今日は朝は病院に薬をもらいに行ってきた。その後本当は図書館でお勉強をしようと思っていたのだが、結局激鬱に打ち勝てずにおうちに帰ってベッドに潜り込んでしまった。情けない・・・。そして三時間ほど眠ったら少し楽になったから、それから図書館に出かけた。でも、出かけてからも全くやる気が起きず、ただダラダラと過ごしていただけだった。ダメダメ。
今日ちょっと思ったのだが、人間って、天寿を全うするばかりが人生じゃないよね。殺されちゃう人もいれば、事故や病気で若くして死ぬ人だっている。そういう意味で、自分の生きたいだけ生きて、死にたいときに死ぬ自殺者って、本当は一番自然なのじゃないかなぁ。なんか「自殺」って偏見持たれてるよね。「自殺者の霊が・・・」とかさ。ああいうのってあんまり好きじゃない。自殺する人ってほとんどは自分で納得してその道を選んでいるんじゃないかな。だからきっとその最期ってとても安らかなものだろうと思う。だから、なんで化けて出なきゃならないのって。そうでもないのかなぁ。とりあえず、自分は死んでも化けて出たりはしませんからご心配なく。^^;
あと「死ぬ気になればできないことなんてないだろうに・・・。」って言う人。こういう人たちって、死にたいなんて思ったことないんだろうね。きっと。自殺志願の人って、どうやっても問題が解決できないから死ぬわけではないんだよね。がんばればもしかしたら解決できるのかも知れないけど、もう疲れ切ってしまっていて、それだけがんばる気力がないんだよね。こういう人たちにとって「死」というのは苦痛に満ちたものではなくってむしろ安らかなものなんだよね。死ねば楽になれる。だから死を選んじゃうんだよね。って、こういう感覚って普通の人には了解し難いものなのかなぁ・・・。
どうでもいいけど、鬱々な時でもこうやって毎日日記を更新しているんだから、えらいもんだよね。(かなり脅迫的にやっているという話もあるが・・・。)
今日もなかなか忙しかった。朝から学校の健康診断。で、それが終わったあと、昼食を食べてから研究室の方に顔を出して、懇話室の時間まで多少お勉強。懇話室では先週渡した診断テストの話があった。開口一番「やってみてどうでしたか?」と言ってきた。それって結果も言わないうちにする質問か?という気もしないでもないが、どうやら「自分の回答の異常さに少しは自分で気がついていますか?」みたいな意味っぽい。「実家から帰ったばかりの、精神状態が最悪の時にやったので・・・。」と言ったら、いくらか納得したらしい。いつも相手と話すときはよそ行きの顔で笑いなども交えながら話しているので、もしかしたらそれとのギャップに多少驚いたのかも知れない。結果は予想通り抑鬱とヒステリーの値が猛烈に高かったらしい。(ちなみに躁の値は地にはいつくばってました。^^;)結構過激な回答をしたところあって「こんな自暴自棄な事も書いてるけど・・・。」とか言われて、「ホントですねぇ。ナハハハハ。」とごまかす一幕も。ふぅ・・・。その後睡眠障害の話もしたが、結局何ら良い解決案も出ず。というか、「教育実習(6月)までになんとか生活リズムを立て直したいんですけどぉ。」って言ったら、「なかなか高いハードルですねぇ。」と言われてしまった。(; ;)その後、家で寝ないようにと図書館で勉強をしてから(効率は全然上がらないけど)帰った。当面はとにかく昼間は家にいないようにして、昼寝をしないようにし向けて行くしかなさそう。(昼寝をしてしまったら夜眠れないのは当然なのだから。)でも、正直言ってつらい・・・。疲れてくると激鬱になる。その場で泣き伏したくなる。(実際には泣けないけど)こう言うのを我慢する訓練も必要なのかも知れないけどね。
