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               結城寺について
 結城駅の南方にある上山川には結城廃寺跡と呼ばれているところがある。その場所には現在、上山川保育所及び上山川就業センターがたっている。かつてこの場所には上山川中学校があり、その当時、校庭に穴を掘っていて、五輪塔と呼ばれる中世の墓石が数基出てきたことが知られている。ということは、中世の時代(鎌倉・室町)の墓地があったということになる。古代から中世まで寺院として存続していたことになるかもしれません。
 結城廃寺は古代寺院であり、白鳳期に造られたといわれている。奈良時代につくられた国分寺よりも古く、鬼怒川の河川の氾濫を鎮めるために基壇を設けて一宇をつくったと伝えられている。先ごろまで調査発掘が行われており、五重塔跡からは文様の描かれた舎利孔蓋が、瓦だまりからは垂木先瓦や専仏が、それから回廊跡の礎石などが発見されている。その結果、重要な古代寺院ということで国史跡に指定されている。
 現在、結城廃寺跡は土がかぶせられ、当時の様子をしのぶものはないが、市の公民館にそのときに発掘された遺物の一部が展示されている。今後、結城廃寺跡に歴史公園や資料館が建設されることを希望するところである。なお、結城寺という寺院は現在山川新宿に存在しており、山川氏が山川沼という要害の地に山川城を築き根拠地を定めることにより、上山川の地から山川の地に移っていったものと考えられている。結城廃寺跡の地は江戸時代結城寺村といわれていたことが知られている。
 古代において、結城地方の中心地が上山川にあり、結城廃寺や結城郡が(役所)が置かれていたものと推測される。

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