2003年あざらしようこのKCRoyals応援・観戦記 

〜それいけのKauffman Stadium突撃!!編〜

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その1 徹夜続きで意識が飛んでく...。(哀)
それでもめげずに関空(Osaka)からDetroit、Memphisを経由、
そして第一の目的地友人らいさんのいるAlexandriaへ。

1-2 ウソも方便!?アメリカのよっぱらいに機内でおつきあいでえらいこっちゃ!(汗)
注:決して管理人が図のように酔っぱらったわけではございませんのであしからず...)


(Memphis行きの飛行機で隣の席だったおばあちゃん。刺繍が大好きらしい。笑)

(今年はアメリカの人と友達に)

 去年はデトロイトの空港で関空から乗り合わせたWさんと写真を撮ったのに、今年は飛行機で爆睡していたがために友達ができなかったなあ、なんてことを思っていたのですが、今度はデトロイトからメンフィスに移動する飛行機で隣りに乗り合わせたアメリカ人のおばあさんといろいろ話をすることができました。(笑)それまで完全に頭の中は日本語モードだったのでいきなりの英会話に少々戸惑いましたが、なんとか片言で会話することができました。(苦笑)

 おばあさんは足が悪く、かなり肥満もしていて隣りに窮屈そうに座っていましたが、飛行機が離陸・上昇して機体の姿勢が安定すると、荷物から布の固まりと針と糸を取り出してちくちく刺繍を始めたのです。そしてその作品の出来映えのすごさに感動して「写真を撮らせてもらえませんか?」とお願いして撮ったのが、上の写真です。それをきっかけに、いろんな話を聞かせてもらいました。若い頃から刺繍が好きで、家中に彼女が作った作品が飾ってあるということ、小さい作品を家族のために作ってはプレゼントしているということ、そしてこの作品を完成するのには約一年ぐらいはかかるだろうということ等々...。数年前に足の関節を痛めて手術をして以来、車椅子のお世話になるようになったらしいのですが、手術の時「これからは人の手をどんどん遠慮なく借りるようにしてくださいね」と言われ、「私は若い頃から"Do it yourself." (自分で何でもやりなさい)と言われて育ったのに、手術をしたら途端に全く逆のことを言われたわ」「急に逆のことを言われたってねえ...」と愚痴をこぼしていたのが印象に残っています。

 私が「実はメジャーリーグのKansas City Royalsが好きで、その試合をKCに見に行くのだけど、その前にAlexandriaの友達の所に寄るの」というと「私も同じ所(Alexandria)に行くのよ!」と笑って答えてくれました。そして、「がリトルリーグのオールスターに出たのよ!。うちは一家四代に渡って野球選手なのよ。」とうれしそうに教えてくれました。でも、メジャーリーグについてはなんとほとんど知らない、とのことでした。身近な野球を生活の一部として楽しむことと、メジャーを応援することはまた別のことなんですね。新鮮な驚きを感じると共に、またアメリカの野球文化がいかなるものか垣間見た瞬間でもありました。

(Memphisの空港のすみのすみっこ....Gate A33)

 メンフィスに到着した後、隣のおばあさんは車椅子の乗客の移動を助ける専門の係員の人と一緒に降りて行きました。私は一人乗り換えのために空港を移動しましたが、次の目指すゲート「Aの33」になかなかたどり着けません。多少不安に思いつつも、空港内のゲートの案内板を見つけては自分が今いる位置を確認。(メンフィスの空港は、他の空港に比べて地図の案内板がやたらと少ない気がします。去年はオマハからデトロイトに戻るのにここの空港を経由しましたが、その時も不安な気持ちになったのを思い出しました。)

 左上の地図にそのゲートの位置が書いてあります。そうなんです、今は使っていないような、電気もついていない閉じられたゲートをいくつも通りすぎて、はるかその先に一カ所だけぽつんと光が灯されて人が集まっている所があるのです。「え、まさか」と思いつつそこにたどり着いてみると、やはりそこが私の目指すゲートA33だったのです。「なんだってここだけこんなにぽつんと離れているんだろう?」「ここの飛行機の発着の案内板は他と違ってとてもわかりにくいなあ。」などと思いつつ辺りを振り返ると、日本人の旅行者(しかも女性)が一人でこんな所に来るのはちょっとめずらしかったのか、自分が逆にちらちら見られているということに気がつきました。

