柿の種の日記帳



3/10(Wed) 1999

 今日も精神的にかなり不安定。こういう時、本当は誰かに甘えたい。 自分の悩みを全部話しても、それを受け止めてくれ、優しく包んでくれる、 そういう人がほしい。こういう願望が、非常に自己中心的であることは分かっている。 もし万が一こういう願望を満たしてくれるような人がいたとしたら、 おそらく自分はその人を食い物にしてしまうだろう。 この甘えの願望は一体どうしたらいいのだろうか・・・。
 何だったかの本に、ACの人は自分の問題を何でも親のせいにしているだけで、 「親を上手に利用する」ことを知らない、というのがあった。 確かにその通りだとも思う。今の母親の偏愛ぶりを逆手に取れば、 もっともっと搾り取ることも十分に可能だと思う。結局のところ、 自分が一体どうしたいのかがきちんとしていないから、 「あの人のせいで・・・」みたいなことばかりぼやいていて、 一向に前に進めないようにも思う。
 じゃあ、自分は一体何をしたいんだろう。うーん。どこか、 安心できるところで一年間ぐらい、ぐっすり眠っていたい。 (完全にアホだ・・・。^^;)



3/9 (Tue) 1999

 今日は結局、何もできなかった。情けない。 確かに、多少風邪気味だったというのはあるが、 閉じこもらなくてはならないほどではなかった。夕方頃母親から電話があり、 帰省の日を強引に13日に決められてしまった。悔しい。しかも、 「あんたは優柔不断だから、私が決めてあげる。」なのだそうだ。 母親は、自分は本当は帰りたくないのだということなど、全く知らない。 おそらく言っても理解できないであろう。だから、 優柔不断にして先延ばしにしてきたのだ。母親は自分のこういう配慮を知らない。 こういう悪口を言われても、こちらは黙って我慢するしかない。非常につらい。
 ただ、悪い親なら必ず子供も悪くなるというわけでもないので、おそらく、 自分の側にも問題があるのだろうと思う。やはり、 自分自身も親に依存している部分がかなりある。特に経済的な面は大きい。 そんなに親がイヤなら、自分で働いて、経済的に独立して、 自分の好きなように勝手に生きていけばいいのに、なんだかんだと言い訳して、 ちっとも働こうとしないのは、結局のところは親に甘えている証拠だと思う。



3/8 (Mon) 1999

 昨日の夜(今日の朝?)、例の「さようなら」してしまったチャットに、 謝罪の書き込みをした。まだ、自分が生きているということ、 心配をかけるような去り方をしてしまって申し訳なく思っているということ、 何か償えることがあるのならできる限りのことはしたいと思っていることなどを書いた。 どんな反応が返ってくるかは、まだ分からない。しかし、 どんな厳しい反応が返ってきたとしても、それは自分のまいた種として、 きちんと受け止めるしかないと思っている。
 なぜ、突然このような事をしたかというと、昨日の夜、ベッドの中で横になったとき、 ふと、強い罪悪感におそわれたからである。あんなに優しくしてもらった人たちに、 自分はなぜ、あのような恩をあだで返すようなことをしてしまったのか。 あのような去り方をしておいて、のうのうと生きていられる自分の、 なんと厚かましいことか。許してもらえなくても、せめて本当のところを伝え、 謝罪するくらいのことはできるのではないか。こういう気持ちが強くなり、 このことを何とかしないことには、とても眠れないように思われたからである。 結局、自己中心的な理由だね。
 勇気を振り絞って、大学の「学生懇話室」とやらに相談に行った。 いろいろと話をした後、宿題(?)をもらって帰った。相手は、 睡眠障害と聞いてすぐに眠剤を考えたようだが、それが使えない事情を話すと、 「それは困ったねぇ。」と言って考え込んでしまった。うむむ・・・。 こんなので大丈夫か?実家に帰るということで、 とりあえず次回は4月に入ってからでいいから、適当なときにでも、 電話で予約を入れてくれということになった。これから先、 一体どうなることやら・・・。



