2003/09/30.TUE

私には1日違いの誕生日を持つ親友が居る。

秋の気配が漂う頃、今年もまた私たちの誕生日が近づいて来た。

昨年、彼は私にダイオードが付いたキーホルダーを贈ってきた。

厚さ0.8センチ、直径約3センチ程度のダイヤモンド型をした半透明の外見で

スイッチをひねると蒼く発光するキーホルダーがとても綺麗で

私はすぐに使い始めた。

闇夜に家のガレージから車に乗って出かける必要がある時、ドアを開けて

車内に乗り込んだものの、鍵穴の位置が暗くて見えず、キーをさすのに

手間取る場合がある。そんな時、冷んやりとした蒼色のダイオードの光が

鍵穴を照らしてくれる。普段でも、暗闇の部屋などでその光を見ると

不思議と心が落ち着いて来て、気が和む。

さて、私が彼に贈るべき今年のプレゼントは何にしようか。

まず、社会人である彼に対して、手帳やボールペンを贈ることを考えたが

もし趣味が合わなければ使ってもらえないだろう、と思い直した。

次に、現金を贈ろうと思いついたが、これもまたすぐに再考を余儀なくされる。

というのは、私は未だに社会へ出ていない身であり、親から養われているだけの

収入の無い生活をしているからである。別に、親から貰った小遣いをそのまま

大事に財布の中にしまっておきたいとかいうのではなく、そのカネを受け取った

相手側が、一体どう思うかである。自分でカネを稼げない者が、親の擁護のもとで

親が稼いだカネを送りつけて来やがった、と冷笑されることだろう。そのとき

『贈る』という言葉に値する私の感情は読み取ってもらえず、誕生日を理由に

事務処理的に『送って』きたに過ぎないと捉えられてしまうかもしれない。

贈る側である私が、彼に対する好意を示す機会を自ら放棄することはあるまい。

考え込んだ末に、音楽CDを贈ることにした。

もう6年も前の事だが、彼が奈良県の中学校で英語講師をしていた頃

私たちは週末になると奈良か京都で会い、ビリヤード等をして遊んで過ごした。

そのころ互いに聴いていたサザンやELTやMr.ChildrenやGLAYの曲等が懐かしい。

今の私は音楽を聴くような生活から遠く離れているが、彼と共有した時間と

様々な風景を、私は曲によって思い出すことが出来る。

相手にも私と同じく思い出の箱を開けて欲しいと思うのは、傲慢かもしれない。

しかし、もしそうでなくても、以前どこかで聴いた曲だと認識してもらえれば

それで充分であろう。

準備は整ったが、今日はすでに日が暮れている。明日の朝になったら、

彼への贈り物を郵便局へ持っていこう。

宛先は、アメリカのサンフランシスコ。到着には7日前後を要する。

 
2003/09/25.THU

午前2時ごろ、まぶたが重くなって来たにも関わらず

素直に眠りに落ちることを拒んで、テレビをつけてみると

フジテレビで『リング2』が放送されていた。

テレビから発せられる薄青の光だけが私の部屋を包んでいる。

『リング2』は、1年くらい前にビデオを借りて観たのだが

今宵再び観ることに抵抗はなかった。ホラーは嫌いではない。

深田恭子の悶絶死の顔は、なかなかサマになっている。

うら若きアイドルのイメージとして、ああいう表情を公にしては

マズいという意見もあるのだろうが、そんな意見が立つほどに

迫真の演技を披露した深田を評価すべき、と私は思っている。

貞子の怨念を水に融解するという発想が、科学的であり

且つ非科学的でもあって、面白かった。

あの世とつながる力学なんだって(笑)

