳しい
チャージにより、武田と金井のFW陣が負傷していた。交代メンバーは、
1人しかいず、それからは10人で戦っていたのだ。
町田 「やっぱり10人は厳しいですよ。」
引間 「なんとかなるよ、もっと動こうよ!」
マネージャーの満美は大忙しだった。傷の手当てをして、水を皆に配って、
大滝・川原・佐々木・杉本・小美野の煙草に火をつけて、、、。だから全然
気がつかなかった。あの男がやってきたことを、、。
いつもの様に、ハーフタイム中に町田と後藤はパス練習をしていた。途中、
後藤が大きく蹴りすぎ、ボールは町田を超えて転がっていった。町田は走っ
て追いかけた。そのボールをあの男が拾った。
町田はその男を見てびっくりした。まさか、この人が帰ってきてたなんて。
「稲垣さん!」
アメリカから帰ってきた稲垣だった。毎年、夏だけ日本に帰っ
てくるのだった。
町田 「これで、11人になった!」
「ピピ〜!後半始めます!」
11人になったFALCONは強かった。後半も15分が過ぎたころには、
スコアーは4対2になっていた。足を負傷した金井は、満美と一緒に応援して
いた。
「なぜだか解らないけど、今年のFALCONは強い!」
金井は呟いていた。
大森は、やっとグランドに着いた。もう既に試合は始まっていた。グランド
では大森と同じ格好をしたFALCONチームが、輝いて見えた。大森はグラ
ンドの横で、座っている金井を見つけ、走り出した。
「金井〜!」
「大森さん?!」
大森はグランドにいた。走っていた。ボールを追いかけていた。夢中だった。
笑顔がこぼれていた。時たま、涙があふれた。そして、ついに大森にパスが
出た。小美野からのゴールキックだった。大森がボールをトラップしようとし
た瞬間、どこからか大きな声が聞こえた。
「スル〜!」
大森にはボールがよく見えていた。回転がよく見えていた。体もきれていた。
しかし、大森はスルーした。なぜだか知らないが、その声が妙に嬉しかった
のだ。大森のスルーされたボールを引間がトラップし、更に前線の後藤にパス
した。次の瞬間、笛がなった。
「ピピ〜〜!」
「4対2で、FALCONの勝ち!礼!」
大森は嬉しかった。涙が止まらなかった。皆と肩を抱き合った。満実にも
抱き着こうとしたが、たたかれた。やっぱり、涙は止まらなかった。大森は
今、しっかりと確信したのだ。
「俺はフォワードがやりたかったんじゃない。
サッカーがやりたかったんだ!!」
夜も更けた志木の町。FALCONチームが試合後いつも行くたこ焼屋が
あった。そこには、モリ〜の幸せそうな姿があった。