3/7 (Sun) 1999

 今日は一日激鬱だった。もう、疲れた。生きていたくない・・・。 生きているのが恥ずかしい。申し訳ない。 大きなコンクリートの固まりにでも縛り付けられて、深い海の底に沈めてもらいたい。 もう二度と浮かびあがってくることがないように・・・。 (自分の命の処分まで、人任せ・・・)
 世の中、生きていたくても生きていけない人たちもたくさんいるというのに・・・。 そういう人たちから見たら、自分のような人間はどのように映るのだろうか。 贅沢な悩みと怒るだろうか。いらないなら、その命寄こせ、と言うだろうか。 最近、臓器移植とやらが話題になっているが、もしできるのなら、 自分の体をそのまま病院に持ち込んで、すべての臓器を取り出して、 使ってもらいたいというような気分だ。少なくとも、 海の底で腐っていくよりは人のためになるように思う。でも、 自分はまともな臓器は何も持ち合わせていないかも知れない・・・。 腎臓、肝臓はダメだし、乱視だから角膜もいまいちだろう。 心臓もお世辞にも強いとはいえない。大金をはたいて移植するだけの値打ちは、 確かに無いのかも知れない。つくづく、役立たずな人間だと思う。
 昔、自分の体を肉屋に持っていったら一体いくらで売れるか? ということを考えたことがあった。そのときの結論は、 人間の肉はあまりおいしくないらしいし、それに自分は全く肉付きも良くないから、 おそらく誰も買ってくれないだろう、と言うものだった。 さばく手間だけ無駄だというわけである。ふと、なんとなく、 そんな頃のことを思い出した。



3/6 (Sat) 1999

 早朝覚醒・・・。しかも悪夢・・・。やはり、薬は全然効いていない。 今日のは、悪夢というよりは怖い夢と言った方がいいかも知れない。 真夜中に暗い森の中を一人で歩いていたら、 目の前のちょっと開けたところの月明かりの中に、廃墟となった教会が見えてきた。 当然人などいようはずもない。ところが、突然その教会の中から、 大音量でパイプオルガンの音楽が流れて来たではないか。さすがにこれには驚いて、 あわてて逃げようとしたのだが、森の中は真っ暗で何一つ見えない。 本当に何一つ見えない。ころんで、転がって、もう方向もさっぱり分からなくなって、 声にならない叫び声をあげたところで目が覚めた。何なのだ、一体・・・。
 どうでもいいが、夢を見ているときの自分の創造力には、いつも感心させられる。 普段起きているときには、頭が固くて絶対に思いつかないようなイメージが、 すらすらとこともなげに出てくる。理性がいかに創造性を拘束し阻害しているか、 を思う。芸術家が、酒や麻薬に走る気持ちも分かるような気がする。



3/5 (Fri) 1999

 どうやら、これで日記を付け始めてから一週間になるらしい。 別に大して感慨もないが、こうやってみてみると一週間というのも、 なかなか長いものなのだと思った。(ただ、文章が長いだけか・・・。^^;) そもそも自分は日記を付ける習慣など無かったから、日記を書くのが非常に下手である。 日々の生活の中での周囲に対する関心がきわめて低く、 出来事を書いていると言うよりはむしろ心の中のことばかり書いているようである。 日記と言うよりはむしろ随想の方に近いかも知れない。 世の中でも、これほどつまらない日記も少ないのではないかと思う。 なにしろ、何の驚きも発見もない単なる愚痴の羅列にすぎないのだから。 (それなら、わざわざ公開するな!)
 そういえば、昨晩は割とよく眠れたようである。ただ、昨日もらった薬のせいなのか、 ただ単に昨日は忙しかったから疲れていただけなのかは、不明である。 今日もよく眠れれば、とりあえずあの薬のおかげということになるだろう。 (まだ、かなり疑っている。^^;)まぁ、何はどうであれ、 自分は眠れさえすればそれでいいのだが・・・。
 今日はただ一日中、おうちでごろごろしていただけ。 お勉強も少しがんばってやったが、結構進んだつもりが、予定の分にも届いておらず、 がっかり。というか、この予定を立てたときから今まで、 たぶん一度も予定の分量を進めていないような気がする・・・。 時間的な面から言えば、十分に進める量のはずなのだが、 精神的な面が全くついてこない。やはり、おうち閉じこもっていては、 だらける一方でダメなのかも知れない。明日からは、 朝の散歩でも日課にするか・・・。(実は医者から強く進められた。) でも、意志薄弱だから、無理だろうなぁ。