奇妙な事なのだが、深夜になると、普段では殆ど観ることのない邦画を

観たい心境になる。洋画よりも邦画が深夜の感覚にマッチするらしい。

お笑い芸人等がよくやっているバカ番組などは放置しておいて

2時間くらい費やしてもいいから、何か面白いものを観たい。

バカ番組ではお粗末で面白みに欠ける。

21日の深夜に『ら抜きの殺意』という演劇が

BS2で放送されていたのを観た。

テアトル・エコーという劇団による作品の1つらしい。

現代日本の若者達が遣う言葉の粗悪さを、年配者が正そうとして

葛藤するのだが、喜劇として仕立てたはずの全体構成の流れにあって

思わずハッとするようなセリフがいくつか含まれており

半ばまどろみの中に居た私の神経を刺激した。恥ずかしい事ながら

すでにセリフそのものを記憶してはいないのだが、たとえ小さな物音でも

静寂の中で仔犬がピクリと耳を反応させるように、無意識に注意を喚起させる

言葉の波紋が伝わって来た。

深夜、眠る前に1本の邦画なり演劇なりを観る。

週末に向けた楽しい時間の過ごし方の1つとなるかもしれない。

 
2003/09/07.SUN

無性に眠り続けた日だった。

午前5時10分の落語を見る予定が、睡魔にやられて

確か、3時ごろに就寝した。

そのまま眠り続けて、16時ちょうどに起床。

目覚ましをかけていなかったせいでもあるのだが

寝過ごした、とかいう表現で片付けるには

余りにも勿体無い1日の過ごし方である。

起床したら、あと8時間で今日が終わってしまうなんて。

階下に降りていくと、今日は遅いおやつの時間のようで

親と叔母と祖母が食卓についてお茶を飲んでいる。

親が仏頂面で私に小言を垂れるが、そんなのは軽く聞き流すに限る。

アロエヨーグルトを叔母から手渡され

それを夕食までのつなぎとして食した。

18時までネットゲームをしたが、突然の睡魔が襲ってきて

再びベッドに戻った。室温23度のなせるワザなのだろうか。

薄手の羽毛かけ布団に身を包んで寝るのが、この上なく幸せだ。

私が寝ているのを20時30分に叔母が発見したらしく

部屋の灯りをつけられ、肩を叩かれて目が覚めた。

「ご飯よっ!!!」

と、耳元で大きな声で告げられる。

すぐ隣にたたずんでいるクセに、何もそんな大声で言わなくても。

夕食のために親の家に行くと、今夜はサーモンご飯だった。

サーモンの刺身がご飯の上にかけてあって、醤油を少し垂らしただけの

質素なものだが、私はサーモンが好きなので問題ない。

夕食後は風呂とテレビとネットゲーム。

こうしてまた、無駄に夜がふけて1日が終わって往くのだ。

 
2003/08/27.WED

夕方、パソコンモニタを買いに行った。

以前使っていた物はブラウン管の19インチで

まだ使えなくもないのだが、何となく嫌気がさした。

やけに机のスペースを取る上に、目には見えないけれど

大量の電磁波をビリビリと放出してそうだと感じていたのだ。

今回はSONY製の液晶17インチを購入。価格は5万2千円。

あとで財布を覗き込んだら、新渡戸さん1人と夏目さんが数人だけ。

実際机の上に置いてみると、そのコンパクトさに瞠目。

机だけじゃなく、部屋全体までもが広くなった気がした。

そうなると、調子に乗りたくなるのが私の性(さが)。

今までパソコンで音楽を聴いたりするときは

ヘッドフォンを使っていたのだが

今の机上の空間ならばスピーカーを置ける。

そう判断した私は、モニタを買った店に再度足を運んだ。

色々なスピーカーが置いてある中で、3600円という安価ながら

ウーファーがついている物があった。

JUSTerとかいう、聞いた事もないようなメーカーなのだが。

店員に頼んで、視聴用のJUSTerに電源を入れてもらい

音楽を流して音の品質を確かめる。

特に粗雑な音質でもないので、購入することにした。

モニタ売り場の近くに、モニタを保護するための透明なシートが

売られているのを見つけた

17インチ用は2600円だ。

財布の中身を再確認して、保護シートもレジへ持っていく。

こうして、新渡戸さんと夏目さんが皆去っていった。

帰宅して、買ったスピーカをモニタの両脇に設置してみた。

モニタの前にキーボードとマウスを置いても、机の手前半分の

スペースがあいている。いやはや、ゆったりである。

部屋全体を見渡すと、机の上ばかりがキレイに

整頓されていることに気がついた。

本や小物が収まっているラックがあるのだが、そこは散乱している。

テレビに近づくと、細かなホコリが付着している。

クローゼットを開けると、ハンガーにかかっていない服は