昨日はよく眠れるかと思ったが、結局四時間半ぐらいしか眠れなかった。というか、四時間半も眠れたと考えた方がいいのだろうか。今日も朝から学校で講習会があった。朝、腎臓の薬と間違えて、以前に眠れるようにともらったイライラを抑えるとかいう薬を飲んでしまって、そのせいだか午前中いっぱい非常に眠かった。(いつものことか?)講習会が終わったあと、すぐに家に帰ってしまったら間違いなく寝そうだったから、学校にとどまって多少本などを読んだりしていた。でも、友人などとのおしゃべりばかりが多くてあまり意味がなかったような気もする。って、こういう言い方って、せっかく自分と話をしてくれた相手に悪いよね。自分みたいな人間は話をしてくれる相手がいるというだけでもありがたいと思わなくてはいけないね。
自分は人付き合いは悪い方ではないと思うのだが、それを自分の都合で上手に使い分けるということができない。「つきあってくれ」と言われると断ることができず、ずるずると相手の調子に合わせてしまって、結局自分の予定がうまく動かなくなる。なんだか、下手に断って相手の機嫌を損ねてしまうともう二度とつきあってもらえないような、そんな気がするんだよね。そんなことないんだろうと頭では思うんだけどね。いざ実際の場面になると反射的に「うん」と答えてしまっている。周りの人間すべての要求に応えようとしてしまって、多くの問題を一人で抱え込んでしまう。で、結局どの要求にも十分に応えられないまま放りだしてしまったりする。これじゃあダメなんだよね。
時々、このHPを現実世界でつきあいのある友人に紹介することがあるが、その友人たちは自分のこのHPをどういう気持ちで見ているのだろうか。(なんだか、怖くて聞けない。)とりあえず、現実世界の自分とのギャップにかなりとまどっているかもなぁ。
今日は本当に疲れた。というか、結局昨日も四時間ぐらいしか眠ってないし・・・。で、午前中は部屋の片づけや洗濯、プログラム作りなどをして午後からは学校に行った。学校では「新人講習会」とか称して四時間ぐらい講義を受けた。それで帰ってきてからはプログラミングの勉強会。今後のことなどで、いろいろと話し合いをしていたら十一時までかかってしまった。今日はもうヘトヘト。お休みなさい。(今日はよく眠れそう!?)
今日は、結局2時間半ぐらいしか眠れないまま学校に行くことに。そのせいか午後からは頭痛におそわれてしんどかったが、なんとか持ちこたえた。で、帰ってきたらすぐにベッドに潜り込んでしまった。(なぜか昼間はよく眠れるんだよね。)どうやら、肩から首にかけてがカチコチにこってしまっていたみたい。たぶんまだ研究室の人たちに慣れていないから、緊張しちゃったんだろうね。一眠りしたらなんとか回復した。でも、このパターンで行くと今晩はまた眠れないのかぁ?それは困る・・・。明日はいろいろと忙しいのに・・・。
眠ろう眠ろうって焦ると余計に眠れなくなるんだよね。以前はこれで不安発作なんか起こしたこともあったし。(今はそんなへまはしないけれど。)ただ、ベッドの上をのたうち回る苦しさだけはどうしようもない。あっち向いたりこっち向いたり・・・。昔の恥ずかしい失敗が次から次に思い出されたり、これからのことを思い煩ったり、死にたい死にたいってぼやいてみたり・・・。そういえば、どこかのページに、防衛的な人は一般的に横向きで眠る傾向があり、そのことが不眠症になりやすい原因の一つになっている、みたいなことが書いてあった。横向きに寝ると、寝返りは当然反対の横向きまで180度の運動になり、仰向けに眠る人よりも動きが大きくなるから、その運動で体が覚醒してしまうのだそうだ。真偽のほどは定かでないが、確かに自分は横向きに眠る。もっと正確に言うならば、横向きで丸まって眠る。(とっても防衛的!?)ということは、自分が寝返りを打つためには、もう一つ、体の曲げ伸ばしという運動まで加わることになる。たしかに、これではベッドの上で体操をしているようなものかも知れない。今晩からは仰向けに寝てみようか。(たぶん無理。)
