のKauffman
Stadium

(試合終了後Chuy
に出くわす)
FUJI FILM
PHOTO
DAYの日は、実にいろんなことが起きました。試合終了後、出口に向かって人込みより少し遅れて歩いていると、まだ残りの仕事を片付けているChuy
と遭遇。せっかくなので、彼に声をかけPaulaさん
と三人で立ち話をしていると、他のファンがたくさん寄ってきました。写真
やサインをせがまれて、彼らの相手をChuyがしている間、「せっかくだし彼
を晩御飯
に誘えないかなあ〜」とPaulaさんに耳打ちすると、「それいいじゃない!」と早速Chuyに交渉。彼もどうやら私達と話をしたかったのか、すんなりオッケーしてくれました。
(笑)
まだこの後一時間は仕事が残っているというので、改めて待ち合わせをして、一旦は彼と離れました。空いた時間にPaulaさん
と私
はドーナツ
のタダチケットの試合の半券を手にドーナツ屋さんへ。その温かいできたてのドーナツ
を片手に、改めて待ち合わせ場所に向かいました。(Chuy
へのプレゼント
とするためでもあります。笑)
(球場横のDenny's![]()
にて一緒に晩御飯!)
晩御飯は、球場横のDenny'sのレストラン![]()
。実は、彼といろいろ個人的な話をする
のはこれが初めてでした。(笑)話は実に多岐にわたりました。今メキシコ
にいて離ればなれになっている彼の家族のこと。アメリカ
で出会った昔つきあっていた彼女のこと。いかに英語
を覚えたか。この仕事をしているために、アメリカ各地
を転々としていること。出演しているロイヤルズ
でのコマーシャルの話等々。(Chuy
はアメリカに来てもう数年にはなるので、英語
はもちろんそれなりに話すことはできるのです。私
のゆっくりした英語
には、実にていねいで正確な英語で返事をしてくれるのですが、native speakerのPaulaさん
の早口
の英語に合わせるとなると、いきなりスペイン語訛りのブロークンな英語になります。やっぱり英語を外国語として学習している人にとって、native speakerの早口
英語
に合わせるのが大変なことは、洋の東西を問わないのね、とひとり納得致しました。)
(中南米系移民の置かれた厳しい現実)
そして彼のいろいろな話の中で一番考えさせられたのは、ヒスパニック移民の問題でした。詳しい話は彼のプライバシーの問題になるのでここには書けませんが、中南米(主にメキシコ
)からアメリカ
にやってきた移民がどのような状況の中に置かれているかという問題。(大抵はやはりアメリカでも貧しい生活を強いられていますし、立場も不安定です。)Chuy
自身もこの先ずっとアメリカ
に残って働きたいけれど、いつまでそれができるのか先も見えないとのこと。美しくよく通る声
の持ち主であり、お客さんを大いに楽しませる
素晴らしい才覚の持ち主であり、KC
の人気者
の彼ですらこうなのです。アメリカ
への移民というのがいかに大変なものか痛感させられました。(右の写真は、この話をした次の日に球場で写したものです。私のカメラ
に向けてポーズを決めてくれました。笑)
夜遅くまでPaulaさん
と三人で話し込んだ後、Chuy
を彼の住むトレーラーハウスまで送っていきました。確かに、そこの家はアメリカ
の一般的な家
よりもずっと貧しいものでした。なぜ彼があれだけ仕事
に懸命に打ち込むのか。そしてKC
でずっと働きたいととても強く願うのか。それがその瞬間理解できるような気がしました。「ずっとここアメリカ
で暮らして行きたいんだ」と言っていた彼の希望と夢
を神様が叶えてくれることを、心から願わずにはいられませんでした。


(2003年最後の試合
観戦の日)
2003年最後の試合観戦となった日はとても暑かった
です。デーゲームでものすごくまぶしい陽射し
の中、焼けるように熱くなった座席に座って試合を見て
いました。あまりに暑かっ
たので、試合
の途中には、左の写真のように散水車?らしきものが登場して、観客席の前方に座るお客さんにホースでじゃんじゃん水
を撒いていました。(笑)この水撒きの時は、かなり前の方にお客さんが集まっていたような。豪快に撒いてびしょびしょ
になっても、さほど皆さん気にされてなかったようでして。そこは大らかなアメリカ
人らしさなのかもしれません。
(笑)