ことごとく床の上に投げ出され、皺だらけになっている。

よし、ヤルか。

水に濡らしたタオルを階下から持ってきて、出窓の小棚を拭き

テレビを拭き、ラックの中に収まったすべての本と小物を整理して

クローゼットの服をたたみ、クローゼット内の小物入れを掃除し

鑑賞魚のペロちゃんが住んでいる水槽の水を換えて

最後にフロアリングの私室の中を

濡れティッシュをつけたワイパーで拭き、終了した。

この程度の作業を完了するまでに、わたしは夕食をとり

休憩もはさんだので、4時間を要した。

普段は21時半に入る風呂を、今日は23時に入った。

風呂から上がって、キレイな部屋でホッと一息。

モニタを買って、掃除をしたくらいで

いい気分になれるものだ。

 
2003/08/21.THU

洋画『MINORITY REPORT』、邦画『ピンポン』をビデオレンタルした。

3人の犯罪予知者が6年連続でアメリカの犯罪すべてを事前に防止している

っていう、ちょいとムリな設定が笑える。

宇宙服ぽいの着て空飛んでるオジサンとか、CGも多様しちゃって。

LEXUSが開発したらしい近未来車とか、さりげないシーンの端っこに

アジア人を登場させたり、目ん玉の所有者が日本人の名前だったり

するあたりに親日寄りの映画だと感じる。

映画の内容自体は、結果を導き出す過程を追うという謎解き的な展開に

なるのだけど、多少ひねりが加えられていて面白いと思った。

邦画『ピンポン』の方は、邦画特有のクドイ感じが無い映画だと感じた。

邦画なら、たまにあるじゃん。ヒロインが泣かないといけない場面で

リアルタイムで撮影してて、それがまた1分以上かかる時でも

カメラ固定で顔しか映してなくて、泣くまでジーっと待ってるやつ。

思わずリモコンの早送りに手が伸びそうな、そんなシーンは

『ピンポン』には皆無だった。

卓球に情熱をかける、爽やかな"青年達"による"少年達"のストーリー。

主人公を始めとして、"学生"ぽくない連中が高校生してるんだよ(笑)

卓球屋のオバサン、可哀想だな。いつもタバコ吸う役目でカラダに悪そう。

でも、顔がアップにならない時は偽物ぽいタバコ吸ってる様子。

CGはほとんど使ってないし、内容も現実に沿ったものだという点で

『MINORITY REPORT』とは好対称だが、なかなか楽しめる邦画でしたな。

 
2003/08/20.WED

晴れたり、曇ったりのおかしな天気だ。

夕方、雨があがったので

久しぶりに近所に住んでいる友達のKと

ビリヤードとバッティングに出かけた。

ビリヤードでゲームを始める前、いつも互いに

ウォーミングアップとしてナインボールをソロでするのだが

実際に我々がプレイするのはエイトボールである。

わたしはあまり調子が良くなかった。

以前とは比べものにならないほど技術が堕ちていたが

それでも4勝1敗で終わった。

このビリヤード場は家からも近いし料金も安いので

二人で居る時はよく利用していた。

客は、我々が来た当初はガラ空きの状態だったが

店をあとにする少し前に何組かの男たちが入ってきた。

我々は騒がしくなることを好まない。

人によっては、玉を突いてポケットできない時に

「チクショウ」とか「クソッ」とか「テヤンデェ」とか

「フゥウオォオーーーーン」とか、わめく者がいる。

それは、オジサンに限らず、若者も然り。

周りにも聞こえるような、大きな声で。

ポケットできない事への苛立ちは、よく理解できる。

でも、それを口に出すのはやめて欲しい。

大人気ないから。

18時20分ごろ、再び降り始めた雨の中を運転して

バッティングセンターに到着。

あまり人が居ないので、5ゲーム分のメダルを買った。

1メダル200円で22球遊ぶことができる。

Kと同じバッターボックスを交互に使っていたのだが

わたしが2ゲーム目を終え、バッターボックスを出て

店内に戻った時、いきなり10人くらいヒトが増えていた。

小学4年くらいの子供と、その親らしきオジサンが

わたしが出てくるのと入れ代わりにバッターボックスへ入って行く。

子供の方は髪が短くて、マイバットを持っている。

地域の少年野球チームに入っているのかもしれない。

さらに、その後には20台前半くらいの男3人組が

騒がしくしゃべりながら順番待ちしている。

私:「なぁ、ぼちぼち出るか。」

K:「待ってても時間かかりそうでダルいな。」

私:「うむ。次回に延期。」

車に戻ると、Kがパソコンショップへ行きたいと言うので

国道沿いの1件に行ってみた。外付けのCDRWが欲しいらしい。

だが結局、何も買わずに店を出て、我々は帰路についた。

 