今日は結局おうちに閉じこもってしまった。お外は天気が良かったみたいなのにね。まるまる一日、ベッドの中でうずくまって過ごしてしまった。情けない。というか、これをやるとほぼ確実に夜が眠れなくなる。当たり前の話だけど。しかも明日からがっこだし。最悪のパターン。結局全然生活が立て直せないまま新学期が始まる。なんか、絶望感にどっぷりと浸かってしまっている。なんにもする気になれない。なににも興味が持てない。って、こんなの甘えているだけだよね。
なんか、口の中で一日に百回くらい「死にたい、死にたい」ってつぶやいてるし。そんなに死にたいのなら、とっとと死ねばいいのにね。一体いつまで生きているつもりなんだろうね。「死にたい、死にたい」って言いながら死ぬ勇気のない人間って最低だね。なんにも言わずにさっさと死ぬ人間の方がよっぽどまし。なんでこんな人間が生まれてきたんだろうね。
今日は朝から天気も悪く鬱々だったのだが、午後からはなんとかがんばって図書館に出かけて勉強をした。今日はある程度進めた。でも、はっきり言って調子は悪い。死にたかったら死ねばいい。生きていたかったら生きていればいい。ただそれだけのことだ。自分の命なのだから、自分がもっとも幸せだと思うように使えばそれでいい。こんな言葉ばかりが頭の中をぐるぐると回っている。最悪。でも、自分には、死という選択肢を選ぶ自由もあるんだ、と考えている分まだ少しは楽になるような気もする。昔は、自分には自殺する資格すらないんだ、なんて考えて余計に自分を追いつめていたからね。でも、本当に逝ってしまう危険性は高まったのではという話もないではないが・・・。まぁ、それはそれでいいでしょう。別に自分が死んだって、誰が悲しむわけでもないし。むしろ喜ぶ人が結構いるかも知れない。
大学院の入試のことを考えたってそうだ。うちのところはそれぞれの研究室から三人ずつしかその研究室の院には進めないのだが、自分の研究室は今年自分を含めて五人入った。単純に考えて二人あぶれる計算になる。今自分がいなくなれば、あぶれる人間は一人ですむことになる。明らかに自分はいなくなった方が歓迎される。自分はもうこれ以上人に迷惑をかけないうちにいなくなった方がいいのかもしれないね。死ぬ勇気が欲しいね。
今日の朝はまた悪夢を見た。以下、夢の内容。両親と三人で夕食を食べに行こうということになって、変わったものを食べさせてくれるというお店に行くことにした。その店に着くと、店の外観はレストランと言うよりは、むしろどこにでもあるような洋風の一軒家だった。中にはいると、なぜか中に大きなテレビがあり、そこに店長さんらしい人の顔が映っていた。その人の言うには、夕食の時間までにはまだ間があるから、店長さんの飼っているペンギンたちを迎えに行ってきて欲しいということだった。客に用事を頼むとは、どういう店なのだろうと思いながらも、そのペンギンたちが預けられているという場所まで歩いていき、事情を話して柵をあけてもらうと、ペンギンたちは一団となってよちよちと歩き出した。そしてなんと、近くのお店に入っていくと、今日の料理の材料の品定めを始めたではないか。そして買い物が終わるとそれぞれ買い物袋をくちばしにくわえて、よちよちと店長さんの待っているお店へと歩き始めたのである。料理屋が材料の仕入れの様子を客に見せるというだけでも、十分におもしろい試みなのに、それを人ではなくペンギンがやっている。なんと賢いペンギンなのだろうと思うと同時に、この店長さんの趣向を凝らした演出に一家でとても感心した。そして、辺りもちょうど薄暗くなり、いい具合におなかもすいてきた頃にお店に着いた。お店のドアを開けてあげると、ペンギンたちは一列に並んで台所の方へと歩いていった。すると、またテレビに店長さんが現れてこう言ったのである。「どうですか、良い品定めはできましたか?うちはペンギン料理の専門店です。どれでもご指名のペンギンを料理して差し上げます。」