3/4 (Thu) 1999

 今日は、午前中病院に行って来た。自分は腎臓を患っていて、 二週間に一度病院に行かなくてはならない。そのとき、 ついでに不眠のことも言ってみたのだが、睡眠薬は「使いたくない」 の一言で一蹴されてしまった。当たり前の話である。腎臓の病気で診察を受けていて、 しかも以前にじんましんの薬で肝臓の値が跳ね上がったこともある人間に、 睡眠薬など渡すわけがない。というか、 風邪薬さえ躊躇されたこともあるぐらいなのである。それでも、 毎日酒を飲んでなんとか寝ていることなどを話したら、 「いらいらを抑える」とかいう漢方薬を出してくれた。 (自分の担当医の専門は漢方なの。(; ;))どの程度効くのか、かなり疑問ではある。 「自分で生活のリズムを作っていかなきゃ。」なのだそうだ。それができていれば、 相談しないって・・・。(; ;)
 午後からは、友人と美術館にムンク展を見に行った。 苦しんでいるのは自分だけじゃないんだね、って思った。でも、 基本的に芸術家というのは、分裂気質の人が多いから、同じ「抑鬱」といっても、 自分のとはちょっと違うように感じた。どう違うかと問われると困るのだが、 なんとなく外に向かう何かがあるような気がする。だから、 後世に残るような絵が描けるんだろうね。その点、 自分のような根っからの鬱はダメだね。鬱々になると、 自分の殻の中に閉じこもってしまう。何もできない。ちっとも前に進めない。 こんな自分が情けない。どうせ同じ苦しむのなら、何かを生み出せる方になりたかった。



3/3 (Wed) 1999

 今朝は最悪の夢を見た。以下、夢の内容。 実家の自分の部屋でウトウトと昼寝をしていると、玄関の方から、 母親のヒステリックな甲高い声が聞こえてくる。どうも、 近所の人としゃべっているらしい。その内容が、 どうやら自分の院入試の件のようなのだが、「どうせ実力がないくせに・・・。」 とか「院浪なんて社会的に見て許されるわけがないのに、その辺が分かっていない。」 とか言っている。どうも、院入試が近いのに、 自分がのうのうと昼寝をしていることが許せないらしい。さすがに頭に来て、 殴りに行ってやろうかと思ったところで目が覚めた。
 自分流に解釈すると、自分の超自我としての母親は、 院入試の勉強がちっともはかどらず、昼寝ばかりしている自分に、 非常に腹を立てているらしい。しかし、それに対して殴りに行ってやろうか、 と思った部分は多少自分を評価できるかも知れない。今まで自分は母親に対して、 ここまで強い反感を持ったことがなかった。いや、もっと正確に言うならば、 心の底の強い反感を意識的に感じることができなかった。しかし、 今自分はそれを少しずつ獲得しつつあるような気もする。母親の価値観ではなく、 自分自身の価値観で自分の行動を決定する、その芽が少しずつ、 伸び始めているのかも知れない。
 でも、昼寝ばかりしていて、勉強がちっともはかどっていないのは、 事実だしなぁ・・・。(; ;)がんばらないと・・・。
 「さようなら」してしまったチャットの様子をちょっとのぞいてきた。 みんな楽しそうに話していた。やはり、自分はいない方が良かったようである。 おそらく、ここの皆さんは、もう自分は死んでしまったと思っている頃だろうと思う。 ある意味、大変申し訳ない去り方をしてしまったように思う。確かに、 いつ死んでもいいように、死の準備の一環として去ったのは事実だったが、 何もそのことを言う必要はなかったようにも思う。 「お勉強が忙しくなってきたので引退しまーす!」みたいな感じの方が、 良かったようにも思う。あるいは、いつの間にか来なくなっていた、 みたいなのでも良かったのかも知れない。もしこのことが、 皆さんの心の中に傷を残してしまったとしたら、非常に申し訳ないと思う。 まして、今現在まだ自分が生きている以上、自分は許されざるべき嘘つきである。 本当に優しくしていただいた方々に、恩をあだで返すような仕打ちをしてしまった。 最低の人間だと思う。



3/2 (Tue) 1999

 今日は、友人たちが来た。毎週火曜日に集まっては、プログラミングの勉強会をやっている。と言っても、最近では、プログラミングよりも単なる雑談の時間の方がよっぽど長いのだが。人と一緒にいる間は、必死になって明るく振る舞って、みんなと別れた後で、どっと疲れが出る。うそつきの自分がイヤになる。しかし、こんな事人に話したからといって・・・。でも、それでもし自分がそれほど気を使わなくても良くなるのなら・・・。でも、それはただ単に、相手に負担を押しつけているだけなのでは・・・。それに、誰も、自分のこんな暗い話なんて聞きたくないだろうし・・・。うみゅぅ〜(;;)とりあえず、次回は春休み明けということなので、それまでに少しは何とかなることを期待しよう。(他力本願)^^;
 なぜか、今日はやたらにじんましんがひどい。何が原因なのか、さっぱり分からない。以前からなんとなく、食べ物のような気がしていたのだが、どうにも、今日は原因となりそうなものを食べた覚えがない。謎だ。でも、これで今日も眠れないことが確定したような気がする・・・。(; ;)つらい・・・。