(謎が解けた....。そこにあったのはプロペラ機

 いよいよ搭乗の時間となりみんなの後についてゆくと、暗い階段を下りて行くこととなりました。そして、直接空港の地面に自分の足で降り立ったのです。係員の人の先導に従って、みんな空港の黄色い線が二本ひいてある中をてくてくと並んで歩いて行くのです。

 それまでの薄暗かった空港のロビーから、とてもまぶしくてきつい太陽の日射しを浴びてびっくりして目が覚めました。耳元には飛行場特有のものすごい飛行機のエンジンの轟音が響いてきます。そんな中およそ百メートルは歩いたでしょうか。飛行機の所につくと、なぜかその前に大きな荷物を預ける棚が用意されていて、何人かの人はそこに荷物を置いていました。そんなシステムははじめて見たし、言葉で「これはどうなっているのか?」とか聞きたくても、とっさに英語が出てこなくて聞きそびれてしまいました。「まあ、どうせ自分は預けるような荷物もないし」と気を取り直しましたが、後で考えると機内持ち込みにはちょっとでかい荷物を預けるコーナーがカウンターになかったような気がします。つまり、飛行機まで直接荷物は自分で持っていって乗っけるシステムだったようなのです。

(最大の飛行機から最小の飛行機へ)

 目の前にノースの紅いプロペラ機を見て、さすがにこれは写真に収めて置きたいと考え、手持ちのうつるんですを取り出して撮りました。Northwest Airlinkプロペラの機体を今まで空港で遠くから見たことはありましたが、さすがに実際に乗るのは初めてです。中のシートは左一列右二列のもので、つい先ほどまで関空からデトロイトまで一番大きなジャンボジェットに乗っていたことを思うと、その飛行機の小ささに多少の心細さ?を感じずにはいられませんでした。自分が行こうとしている街がいかに小さな街であるか、本当に実感させられた一瞬でした。

(刺繍好きなおばあちゃんとドバイ帰りのおっちゃんと)

 そして、飛行機に乗ると、またうれしい再会がありました。メンフィスから一緒だったおばあちゃんが、通路を挟んだ隣の席に先に乗っていたのです。「また会えたね!」「目的地が同じだとは知っていたけれど、また隣りに座れるなんて」とうれしくて話をしました。そして隣りに座っていたおじさんにも挨拶。なんでもその人は中東のドバイで働いているそうで、普段はそっちにいるのだけれど、たまに自分の地元であるAlexandriaに帰ってくるらしいのです。私もかつて中東のサウジアラビア、イラクにペンパルがいていつかあの辺りには行ってみたいと思っている、という話をして盛り上がりました。「イスラムの教えに従って行動するのは、一般のアメリカ人には大変なのでは?」と聞くと、「お酒をなかなか飲めないのが大変」「ホテルとか限られた場所でしか飲めないし、だから普段は飲まない」という話でした。そして「だから今日は久しぶりにワインをこれから飲もうと思うんだけど、君もどうだい?」と勧められました。もっとも、私は普段から全くお酒を飲めない体質なのでそう断ったのですが、やたらと親切に「一杯どう?おごるから」と繰り返します。

(らいさんを勝手に彼氏扱い!?でえんま様ごめんなさいの演技派女優?あざらし)

 私はそれまで知らなかったのですが、ノースウェストの場合エコノミーの席でも五ドル出せば小さなワイン一本が機内で買えるんですね。(もちろん、そのプロペラ機にはエコノミーもビジネスもなかったですが。汗)まずおじさんは白ワインを一本空けて、それから家族の話を始めました。「俺は若い頃結婚して、子供も二人いる。もう二人とも独立したし、奥さんは離婚して出ていっていなくなったし、だから今は一人だ」「だから帰ってもさみしいんだよね。広い家に四部屋も空いている部屋があって。」おじさんはすっかり愚痴モードでした。そしてまた白ワインを一本。「君は結婚しているのかい?」と聞かれました。何だか様子が怪しいと思った私は、「いや、結婚はしてないけど、でもこれから男友達の所に行くのよ〜」といかにも「私彼氏がいます。これからその愛しの彼に会いに行くのよ(ウキウキ)」という幸せラブラブな「フリ」(著者注:もちろん大うそでございます。)をすることに決めこみました。本当はまだ会ったこともない、ネット上の友人でしかなかったらいさんでしたが、そんな時はウソも方便!つけるウソはどんどんついちまえっ!!ということで見たこともないらいさんをずうずうしくも勝手に"彼氏"扱い。「彼がね〜、空港に迎えに来てくれるんだ」と嬉しそうに(爆)話すと「君がアレクサンドリアにいる間、そのらいっていう男とケンカでもしたら、僕の所に電話しなさい。いつでも迎えに行ってあげるから。僕の所にとまればいいじゃないか。」と言い出したのです。

