
人間の救い

人間 明日のことはわからない
私たちのいのちはいったいどんなものか
しばらくの間現れてそして消えてしまう
霧にすぎないと聖書はいっている。ヤコブ4:14
人は「死んだら終わり」という人もいるが、そうではない。
聖書には、人は死んだら体は土に返り、魂は
造り主なる神に返るとある。
そこでは、良きにつけ、悪しきにつけ、裁きを受ける
ことになる。
実は、人が死を恐れるのは、死後に神の裁きを受けなければならないことを
本能的に感じているからではないか。
では一体この裁きを逃れる方法はないものか
それがあるのである
それを知るためには
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まず、人はみんな罪をもっているという事実をを認めなければならない。
罪とは、ほかの人とくらべて悪人という事ではない!
聖い神の前に、その思いと、ことばと、行ないが
的(まと)をはずしているということである。
人は罪の重荷から解放されたいために
修行したり、善行をしたり、なにかを拝んだりすることもあるが、
それらによっては
解決できない。(できるようにおもうだけ)
その証拠に八百万の神がいたるところにある。
ただ一つの解決は、罪の無い神の一人子 キリストが
自分の罪のために十字架にかかって死んだことを
を信じることである。
理屈ではない。
信じるのである。
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聖書によると
キリストは、人の罪を負うために2000年前 天から下り・・・
(クリスマス)
十字架について私たちの罪を背負って死んだ。
しかし、キリストは、死んだだけではない。三日目によみがえり・・・
(復活節)
今も生きていて、信じる人を救うことができる のである。
信じた人は、すべての罪が赦され、新しくされ
結果として心身の健康を得
たとえ死んでも裁かれない
永遠のいのちをもつことができるのである。
人は、すべてのものを手に入れても、この永遠のいのちをもっていなければ
常に不安の生涯を送り、最後は裁きを受け滅びるのである。
神の子キリストによる和解をうけいれろことこそが
ただ一つの救いである。
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村井