3/1 (Mon) 1999

 酒の力に頼っても、3時間ぐらいしか眠れない。しかも、それが悪夢ばかり。蛇にかまれたり、刑務所に入れられたり・・・。(;;)でも、刑務所に入れられた夢は、なんとなく精神的には落ち着いた感じだった。ここは本来自分がいるべき場所なのだといったような、妙な親近感というか、懐かしさを感じた。(罪悪感が強い・・・)
 本屋で立ち読みをしていたら、ある本に「甘えるのが下手な人」というような表現があった。自分によく当てはまるような気がした。本当は誰かに甘えたい。赤ん坊が母親の胸に抱かれるように、誰かにべたべたに甘えたい。それなのに、実際には誰にも心を開くことができない。人の優しさというものを信頼することができない。自分は優しくされるに値しない人間なのだという感情が強く、結局自分から拒否してしまう。どうやって甘えたらいいのか、わからない。
 勉強が全く進まない。どうしてもやる気が起きない。精神的に疲れ切ってしまっている。やらなければという焦りは強いのだが、ただ焦るだけで、ちっとも前に進まない。情けない。



2/28 (Sun) 1999

 結局、今日も一日部屋に閉じこもっていただけ。自分で自分が情けない。つらい。刑場へと引かれていく罪人のような気分だ。夕方、実家から電話がかかってきて、院入試の件で少しもめた。「あなたのためを思って・・・」と言う人間にろくなのはいないという事を痛感した。
 実は現在、実家の母親も鬱病である。発病したのは去年の春であるが、実際にはその遙か以前から十分病前性格を備えていたように思っている。はっきり言うならば、母親が今まで発病しなかったのは、自分のおかげだとさえ思っている。母親はずっと、自分を、本人の脅迫的不安感を解消する道具として利用してきたのである。そして、自分が親元を離れて下宿するようになって、不安を解消する道具がいなくなったから、発病したのである。(少なくとも、自分はそう思っている。)しかし、本人は未だに、「私とあなたは、一心同体」などと、訳の分からないことをぬかしている。これでは、治るのは当分先のことになりそうである。(自分が治るのも、いつになるやら分からないが・・・)^^;



2/27 (Sat) 1999

 今日は激鬱で、結局一日中おうちに閉じこもっていただけだった。(おそらくこれから先、このフレーズは飽きるほど出てくるだろうと思う。)ある意味、こういう人間にとっては、日記というのはほとんど意味がないのかも知れない。
 ただ、いままでずっと、常連になっていたチャットで、独り言を自分を見つめ直す日記代わりに使っていて、そこの皆さんに大変に迷惑がられていたから、これからは、ここをそういう場所として使っていきたいと思っている。というか、そこのチャットにはもう「さようなら」を言ってきてしまった。相手には何ら非はない。優しい方たちばかりの、とても暖かいチャットだった。ただ、自分はその優しさにあまりにも寄りかかりすぎた。それに自分はいつ首を吊ってもおかしくないような綱渡りの状態である。きちんとした判断ができるうちに、身を引くべきだと考えた。自分としては、良い判断をしたつもりである。
 これから後、何日くらい生きているものか分からないが、この日記は自分の最後の記録となるだろうと思う。



2/26 (Fri) 1999

 記念すべき、第一日目の日記。しかし、そう言いながら、実はこれを書いているのは27日の午前3時だったりする。ここ数日は、酒に頼ってなんとか寝付くことができたが、今日はそれもうまくいかない。がぶ飲みすれば眠れるのかも知れないが、体のことも考えるとそういうわけにも行かない。(うん、とっても常識的な発想だ。自殺志願者の書くこととは思えない。^^;)というか、今、部屋にはジンしかないのだ。割るものが何もない。(; ;)さすがに、ジンの水割りというわけにも行かず、わざわざそのために外に買いに行くというのも面倒くさい。(こっちが本音)
 べつに、自分は夜が眠れないだけで、昼間は爆睡できるので、春休みの今、直ちに睡眠不足に陥るというわけでもない。ただ、それをすると新学期に泣きをみるのは火を見るより明らかなので、なんとかして、この春休みのうちに生活を立て直しておきたいと思っているわけである。まぁ、なかなかうまくいかないだろうけどね。(; ;)



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