2003年あざらしようこKCRoyals応援・観戦記 

〜それいけのKauffman Stadium突撃!!編〜

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6 いかにNegro League Baseballの歴史と魅力を伝えるか、それが問題だ




(右にあるのがニグロリーグ博物館館長のBuck O'Neil氏の肖像画で、
左が今回私にお話しをしてくださったDon Motleyさんです。大変お世話になりました!)


(一年ぶりのニグロリーグ博物館

 七月二日の昼過ぎ、およそ一年ぶりにまた私はそこに戻ってきました。Kansas Cityのダウンタウンからほど近い所にあるニグロリーグ博物館に、です。去年ここには訪れたから、今年は行かないのかと思っていましたが、この年の旅行に出発する前に、Paulaさんが「あそこのExecutive DirectorのDon Motleyに、Yokoが持ってくるおみやげの人形と、Buck O'NeilのBobble head人形を交換するっていう約束をしたから、今年も行くわよ!」と聞きました。そして、博物館のななめ前にある駐車場に車のドアを開け降り立ったとき、真夏のKCの焼け付くような陽射しを肌で感じながら「ああ、本当にここにまた来たんだなあ」と実感せずにはいられませんでした。

(今年はofficeに直行!)

 去年見た展示物を、また今年も見ることになるのかな?と思っていましたが、今年は私の予想を裏切り博物館のOfficeに直行することとなりました。入口から入って左手にある階段を上がり、二階の部屋に通してもらいました。

 受付でDonさんの名前を告げ、いろいろ資料をもらった後に応接室のような所に案内されました。雑然といろんな資料が置かれている中、壁一面にかけられているかつてのニグロリーグの選手達の肖像画が目に飛び込んできました。早速撮影の許可をもらって撮らせもらったのが左上の写真です。切手になっている絵のおそらく原画かそれに近いような絵もありました。そして館長のBuck O'Neil氏の肖像画の横に並んでもらってDonさんの写真を撮らせてもらったり。ちなみに、右の写真がDonさんのものです。ハガキ大のサイズの名刺のようなもので、表が右の写真で、裏にご自身のプロフィールが書いてありました。(ご覧になりたい方はこちらをクリック!)

(今一番日本に知ってもらいたいこと)

 早速おみやげに持っていった人形や扇子をプレゼント。そして、お返しにO'Niel氏の直筆サイン入りのボブルヘッド人形をいただきました。(笑)しばらく雑談した後、Paulaさんが気をきかせてくれたのか、私の代わり?にいろいろDonさんに質問を始めました。

 「日本の人々に対して、一番ニグロリーグについて知ってもらいたいことは?

 「かつてニグロリーグの選手達が日本に行ったことがある、ということだね。

 そのことについては、私佐山和夫さんの本で知っていました。その事実を日本で知るには、今主にやはり佐山氏が書いた本を読むか、インターネットで検索をかけて調べるか位しか残念ながらあまり手段がないこと(そして日本語で書いてあるもの実に少なく、英語で検索をかけられる人はおそらく限られているだろうということ)、また肝心の当の佐山氏の本そのものも、地方在住者には手に入りにくいことも伝えました。(私もニグロリーグ関係の本はいくつか持っていますが、どれもすべてインターネット通販で注文して手に入れたものばかりです。地元の書店ではどんなに探しても見つからなかったです。)残念ながら、現時点で日本のほとんどの人はその大切な歴史的事実を知らないだろうということ、そして、ニグロリーグのグッズについても、日本ではほとんどお目にかからないということも正直に伝えました。(一部大都市の専門店にはあるのだと思いますが。)

 そしてDonさんはその話を聞いて、おもむろに日本でニグロリーグのグッズ輸入を行っている代理店の連絡先を出しました。「必要なら使ってくれ」と。

(いかにしてニグロリーグの魅力を伝えるか)

 いかにしてニグロリーグの歴史とその魅力を伝えていくか。その資料を受け取った時に、まだこの先にかなりの難関が待ち受けているということを痛感せずにはいられませんでした。ニグロリーグ博物館とて、経済的にはこれからいかに収益をあげていくのか知恵を絞っているらしいということは聞いていました。多くの元ニグロリーガー達が老いて生活していくための収入にも事欠く現在の厳しい事情があります。だからこそ、ニグロリーグのグッズが売れるかどうか、ということはまさにその問題に直結する、根幹に関わる問題です。いつも寄付を募っていますが、それだけでは不十分なのです。そして、何より一番大切な歴史をきちんと知ってもらうということができないというのが、大問題なのです。