昨日の夜は、なかなか寝付けず、結局ジンをがぶ飲みしてようやく三時間くらいの睡眠を確保した。で、午前中いっぱいごろごろして、午後から学校に去年度の成績表をもらいに行ってきた。やはり、今年度の取得単位数は少ないが、とりあえず卒業はできそうだ。^^;
それから、予定通り懇話室に行ってきた。母親のことや自分のことなどをいろいろと話した。うんうんと言って話は聞いてくれるものの、一向に解決策を提示してくれる様子もない。っていうか、ちょっと昨晩のお酒のことを話したらアルコール依存を疑われてしまった。(; ;)そんなにいつも飲んでいる訳じゃないんだよぅ。この点はきっぱりと否定しておいた。あと、だいぶ前にやった診断テストも渡しておいた。実家から帰ってきたばかりのバテバテの時にやったから、たぶん相当ひどい結果が出てくるような気がする。来週が楽しみだ。(←こらこら!)どうもなんとなく、相手は自分の人格を疑っているのではないかというような気もしないでもない。あの診断テストがその疑念をさらに強めるものになるのではないかと、実は内心かなり不安だ。まぁ、壊れている人間はおとなしく壊れている旨の判定を受けるべきなのかも知れないが。
そのあとそのまま家に帰ってしまおうかとも思ったが、思い直して図書館で勉強をすることにした。結果的には寝てばっかりでちっとも効率は上がらなかった。ダメダメ。
今日はなんだか無茶苦茶な一日だった。朝眠っていたら突然学校から電話。「今日の朝十時半に研究室の方に来て下さい。」「はぁ?集まるのは明日じゃなかったんですか?」「今日に変わりました。」ガチャン。で、時計を見たら九時半。めちゃくちゃだ・・・。(まぁ、九時半まで寝ている方も寝ている方だが・・・。)それから慌てて準備をして寝ぼけまなこのまま学校へ。教授からの新学期の挨拶や、これからの日程などいろいろと説明があったりして昼過ぎに終了。なんちゅう新学期の始まり方だ・・・。お昼ご飯(朝ご飯?)を学食で食べて帰った。
それで帰ってきたらばててしまって、そのままベッドに潜り込んでしまった。で、眠っていたら突然、胸の辺りを押さえつけられるような痛みにおそわれた。これは時々あるのだが、今日のはなぜかやたらに長い。さすがにこれはヤバイと感じて救急車でも呼ぼうかと思ったところで目が覚めた。なぜかこの現象は、目が覚めるのと同時に痛みが消える。謎だ。以前に一度医者にこのことを話したら「軽い神経症ですかね。」と言われて、そのままになっている。本当に単なる精神的なものなのか、それとも何か違う疾患があるのか、どうもよく分からない。まぁ、別にどうでもいいけど。こういう病気で死ねれば、わざわざ自殺の理由を考えたりする手間もいらないしね。
今日は久しぶりのプログラミングゼミ。ということで、朝からプログラムを書いたり部屋を掃除したりとなかなか忙しかった。でも、時間通りに来たのはたったの一人。^^;もう一人、電話で無理矢理呼び出して三人でやることに。あるパズルゲームの答えをコンピュータで求めさせようという話題でいろいろと騒いでいた。でも、どうやらすべてのパターンを当たるとものすごい数になるのだが、答えは一通りではないらしい。うむむ・・・。少し考えてみるか。
自分で言うのもなんだが、最近ちょっとがんばりすぎのような気もする。ばててしまわないように気をつけないと。ていうか、あさってから学校だし・・・。大丈夫なんだろうか・・・。(特に午前中と夕方)結局お勉強の方は、春休み前に考えていた予定の九割ぐらいは進めた。前半の超low paceを考えに入れると、なかなかよく進めたように思う。(目標に届かなかったという考え方をすると、また鬱々になるので。^^;)