(白が二本の赤一本

 「誰がお前の所になんか行くものかぁ〜っ!!」と内心思いつつ、このおっさんどこまで酔えば気が済むんだとだんだん不安になってきました。(右の電話番号は、このAlbertというおっちゃんが酔っぱらう前のまともな状態の時に書いてくれたものであります。哀)それでもこの酔っぱらいは、フライトアテンダントの人を呼んで、「もう一本」と言うのです。あまりの酔っぱらいぶりを見かねた乗務員の人は「もう白ワインないんだけど」と言って一度は「これ以上飲まない方が」と断ったのですが、「赤ワインとかならあるだろう!」と騒ぐので、やむを得ず奥から一本持ってきました。そして酔っぱらいは案の定エスカレート

 「Yoko、君は美しい」(うそつけっ)「君のような人がまだ結婚していないだなんて、信じられないよ。」(ほっといてくれ〜ぃっ!好きで独身をやっているわけじゃ...)「僕と結婚して僕のうちに住まないか?ベッドだってシャワーだってたくさんある。君がアメリカが好きなんだったら、僕と結婚してアメリカに、このアレクサンドリアに住んだらいいじゃないか」(絶対やだっ!!)「言葉の問題?そんなことは気にしなくていいよ。だって、僕は普段から君よりも下手な中国人の英語を毎日聞いているんだ。だから大丈夫」(.......。ええ加減にせえよ、このオッサン!!

(こっぱずかしいにもほどがある!

 「君は美しい」を大声で狭い機内で大連発!するのに耐えかねて、それまでは「飲み過ぎだってば」と制していた私も、ついにおっちゃんが何を言おうと完全無視することを決め込みました。となりに座っている刺繍大好きおばあちゃんもあきれて「どうしようもない奴だねえ」とか言っているし、向かい合わせに座っている乗務員の若い女性も肩をすくめて私に「とんでもないわよね」と同情のジェスチャーを送ってくれます。私に完全に無視された後、Albertは今度は身を乗り出して前の座席に座っていた若いお兄ちゃん二人組に大声で会話。仕方無しに到着までの30分ほどの間、そのお兄ちゃん達も気の毒なことにつきあわされていましたが。(今思うと、あのおっちゃんシートベルトしていたんだろうか?謎)

 ホント、隣りに仲良しになったおばあちゃんがいて助かったと思います。私がもしこれからアレクサンドリアに引っ越し!というのであれば、同じ街にどうしようもない奴が住んでいるというだけで気が滅入ったでしょうが、所詮旅のできごと。このおっちゃんに会うことは一生もうないだろうし、私がこの街に来ることも多分もうないだろうと思うと、まあ何とか我慢はできました。らいさんを勝手に彼氏?扱いにしたのも、旅の恥はかきすてならぬ、旅のウソはツキ捨てだ!!ということで気にすることもなかろうかと。(苦笑。らいさん、ごめんなさいね。爆

(貴重な体験をさせていただきました、ハイ)

 まあ、アメリカでよっぱらいのおっちゃんに口説かれる、というめったにできない?!体験をした、という意味では面白かったのですが。(苦笑)洋の東西を問わず、ダメな男性はダメで、そこに国境はない!ということを学習させてもらった?し。「この人なんで奥さんに捨てられた(←勝手に断言!)のか、わかるような」という印象だけを残して、アレクサンドリアに着いたとほほなあざらしでありました。(2003/7/31)

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