 今日本ではほとんど知られていないニグロリーグ。だからマスコミでの扱いも非常に限られています。でも、その歴史を一度知った者からしてみれば、メジャーリーグの歴史と同じか、もしかしたらそれ以上に魅力的でありまたとてつもなく重要な何かがそこには確かに存在しているのです。年末、イチロー選手のNHKのインタビュー番組で彼がKansas City Monarchsのニグロリーグのユニフォームのレプリカを着ているのを見たとき、「やはり彼も"それを知っている"んだなあ」と思いました。そしてそのニグロリーグに今まさに関わりつつある自分。今の自分には力がないし、何もできない。だからといってこの問題をそのままにしておくことは絶対にできない。そんな半ば絶望的な思いに強く打ちのめされました。(今でも実はこのことについては考えています。そしてそれを打破するための自分なりのアイデアを、この夏にKansas Cityに持っていってみようと思います、ダメもとで。)

仕事に対する愛情と厳しさと)

 Donさんとの話の最後に、彼は博物館の中にあるダイアモンドの所に連れて行ってくれました。ここには選手の銅像が今まさに試合をしているかのように各ポジションごとに置いてあります。そしてそこで写真を特別に撮らせてくれました。(普段は撮影禁止の場所なのですが。それが左上の写真です。実際に撮った二枚のうちの一枚です。)最初は「一枚だけ」ということでしたが、写真を撮るときに、いい写真が撮りたくてつい一番近くギリギリまで近づいて撮ろうとする私の様子を見て、Donさんは「もう一枚特別に撮らせてあげる」と言ってくれました。実はDonさんはとても仕事に厳しい人のようで、最初私のことをあまり信頼してくれていませんでした。「この子に何ができる」という目で見られているということも、私も感じていました。でも最後、思いがけず少し認めてもらえてうれしく、またほっとしたのを覚えています。

(Donさんとお別れの後、グッズ売り場にて)

 Donさんとお別れの後、Paulaさんと二人でグッズ売り場に行きました。去年買い損ねた本をたくさん手に入れようと思い、まずまっさきに本の売り場に直行しました。日本では手に入りにくいものがたくさんありますし、ここに来れば今ニグロリーグの研究の最先端でどんなことが取り上げられているのかもすぐにわかります。そして歴史的な写真が満載の、一冊50ドル近くする本を買ったために、あっという間に予算をかなりオーバー。(苦笑)

 本を選んだ後、店内の写真を撮らせてもらっていると、ここのCuratorのRaymondさんDirector of MarketingのKendrickさんがわざわざ会いに来てくれました。(笑)Paulaさんと四人での立ち話になり、また途中カリフォルニアから来て各地の球場を回っているという熱心なベースボールファンにも会い、その人に名刺を渡したりRaymondさんからバット型のボールペンをもらったりして、楽しいひとときを過ごしました。

(ニグロリーグに想う)

 RaymondさんとKendrickさんのお二人と最後にお別れして、この博物館を後にする時、また来年もここに来ることがあるのだろうか、とそんなことを思いました。(おそらく行くことになるでしょう。笑。Raymondとは今でも時々メールを交わしています。)

 自分にとってニグロリーグとは何なのか、と改めて考えさせられました。思えば、去年参加させてもらっていたメルマガの編集長に「ちょっと勉強しておいで」と言われ、そこから全ては始まったのです。何も知らない私が、いきなりなぜかO'Neil氏のインタビューをすることになり、その関わりは未だに消えてはいません。こんな遠くの場所の、関わろうと思っても普通あまりなかなか関わることのない場所に、なぜ私はこんなに深く関与しようとしているのだろうと。実に不思議な縁に他ならないと思っています。

 この先ニグロリーグとのつきあいがどうなっていくのか、私自身にも全く想像もつきませんが、ただニグロリーグの歴史を日本により広めるために何かできることをしなさい、とあたかも目に見えない力に背中を押されているように感じています。力のない自分に一体何ができるのか、といつもこの件では自問自答せずにはいられません。でも、この2004年の夏には、何かそこに答えの片鱗でも見つけだすことができればと思っています。(2004/2/15)

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