どこだったかのHPに「ざりがに度」という言葉があった。最初なんのことだかよく分からなかったのだが、説明によると、ざりがには驚かせると慌てて後ろ向きに逃げるということから、転じて、物事に対する後ろ向きな姿勢の度合いということらしい。きっと自分はこの値がとても高いのだろうなぁ。(って、こういう考え方がいかにもざりがに。)堅い鎧に身を包んで大きなはさみを振り回して、結局後ろ向きと言われる。何とも悲しい性である。(心理学ではこういうのを「防衛的」というらしい。)
昨日問題になっていたC++コンパイラのインストールをした。思った通りC++コンパイラのインストールが失敗していた。例のアップデートパッケージにコンパイラのアップデートも含まれていたのだが、どうも依存関係の自動解消が逆に悪さをして、C++のコンパイラだけが古いバージョンのままになってしまっていたようだ。コマンドラインから無理矢理インストールしてやって一件落着。これでg++も使えるようになった。で、早速昨日のプログラムをコンパイルしてみると、さすがド素人なだけあってエラーが出るわ出るわ。^^;まだ、ポインタがあまりよく理解できていないことを痛感。でも、地道に手直ししていったらちゃんと動くようになった。(^^)v(まだ、背景色とか、文字色とかしか指定できないけど・・・。)でも、BackSpaceってどうやって扱えばいいんだろう?今のままだと、cinをそのまま使っているから、色の名前とか打ち込み間違えるとどうしようもない。^^;それとも、いっそのこと今はやりのgtk+でも使ってGUIアプリにでもしてしまおうか。(無謀すぎ!)
もしかして僕って、単なる鬱じゃなくって躁鬱?ヤバイ・・・。でも、本当に躁だったらこんな事思わないよね。きっと。うんうん。ということでお休みなさい。
今日は、昼間にちょっとプログラムを作った。Linuxも復活した事だしということで、以前から考えていた、Muleの設定ファイルを生成してくれるプログラムを書く事にした。どこか探せば転がっていそうな気もしないでもないが、まぁ、プログラミングの練習ということで。前にscanfに悩まされた思い出があったため(今考えると入力バッファーに\nが残っていただけ?)C++で開発することに。(それだけの理由かい!)だいたいの骨組みを書いてみて、とりあえずコンパイル、と思ったができない。最初ソースファイルに問題があるのかと思ったがどうもそうではないらしい。"installation error"みたいなことを言ってくる。どうもC++コンパイラのインストールがうまく行っていないようだ。(; ;)gccはうまく動いていたから、g++も当然うまく行くと思っていたのだが・・・。そういうものでもないのかぁ。こんな事ならCで書いておけば良かった。あしたはC++コンパイラのインストールし直しだ。
どうでもいいけど、自分ってコンピュータをいじくっているときとそうでないときでまるで人格が違うような気がする。コンピュータをいじくっているときは、多少うまく行かなくても、何とかすればうまく行くんじゃないかって思うことができる。失敗しても全然自己嫌悪に陥らないし。たぶん、対人関係に問題があるんだろうなぁ。人前で失敗したり、その失敗が人に迷惑をかけてしまったりすると、立ち直れないぐらいのダメージを受けてしまう。すこしずつ、人前で失敗する練習もしなくちゃね。
昨日の夜は、じんましんもひどかったこともあってあまり眠れなかった。で、結局今日も朝寝をして睡眠時間を確保。全然ダメだね。ちっとも生活を立て直すことができないまま春休みが終わっていく。こんな事で、これから先どうするんだろうね。でも、今日は天気が良かったので洗濯をして布団も干した。これが今日の唯一の成果かな。(本当は掃除もしなくてはいけなかったんだけど・・・。)