 
2003/08/18.MON

ふと、体重計に乗ってみたら・・・・。

約2年前にアメリカから帰国した当初、わたしの体重は

70kgにまで跳ね上がった。これは、いわゆるリバウンド。

抑圧された食生活から来るストレスが原因であろうと推測される。

帰国するまでは、食べたり、食べなかったりな日々を送っていた。

口にするものは、だいたいツナサンドかハンバーガー。帰国して

コレステロールと高カロリーの塊を吸収し過ぎて辟易していた胃袋に

活気をもたらしたのが、うちの母親の作る日本料理だった。

体重は、みるみる上昇を続けた。

うっかり食べ過ぎてしまう傾向を何とかしなきゃと、腹6.5分目に

抑えて、早朝に軽く歩いたり、部屋でダンベルを持って体操したりした。

いつの頃からか、体重は以前の58kgへと正常値を回復したものの

その後は60〜62kgをウロウロする数値となった。

そして、現在は65kgである。

体重計に乗った瞬間、『アチャー』って感じの

しかめツラになったのを自覚できた。

このところ、不規則な生活が続いてるからなぁ。

夜中はほぼ間違いなくオンラインゲームをしているのだが

それをダラダラと早朝までプレイしてしまう。

やがて空腹になると、ポテチや柿ピーナツ等のスナックを食べつつ

DAKARAとかアミノサプリといったスポーツ飲料を摂取するように

なっていた。

太る要素が満載である。

眠気が脳内に充満してベッドに倒れ込む頃には、すでに空は明るく

セミが鳴き始めている。

起床すると昼食時だったり、14時ごろだったり。

顔をあわせるたびに、親からお小言を頂戴する。

こういう生活をしているから、体重が増えるんだろうな。

もうお盆もあけたことだし、ぼちぼち自堕落な生活を

シャットアウトして、オシゴト探索の活動を再開しますかね。

そのうちまた、体重減ってくれるといいな。

 
2003/08/15.FRI

お盆ということで、母親の故郷である島根に行った。

冬を越すことなく昨年他界した、母方の祖母の初盆である。

午前2時30分に家を出た。運転手は、もちろん私だ。

やや空腹気味な胃に眠気覚ましのコーヒーを流し込み

延々と6時間。2回休憩を挟んだが、やはり疲れた。

夜が明けるに従い、激しい雨もあがっていった。

車についた時計が4時44分を指していた時

空の色がやや薄れた藍色に変わったのに気付いた。

フッと、むかしの記憶が思い起こされる。

徹夜して、空がこんな色合いに染まる時間帯になっても

まだ白熱灯のスタンドのもとでレポートを作成していた大学時代。

ふとその手を休めて、白熱灯が部屋に満たす優しい橙色と

レースのカーテンがかかっただけの窓辺に映る早朝特有の群青色との

美しいコントラストを楽しんだ。

8時40分に本家に到着した。

9時を過ぎたあたりで続々と集まる親類たち。ざっと20人か。

10時に坊主が来るらしいが、少し時間を持て余す感じだ。

墓は本家のすぐ裏手にある。

誰かが、先に墓参りを済ませてしまおうと言い出した。

私も、ゾロゾロと玄関から湧き出る人々のあとについて行く。

軽い頭痛にさいなまれつつ、徒歩2分で墓前にたどり着いた。

線香をあげて、簡単に手を合わせて、家に戻る。

10時07分、坊主が来た。

15分程度の読経のあと、坊主と本家の家主やらその妻が

世間話をし始めた。その場に居合わせた他の者たちも何やら

相応に話をしているようだが、わたしは会話する気力も無く

また会話する内容すら持ち合わせていない。

非常に居心地が悪いのは、以前来た時と同じだった。

親にひとこと、

「ちょっと寝るわ。」

と告げて車に戻った。

