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●痩せなければ・・・ 2月20日(水) 育児のせいか腕がたくましくなったとか、ザッキー出産後、思ったほど痩せなかったとかはあっても、肥満大国オーストラリアでは、スリムよねーと言われる日々で、昔が嘘のように自分の体型を気にしなくなった今日この頃。腹が出てるなーと思いつつこんなのこっちじゃ普通、とあぐらをかいていたのが、先日ヨガに行くのに暑いのでいつものジャージではなく薄手のスパッツをはいて、念のため鏡に向かって、アゼン! 「こ、これは・・・妊婦のハラ・・・。」 妊婦みたいな腹というのは、ウエストの太めの自分のことを言うのによく使ってた表現ではあるけど、今回は誇張ではなく、ホントにそうなのだった。これでヨガに行ったら、他の人たちは、ああ、妊娠してるのか、と絶対思うに違いない。だからヨガを始めたんだろう、とさえ思うだろう。妊娠してないのにしてるとハラを見て思われるなんて恥ずかし過ぎる、と結局ジャージにはきかえたのであった。 改めてみると、太ってはいないのに、とにかく腹だけがすごい。今まで自分で気がついてなかっただけで、何を着ても、足はけっこう細いのに上半身に厚みがある、外人的オバサン体型に見える事実に気付き、ドドーンと落ちこんだ。だって、自分では実年齢よりかなり若く見られてると確信してたんだもん。
●信仰薄きもの 2月27日(水) オージーの友人Kに、「何人か友人を呼んで今かかえてる問題なんかについて話し合うんだけど、来ない?」と誘われ、けっこう沈んでいた私は「行く。」 ただ、ひとつ気になったのは、彼女はかなり敬虔なクリスチャンで、私とだけ会うときは、勧誘はおろか、宗教の話もしない普通の友人関係だけど、今まで2回あったパーテイーのお誘いでは、私以外は全員クリスチャンで、始めと終りにお祈りが入ったりする、宗教色の濃いものだった、ということ。2回目にはさすがに、クリスチャンの集会と知ってれば来なかった、と主張した。でも彼らはそんなことはかまわないし、勧誘する気もないし、楽しく過ごしてくれればいいのよ、という。実際、私のようなアジア人移民で英語が少し変、という奴でも全く気にせず受け入れられる人達で、かなり居心地がよかったのは確か。なので、まあ、またクリスチャンが集まってもいいか、と結局気楽に行ったのである。 そのディスカッションの参加者は私とKを入れて5人。その中のAという女性が進行役というより説教師のような口調で進めて行く。「私たちは困難にぶつかったとき、対処するために色々な方法を取る。問題を見えないふりをする人もいるし、人に話すことで何とか乗りこえようとしたり・・・」フムフム、なるほど、そうねー。けっこう興味深く聞いている私。 「でも、そんなことでは解決できない問題に出会ったら、どうする?」んー、そうだなあ、と考えている私の目の前で、Aは「そういうときは常にここに帰るのよ!」とおもむろに聖書を取り出した。そして残りの3人も続いてサッと聖書を開く。「さあ、神は何とおっしゃっているか、見てみましょう」の声に、一瞬ヤレヤレと思ったものの、それでもまだ、聖書には何と書いてあるのか聞いてやろうじゃないの、と素直な好奇心で私は続きを待つ。そしてAが聖書の該当部分を読む。全く意味がわからなかった。読み終えてAがまとめる。「神はその解決できない理由となっていることをすべてを乗りこえて解決して下さり、解決できたということが私たちの真実となる、と約束して下さっている」 何とも分かりにくい直訳文で失礼!でも、私が聞いたときの分かりにくさそのもの。正直、このわかりにくさだけですでに腰砕け状態。何度も、それってだからどういう意味なの、と何度も説明を求めてやっとわかったのは、結局は神を信じなさい、ということらしかった。もっと言えば、神が何とかしてくれる、とことん信じろ、という風にしか私には解釈できなかった。私以外の4人は納得、という表情。それが明白な解決策として成立していることは明らか。でも私にとっては、トーゼンといえばトーゼン、全く無意味。信じている宗教がない以上、こういう討論に参加することは、異文化に触れた経験、という意義を除けば時間の無駄でしかない。 私は断じて彼女たちの信じているものを否定しているわけではないし、むしろ、ああやって無形の何かを信じることが彼女たちを幸せにしているに違いない、とその心境には興味がある。私も神を信じればもう少し強くなれるだろうか、迷いがなくなるだろうか、と。すごく弱気になったときなどは、Kのように宗教を持つべきか・・・と思ったことさえ。 でも、今日のリアクションからすると、私はまだそれほど宗教を必要とはしていないだろう。こういう集まりにはもう2度と参加しないと思う。他にやることがある、というのが正直なところだから。でも、ちょっと仏教の教えなんかをのぞいてみようかな、という気になった。目から鱗が落ちるようないい教えがあるかもしれないし。 ちなみに私はKは好きなので、これからもおつきあいは続く(ことを望む)。
●私は大学生 3月3日(日) 私は現在、南オーストラリア大学(University of South Australia)で、図書館学を勉強している。Graduate Diploma in Information Studiesという学科で、日本の教育システムの中にはないけれど、いわば修士と学士の間のような位置付けになる。 さて、今日で3ヶ月という長い夏休みが終り、明日から再び大学がスタート。とはいえ、私は通信教育で勉強しているので、その気になれば最初のレポート提出の少し前まで遊ぼうと思えば遊べる。が、そんな無謀なマネはもちろんする気ない。それどころか、実際大変な育児と勉強の両立に、また忙しい日々になるなあと去年のことを思い出して始まる前からプレッシャーを感じている小心者なんだから。 それに今回は、家のリノベーションという落ち着かない状況が加わる。どういうことかというと、少なくとも2ヶ月はキッチンとランドリーなしで生活するということ。これが具体的にどんなに大変かは、今心配してる時点でグチグチゆってもしょうがないので、その場になってから報告しよう。 この夏休み中も、どこかでそんな気がかりが頭をもたげて、休暇を心から楽しんでなかったような気がする(損な性分だ)。むしろいよいよスタートということでその状態から抜け出せるのでホッとしてるかも。始まってしまえば、もうやるしかないから。 折しも、2科目やるうち1科目の先生が、教材の準備が送れているのでスタート4が週間遅れる、といってきた。オーマイガーッ、と取り乱したものの、すぐにひょっとしたらそれが私にはいい方に転がるかも、という淡い期待を抱く。点をあまくしてくれるとか、レポート一つなしにしてくれるとか(望み過ぎ?)。ともかく、頑張ります。
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