(Chuy
からのプレゼント
とさよなら)
その日の試合はLimaが先発登板していました。決して立ち上がりはよくなかったけれど、試合はロイヤルズ
ペースで進み、結局勝利
。「Limaは勝ち運
があるのだなあ」とそんなことを思っていると、試合終了後にChuy
が私達の所にやってきてきました。「渡したいものがある」というので待っていると、彼は再び手に大きなポスターを持って現われたのです。彼が先日ものすごく大切そうに手にしていた、Pena監督のサイン入りの、自分自身も描かれたポスター。彼
は私
に一番大切にしているもののひとつをくれた
のです。そして、彼とはここでお別れ。「また来年ね」といいながら。今そのポスターは私の部屋の壁にしっかりと貼られてあります。
(笑)
(試合後のFun Run)
試合終了後のグラウンド
を見ると、たくさんの親子連れがダイアモンド
を楽しそうにみんなで走り抜けていました。「いいなあ〜
」「私
もいつか走り抜けてみたい
」「でも子供と一緒じゃないと大人は走れないんだよな〜
」と思いつつ、ぼおっとその光景
を眺めていました。今年の観戦
が終わったと思うと、いよいよ体の力が抜けていく感じでした。

(Omahaから来ていた夫婦ともお別れ)
そして、この日一緒に試合
を観戦していたOmahaからやってきていた夫婦ともここでお別れしました。こちらの夫婦はPaulaさん
とロイヤルズ
の公式サイトの掲示板を通じて知り合ったそうで、二人ともそれほどKauffman Stadium
に来たことはなく、(この時ロイヤルズ
は好調
だったので、前から来たいと願っていた観戦にやっと来ることにしたのだと話をしていました。)それで球場
をPaulaさんに案内してもらおうということになり、一緒に観戦したというわけです。本当にPaulaさん
は顔が広いです。(笑。ロイヤルズ
の応援団長
的存在なのです。)ちなみに、この年はロイヤルズ
のグッズ売り場に行ってもめちゃくちゃ混雑していて、びっくり
しました。地元新聞であるKansas
City Star紙に「ロイヤルズ
が調子がいい
と、地元
経済がものすごく活発になって潤おう
」と書いてあった記事は本当なのだ、と実感した次第です。このOmahaの夫婦のような人々は実は多かったのですね。
Paulaさん
が「(ロイヤルズのAAAである)Omahaでせっかくいい選手
が活躍していても、いつもすぐこっちに来てしまって、なんだか申し訳ないような」と話すと「いや、そんなことはないよ。KC
にいい選手を送りだすのがOmahaの役割だからね」と答えていました。本当にいい人たちで、こういう人たちと一緒に試合
観戦ができたということもまた、私にとっていい思い出となりました。
(笑)
(Guest
Serviceでお別れのごあいさつ)
そして、最後に今年もさんざんお世話になりまくったGuest Serviceにお礼とお別れの挨拶をしに行きました。いつもPaulaさん
の早口
の英会話
についていけず、ほとんど何もしゃべらずにやり過ごしてしまっていたのですが、最後せめてしっかりと自分の言葉でお礼を言わなくては!
と思い、" I'd like to say thank you to all of you..."と正しいのか間違っているのかよくわからないまま、気がついたら思い付くまま?片言の英語
を口走って、「ぺこり!
」と深々と頭を下げていました。(笑。そして頭を上げた次の瞬間、みんながびっくり!していたことに気がついてこっちもびっくり
そう、私
は無意識のうちに日本式
の挨拶をしてしまっていたのですが、これがGuest Service Guysの皆さんには驚きだったようでして...。どこまでも自分
がコテコテの日本人
だと認識させられた次第です。苦笑)
お別れの時に撮らせてもらった写真
が、右の一枚です。昨年はただメンバーの皆さんの写真を撮らせてもらっただけでしたが、今年は「中に入って一緒に撮らせて
もらっていい?」と聞くと、快くカウンターの中に入れてくれました。(爆)段々私ってずうずうしくなってるかしら?!
なんてことを思いつつ。次にまた行く時には、もっとちゃんと英語
で感謝の気持ち
を伝えなくてはいけないな、とそんなことも反省させられた今回の旅行でしたが、こうしてこの年はKauffman Stadium
を後にしたのでした。(2004/7/9)