冷夏らしいが、この日は憎らしいほどの快晴である。

閉め切った車内は、まるでサウナのようにムシムシと暑い。

車は家の裏庭にある駐車スペースに停めてあるのだが

周りは雑草が生い茂っている状態で、木々も生えている。

何とか涼を取らねば車内で脱水してしまう恐れがあると感じたが

エンジンをかけてクーラーを入れることはためらわれた。

裏庭とは言えども、家の窓はみな開け放たれており、そこへ排気ガスが

入ることになるのは疑いない。

車の窓とドアを全開し、わたしは後部座席に横たわり、ひざを丸くした。

虫の声がすごくウルサかったが、なんら問題なく眠りを勝ち取った。

14時過ぎに目が覚め、本家に戻った。

母親はわたしが寝ているのを起こしては悪いと思い

昼食の時も呼びに行かなかったと言う。

そして、安っぽいコンビニの弁当を手渡された。

定価は表示されていないが、恐らく500円かそれ以下だろう。

この弁当は、昼食に遅れた私だけにあてがわれた物ではなく

昼食時に居合わせた親類全員がそれぞれ食したという。

弁当は、どういうわけか肉類を多く含んでいる。

鶏のから揚げ、ハム、小さいハンバーグ・・・。

むしろ幻滅を誘ったのは、惣菜屋の低品質な油で揚げたカタチばかりの

海老フライであった。たった2つしかない小さなおにぎりの上に

単にコロモがデカいだけのお粗末な物体がへばり付いている。

油物主体の弁当は苦手極まる。一気に食欲が四散した。

うちの母親を運んで来たに過ぎない運転手の私だけになら

こんな粗末な弁当もまだうなずけないわけではないが

中年から高齢の者がほとんどの親類にも出したとあっては

さぞ顰蹙(ひんしゅく)を被ることになろう。

まあ前回の経験(デカいだけのクソマズイ弁当だった)から、

うまいメシなど誰も期待してはいなかったろうが、あまりにも

型に嵌り過ぎたマズイメシを食わせられるのは不愉快だ。

せめてソバか何かの出前くらい取れば良さそうなものだが。

何のために香典出してると思ってるのかね。

後日カタチのある香典返しをするならまだしも、この家は

な〜んにも返して来ないのだ。要は、カネ取るばかりなのか。

「いま食欲ないから、それ持って帰って食うわ。」

もちろん、嘘である。即ゴミ箱行きとなるであろう。

親も私の気持ちが分かっているらしく、何も言わずに弁当をしまった。

「帰る時まで起こさないでくれ。」

もう眠くはなかったが、居心地の悪い空間から逃れるように

再び私は車へと戻っていった。

16時を回った頃、ようやく帰路につく。

21時ごろ、途中のサービスエリアで夕食のソバを食べた。

お盆恒例というより、毎週末に同じ光景が見られるように

宝塚で17kmの渋滞、さらにそれを越えても大阪の吹田まで

8kmの渋滞が続いた。ノロノロした運転が睡魔を誘う。

吹田を過ぎると、摂津から京都までは快適に走ることができた。

24時35分帰宅。

母親のために運転手に徹した1日だった。

 
2003/08/03.SUN

日曜、朝5時10分。

この時間、わたしは太郎冠者と落語を見るという

暗黙の了解(?)とも取れる行動を続けている(笑)

無論、ふたり肩を並べてテレビを見るわけではない。

メッセンジャーに互いに接続して、テレビのNHKで放送する

落語を見つつ、面白い部分は抜粋してメッセンジャーに書き記す。

書くことによって、面白さが増すのである。

今週は桂歌丸さんだった。

落語に全く詳しくない私でも、顔くらいは見たことがある。

先週は、もう名前は忘れてしまったが

ひどく退屈で楽しくない人(失礼)が出演しなすった。

顔の表情も、本人は一生懸命なのだろうか、どこかわざとらしく

鼻についた。(また失礼)

