2003年あざらしようこKCRoyals応援・観戦記 

〜それいけのKauffman Stadium突撃!!編〜

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11 Chuy
と一緒に晩御飯!〜球場横のDenny'sにて
&Guest Service Guysに感謝とお別れのごあいさつ

(試合終了後Chuyに出くわす)

 FUJI FILM PHOTO DAYの日は、実にいろんなことが起きました。試合終了後、出口に向かって人込みより少し遅れて歩いていると、まだ残りの仕事を片付けているChuyと遭遇。せっかくなので、彼に声をかけPaulaさんと三人で立ち話をしていると、他のファンがたくさん寄ってきました。写真やサインをせがまれて、彼らの相手をChuyがしている間、「せっかくだし彼を晩御飯に誘えないかなあ〜」とPaulaさんに耳打ちすると、「それいいじゃない!」と早速Chuyに交渉。彼もどうやら私達と話をしたかったのか、すんなりオッケーしてくれました。(笑)

 まだこの後一時間は仕事が残っているというので、改めて待ち合わせをして、一旦は彼と離れました。空いた時間にPaulaさんと私ドーナツのタダチケットの試合の半券を手にドーナツ屋さんへ。その温かいできたてのドーナツを片手に、改めて待ち合わせ場所に向かいました。(Chuyへのプレゼントとするためでもあります。笑)

(球場横のDenny'sにて一緒に晩御飯!)

 晩御飯は、球場横のDenny'sのレストラン。実は、彼といろいろ個人的な話をするのはこれが初めてでした。(笑)話は実に多岐にわたりました。今メキシコにいて離ればなれになっている彼の家族のことアメリカで出会った昔つきあっていた彼女のこといかに英語を覚えたか。この仕事をしているために、アメリカ各地を転々としていること出演しているロイヤルズでのコマーシャルの話等々。(Chuyはアメリカに来てもう数年にはなるので、英語はもちろんそれなりに話すことはできるのです。私のゆっくりした英語には、実にていねいで正確な英語で返事をしてくれるのですが、native speakerのPaulaさんの早口の英語に合わせるとなると、いきなりスペイン語訛りのブロークンな英語になります。やっぱり英語を外国語として学習している人にとって、native speakerの早口英語に合わせるのが大変なことは、洋の東西を問わないのね、とひとり納得致しました。)

(中南米系移民の置かれた厳しい現実)

 そして彼のいろいろな話の中で一番考えさせられたのは、ヒスパニック移民の問題でした。詳しい話は彼のプライバシーの問題になるのでここには書けませんが、中南米(主にメキシコ)からアメリカにやってきた移民がどのような状況の中に置かれているかという問題。(大抵はやはりアメリカでも貧しい生活を強いられていますし、立場も不安定です。)Chuy自身もこの先ずっとアメリカに残って働きたいけれど、いつまでそれができるのか先も見えないとのこと。美しくよく通る声の持ち主であり、お客さんを大いに楽しませる素晴らしい才覚の持ち主であり、KCの人気者の彼ですらこうなのです。アメリカへの移民というのがいかに大変なものか痛感させられました。(右の写真は、この話をした次の日に球場で写したものです。私のカメラに向けてポーズを決めてくれました。笑)

 夜遅くまでPaulaさんと三人で話し込んだ後、Chuyを彼の住むトレーラーハウスまで送っていきました。確かに、そこの家はアメリカの一般的な家よりもずっと貧しいものでした。なぜ彼があれだけ仕事に懸命に打ち込むのか。そしてKCでずっと働きたいととても強く願うのか。それがその瞬間理解できるような気がしました。「ずっとここアメリカで暮らして行きたいんだ」と言っていた彼の希望と夢を神様が叶えてくれることを、心から願わずにはいられませんでした

 

(こちらがChuyの出演するCM。彼がレモネを高く掲げる姿がJumbotronに写し出された後、
彼のレモネ
を売る明るく元気なよく通る声が、この画面と共に球場中に響き渡ります。)

(2003年最後の試合観戦の日)

 2003年最後の試合観戦となった日はとても暑かったです。デーゲームでものすごくまぶしい陽射しの中、焼けるように熱くなった座席に座って試合を見ていました。まりに暑かっので、試合の途中には、左の写真のように散水車?らしきものが登場して、観客席の前方に座るお客さんにホースでじゃんじゃん水を撒いていました。(笑)この水撒きの時は、かなり前の方にお客さんが集まっていたような。豪快に撒いてびしょびしょになっても、さほど皆さん気にされてなかったようでして。そこは大らかなアメリカ人らしさなのかもしれません。(笑)

