居住地区交流への道のりNO.1
ボクも皆と一緒の学校へ行きたい!
凌太、年長さんの秋。就学相談会が始まった。
事前に保育園に市教育委員会(市教委)のK先生が、凌の保育園での
様子を見に来られていた。
その時に「このまま地域の小学校へ通わせたい」との意向を話していたが、
「凌太くんがY小学校へ通うとなると、新しくエレベーターやスロープなどを
つけるのに、お金がかかりますしねぇ・・・。
まぁ、お母さんはそう言う風にお考えだと言う事は分かりました。」
と言われたのだった。
そして、相談会当日。
凌太と私はまず凌太がどの程度の理解力があるかの検査を受けた。
家でも訓練でも、凌太が見やすいように大きな絵カードや写真を見せ、
凌太もある程度はそれにちゃんと答えられていた。でも、そこで見せられたのは
B5の紙に4個の小さな絵が書かれているものを見せられ、
「はい、凌太くん。電話はどれかな〜?指でさしてごらん。」
私が
「あの〜・・こんな小さい絵だと、分かりずらいんですけど・・・。
それと、指さしはちょっと無理です・・。」
というと、そのおじさんは(この子は分かってない)と判断したらしく、
「はい、じゃいいですよ。」
と終わりを告げた。
ちょっと待ってよ・・・。保育園や訓練で、凌太がどれほどの事を理解しているか、
カードもちゃんと選べる事なども、おじさんに言ってみたけど・・・。
多分「この親バカめ・・・」くらいにしか思われていなかったと思う。
そして、医師・教員を交えての懇談。
「今保育園でとても良い状態で、友達との関わりがある。本当はこのまま是非
皆と一緒の小学校へ通いたい。」
と言った。難しいことは分かっている。
その後に、本命の
「もし、養護学校に通うとしたら、月に1〜2回でも、居住地区交流という形で
小学校へ交流に行きたい。」
と言うと、予想に反して
「お母さん、これからはそういう時代ですよ!大丈夫じゃないですかねぇ。」
と言われ、ワーイ♪ゝ(▽`*ゝ)(ノ*´▽)ノワーイ♪ と躍りたい気持ち!
もう一人、交流を希望していた友達にすぐメールを送った。
ところが、入学前に慣れる為に週1回通っていた養護学校側から突然、
「交流は難しい」との言葉が・・・。
「小学校は市立で、養護学校は県立、教育委員会も違うし難しいだろう。
交流と言っても、教員がついていかないと、相手校にも迷惑になるが
今の状態では、生徒一人に教員がついていく事はできない。
(残った生徒のケアもあるので・・・)
どんな授業にどういう風に参加したいのか・・・。」
と言われた。
「授業(国語・算数)に入るのは、難しいだろうから、音楽の時間に皆が歌を歌って
いるのを、教室の後で聞くだけで良い。
それが無理なら、休み時間に遊びに行くだけでもよい。」
私達はそう考えていた。
来年度入学の新入生8人中3人程保育園に通い、ふれあいを大切にしたいと
思っていたママがいたので、3人で養護学校の校長と話し合った。
就学相談前にも、養護学校へ凌太と見学に行ったとき、たまたま校長先生と会え、
急だったけどその時も交流の話しをした。
校長は「出来ない事もないだろう」と言ってくれていたのに・・・。
「養護学校側も、その子に応じた指導内容のカリキュラムを組んでやっているのに
その授業を抜けてよその学校へ行くのか?
その日は、よその学校に行くのだから、欠席扱いになるが良いのか?」
養護学校での授業をおろそかにするつもりはないけど、今まで同じ年の子供たちと
一緒にすごし、そのふれあいの時間の大切さ、子供の喜ぶ姿を知っている私達は
その気持ちを素直に話した。・・・が、結局分かってもらえなかった。
当時、市内の聾学校の児童が、教員と共に居住地区交流として、小学校の授業に
参加している、と聞いた事を話したら、ここには書けないようなとんでもない言葉が
返った・・・。その言葉を聞いた私達は怒りを通り越して脱力感を感じた。(ノ_ _)ノバタッ
校長との話し合いも上手く行かず、今度は話の分かる主事先生との話し合いになった。
「これからは、もっと外に出て色んな人と触れ合うのはよい事だ。」
との考えを持ったこの先生は、相手校との話し合いを積極的にしてくれた。
結局正月明け頃には主事先生から、「なんとかなりそうだ」の返事をもらった。
私達3人はまた素直にワーイ♪ゝ(▽`*ゝ)(ノ*´▽)ノワーイ♪ と喜んだ。
市教委のK先生から
「凌太くんは、来年度から養護学校入学で良いですね?」
と、何度か電話がかかっていたが、
「居住地区交流が出来る、という条件がOKなら」
と、まだはっきりと返事はしていなかったが、
主事先生との話し合いでOKが出て、もう一度市教委のK先生に
「できるんですね?」
と確認してから養護学校への入学をお願いした。
養護学校が嫌なんじゃない。
凌太みたいな重度の子は、先生の数も多くそんな子供たちに慣れている先生のいる
養護学校で、凌太に応じた授業を無理なくやってもらうのが、一番だと思っている。
でも、保育園で培ってきた「友達とのふれあい」。子供たちの声を聞き、様子を見て
喜んでいる凌太が、大好きなお友達と離れ、子供たちの声のない静かな場所で過ごす
事を考えると、ちょっと寂しかった・・・。
「養護学校に通いながら、地域の小学校へ交流に行ける」
私達の願いは叶ったかのように思われていたが・・・・・。
入学式を終え、子供達も学校にもすっかり慣れた頃、4月に新しく代わってしまった
主事先生に、居住地交流の事を聞いてみた。
「それは、むずかしいですね・・・。」
なんと!話はまた最初に逆戻りしていた。
入学前に交渉してくれていた主事先生が転任になり、今までの経過、情報が
キチンと伝わってなかったらしい。
更に、4月に交流先の小学校の校長先生も代わっていたと言う、とんでもないことに
なっていた。
教育委員会のK先生にすぐTELをして聞いてみた。
「入学前は居住地交流ができるから、っていう話しでしたよね?」
「いや、交流の事は、入学してから考えましょうっていう事だったんですよ。」
は?そんな話しは一度も聞いてない。何度も確認して、
「交流ができるのなら養護学校へ・・」
と言ったのに・・・。その時は「できる」って言ったのに・・・!
と、今更言っても水掛け論になるのは分かっている。
他のお母さんから
「教育委員会はね、障害児を養護学校へ入れるのが仕事なんよ。」
と言われた。ふ〜ん・・そう言う事か。
それからまた3人で養護学校の校長との話し合いに行った。
養護学校の校長は明らかに面倒くさそうだった。
私達のささやかな願いを切々と言ってみたが、
「それは無理でしょう。前例がない。」
の一点ばり。
「例え交流が持てたとしても、小学校1年の1〜2学期くらいだろう。
だんだん勉強もむずかしくなってくるし、それどころではないだろう。」
それならなおさら早くに話し合って、どうにか交流にこぎつけたいのに・・・。
もう、お話にならないので、交流校に直接交渉に行っても良いか聞くと
「行ってもムダだろうけど、行きたいのならば行けば・・・。」
今までは、学校側が交渉してくれているのだから、と遠慮もあって行かなかった
のだけど、そうまで言われちゃ行ってなんとか良い方向に進めたい。
私ともう一人、IちゃんのママとでY小学校長に会いに行く事になった。