落語の素人たる私が云々書くべき事ではないのだろうが

無知ゆえに書くことを許していただきたい。

個性を活かさない語りべは、客の前で朗読しているに等しい。

たとえば、特に聞かせどころでもないのに

やおら扇子などで机やら手やらをバンバン叩く者。

どこか、心のすみにストレス溜めていらっしゃるのだろうか。

叩く音が響くたびに、テレビのチャンネルを変えたくなる。

あるいは、話自体が変化に乏しいからといって、ひょうきんな顔や動きをして

客の笑いを誘おうとする者。

そういう行動、どうかと思う。視覚に頼らず、言葉の表現で笑わせて欲しい。

あるいは、話し方が他の何役かと区別しにくい者。

男役と女役なら区別しやすいが、同性同士の言葉のかけあいになった時

どちらも一緒の口調では聞きづらいし、内容が混乱する恐れも。

桂歌丸さんは、キャラの個性を出すのがすごく巧い人だと感じた。

最後にオチがついて終わるまで、微笑ましく見ることが出来た。

落語が終わると、すぐ温泉の番組が始まる。その冒頭に流れる曲の歌詞を

お互いにハモり、少し番組を見たあとテレビを消す。

太郎におやすみを告げたあと、徹夜したからだをベッドに横たえ

眠りをむさぼり、昼近くに起きだして、遅い日曜日がようやく始まる。

 
2003/08/02.SAT

真昼14時。

うめき声が漏れそうに暑い日照りの中、米を買いに農家へ行った。

15分ほど車を飛ばすのだが、最近開発に着手されている国道の傍を

少しそれると、私の軽車両がわずかなゆとりを持って1台通れる位に

道は細くなる。

道の両脇には田んぼが広がり、家屋の群れが前方に小さく見えてくる。

窓をあけて走っていると、青臭いニオイと共に何かが鼻を刺激する。

つっ・・漬物!? ナスの漬物のようなニオイがする。

全くキライではないけれど、堆肥のニオイのようだ。

私:「お米、いただきにあがりました。」

農家の老女:「いや〜毎回来ていただいてすみませんねぇ。」

白髪が目立ち始めた長めの髪を後ろで簡素に束ねているだけの老女は

日焼けした、健康的な笑顔を私に向けた。

わざわざ私が農家まで買いに来るのには、ワケがある。

以前は別の農家から米を買っていたのだが、その農家は米を売りに

出すまでに、農薬を3回使うということが分かった。

一方、私が現在買いに来ている農家の米は、農薬を一切使っていない

らしいのである。この界隈の農家は、週末になると集まって朝市を出し、

自分のところで取れた農作物を売るのだが、その朝市で現在の農家から

米を買っているところを、以前まで買っていた農家の者に見られては

気まずい、というウチの母親の心境から、米を買うときは

農家へ直接買いに行くようにと、私はお遣いを頼まれるのである。

毎日クチに入れる物であるだけに気を使いたいのは理解できるが

以前の農家との付合いは維持したいらしく、母親はときどき

朝市でその農家の野菜を買ったりしている。私はあえて聞かないけれど

その野菜は、農薬を使ってないのだろうか・・・。

 
2003/08/01.FRI

えっと、突然ですが、HP再開してみました。

月も変わったことですし。今日から8月ですネ。

どういう経緯で、しつこくも再開する運びとなったのか。

いえね、日記を更新しなくなって、もう半年になるんですが

つい先日、ほんと久しぶりに自分のHPを覗いてみたんですよ。

そして、自分が過去に書いた物を読んでみました。

いやぁ、稚拙な文章をポンポン並べちゃって。(苦笑)

な〜んだか、変化に乏しい私の日常を必死に暴露してる姿勢が

お恥ずかしい限りで。(照)

でもねぇ、読み返してみて、その日その日の物事すべてが

「ああ〜そう言えば、そんな事あったっけ。」って感じで

思い出せるんですよ。ヘタクソな文章だけれど、自分が経験したり

思ったりした事を描写しているから、記憶とリンクして

過去の日々を細部に至るまで思い起こすことが出来ます。

チョコッと感動しましたネ。

たぶんそれが、日記の醍醐味なのでしょう。

そこで、ふと思ったわけです。

半年経った今の私の日常は、日記をつけてた頃のそれと

あんまり変らないのではないか、と。

今もまだ就職活動をしているんですが、全然決まらないです。

ここで再開したとしても、以前のようにごく平凡でありふれた日常しか

書けない気がするけれど、書かないよりは、よっぽど良い。

雑文にも関わらず、書く事自体は好きなわけで。(照)

そんなこんなで(←都合の良い言葉)、雑記がスタートを切ります。