(Chuyからのプレゼントとさよなら)

 その日の試合はLimaが先発登板していました。決して立ち上がりはよくなかったけれど、試合はロイヤルズペースで進み、結局勝利。「Limaは勝ち運があるのだなあ」とそんなことを思っていると、試合終了後にChuyが私達の所にやってきてきました。「渡したいものがある」というので待っていると、彼は再び手に大きなポスターを持って現われたのです。彼が先日ものすごく大切そうに手にしていた、Pena監督のサイン入りの、自分自身も描かれたポスターは私に一番大切にしているもののひとつをくれたのです。そして、彼とはここでお別れ。「また来年ね」といいながら。今そのポスターは私の部屋の壁にしっかりと貼られてあります。(笑)

(試合後のFun Run)

 試合終了後のグラウンドを見ると、たくさんの親子連れがダイアモンドを楽しそうにみんなで走り抜けていました。「いいなあ〜」「もいつか走り抜けてみたい」「でも子供と一緒じゃないと大人は走れないんだよな〜」と思いつつ、ぼおっとその光景を眺めていました。今年の観戦が終わったと思うと、いよいよ体の力が抜けていく感じでした。

(Omahaから来ていた夫婦ともお別れ)

 そして、この日一緒に試合を観戦していたOmahaからやってきていた夫婦ともここでお別れしました。こちらの夫婦はPaulaさんとロイヤルズの公式サイトの掲示板を通じて知り合ったそうで、二人ともそれほどKauffman Stadiumに来たことはなく、(この時ロイヤルズは好調だったので、前から来たいと願っていた観戦にやっと来ることにしたのだと話をしていました。)それで球場をPaulaさんに案内してもらおうということになり、一緒に観戦したというわけです。本当にPaulaさんは顔が広いです。(笑。ロイヤルズの応援団長的存在なのです。)ちなみに、この年はロイヤルズのグッズ売り場に行ってもめちゃくちゃ混雑していて、びっくりしました。地元新聞であるKansas City Star紙に「ロイヤルズが調子がいいと、地元経済がものすごく活発になって潤おう」と書いてあった記事は本当なのだ、と実感した次第です。このOmahaの夫婦のような人々は実は多かったのですね。

 Paulaさんが「(ロイヤルズのAAAである)Omahaでせっかくいい選手が活躍していても、いつもすぐこっちに来てしまって、なんだか申し訳ないような」と話すと「いや、そんなことはないよ。KCにいい選手を送りだすのがOmahaの役割だからね」と答えていました。本当にいい人たちで、こういう人たちと一緒に試合観戦ができたということもまた、私にとっていい思い出となりました。(笑)

(Guest Serviceでお別れのごあいさつ)

 そして、最後に今年もさんざんお世話になりまくったGuest Serviceにお礼とお別れの挨拶をしに行きました。いつもPaulaさんの早口の英会話についていけず、ほとんど何もしゃべらずにやり過ごしてしまっていたのですが、最後せめてしっかりと自分の言葉でお礼を言わなくては!と思い、" I'd like to say thank you to all of you..."正しいのか間違っているのかよくわからないまま、気がついたら思い付くまま?片言の英語を口走って、「ぺこり!」と深々と頭を下げていました。(笑。そして頭を上げた次の瞬間、みんながびっくり!していたことに気がついてこっちもびっくりそう、は無意識のうちに日本式の挨拶をしてしまっていたのですが、これがGuest Service Guysの皆さんには驚きだったようでして...どこまでも自分がコテコテの日本人と認識させられた次第です。苦笑)

 お別れの時に撮らせてもらった写真が、右の一枚です。昨年はただメンバーの皆さんの写真を撮らせてもらっただけでしたが、今年は「中に入って一緒に撮らせてもらっていい?」と聞くと、快くカウンターの中に入れてくれました。(爆)段々私ってずうずうしくなってるかしら?!なんてことを思いつつ。次にまた行く時には、もっとちゃんと英語で感謝の気持ちを伝えなくてはいけないな、とそんなことも反省させられた今回の旅行でしたが、こうしてこの年はKauffman Stadiumを後にしたのでした。(2004/7/9)

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