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              水野忠邦について
 結城駅の南方に位置する山川新宿の地に天保の改革を行った老中水野忠邦の墓がある。この地にはかつて万松寺という水野家の菩提寺があったが、安政年間に火災にあい焼失したといわれている。今は11代に及ぶ歴代当主の墓が並んでいるだけである。
 水野氏初代忠元は1615年、大坂夏の陣での戦功が認められて大名に取り立てられ、山川藩3万石を領することになった。しかし、忠元が1620年10月になくなったことにより曹洞宗寺院万松寺が創建されたわけである。
 なお、万松寺の仏具は火災の際、焼失することなく近くの大木にある東光寺に納められている。水野氏の家紋入りの仏具やご本尊を見学することができる。
 水野忠邦の墓は茨城県の文化財に指定され、駐車場やトイレが整備されているのでぜひ見に来てください。また、忠邦の墓石の側面には辞世の和歌も刻まれているので見逃さないでほしい。
 くみてこそ むかしもしのへ ゆくかわの
                   かえらぬみずに うかぶつきかげ

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