なんだか最近、とても自罰的になっている。さっきもなぜか正座してたし。^^;別に自分と向き合うためじゃない。むしろ逆で、苦しんでいる間は自分と向き合わなくてすむ、みたいなそんな感じがする。精神的な苦痛を肉体的な苦痛によって弁償しているとでも言おうか・・・。結局逃げているだけなんだよね。こんな事したってなんの意味もないのにね。でもどうしても、自分みたいなダメな人間はもっともっと苦しむべきだ、という感覚から抜け出せなくて・・・。だからダメなんだよね。(無限ループ)
今日も母親から電話があった。相変わらず、戻って来いみたいなことばかり言ってくる。それなりに反論はしているのだが、どうも理解できているようには思えない。母親の利益と自分の利益は必ずしも一致しない、ということが、どれだけ説明しても全く理解できないようだ。説明の仕方が下手だとかそういうことではなくて、母親は、母親と自分とは「一心同体」だと思いこんでおり、それを否定されてもそれ以外の自分の有りようというものを全く想像する事ができないのである。困ったものだ。そして、自分の利益しか考えていない自分勝手なことを言いながら「あなたのためを思って。」などとのたまうから手に負えない。本当にどうしたらいいんでしょうねぇ。
こっちだって、今はとてもしんどいんだ。それなのに・・・。本当の気持ちを言うと、母親にすべてを話してそれを受け入れてもらいたい。母親にもっと甘えたい。しかし今の母親は、もしここで自分が弱みを見せれば確実に取って食われる、危険な存在である(供依存)。親を恐れなくてはいけないというのは、子供にとってとても悲しいことのような気もする。(贅沢言い過ぎだね。)
昨日はりきりすぎたせいか、今日はちょっとお疲れモードで、午前中いっぱいごろごろして、午後から病院に行ってきた。予想していたとおり、腎臓の調子はあまり良くないらしい。ほんのちょっとした風邪でもてきめんだね。(この病気は風邪を引くたびに腎臓が壊れていってしまうんです。)というか、尿の色を見ているとだいたい分かるんだよね。潜血がどのくらい出ているかって。(それって潜血の定義に反しているような気が・・・。^^;)そろそろお薬を飲みだしてから一年近くになるので、医者に「本当に効いているのか?」みたいなことを聞いてみた。お答えは「多少は効いているんじゃない?」といった感じ。まだ二、三年はこの治療法で様子を見てみたいとのこと。確か最初の時は「とりあえず半年」とか言ってたような気が・・・。(; ;)二、三年後には今度はどういうことを言ってくれるのかな。
そのあと、本当は学校の図書館でお勉強をするつもりをしていたのだが、運悪く図書館はお休み。これで完全にやる気を失ってしまい、おうちへ帰ってベッドに潜り込んでしまった。で、眠っていたら突然母親から電話。自分が京都に帰ったことをまだ恨んでいるらしい。一通り愚痴を聞いて電話を切った。僕は一体どうすれば良いんでしょうねぇ。腎不全にでもなって、おとなしく母親と供依存に陥ればいいんですかね。
今日はやっと少し元気になったが、まだお勉強をする気にはなれなかったから、懸案となっていたLinuxの再インストールをした。少し以前からTurboLinuxを使っていたのだが、タコのためカーネルのアップデートでドジって、システムが立ち上がらなくなってしまっていたのだ。最近、アップデートパッケージの入ったCD−ROMを手に入れたので、再インストールのついでにこれを使って安全にアップデートもしてしまおうという魂胆だ。
結果的には、カーネル、ネスケなどのアップデートはねらい通りうまく行ったものの、その後気が抜けたのかLILOのアップデートでまたもドジった。ほんの四文字のコマンドを打ち忘れたために、数時間かけてインストールしたLinuxがまたしても起動不能に。一瞬頭から血の気が引いたが、思うところがあって起動ディスクを作成し(実は今まで作っていなかった。^^;)そこから起動。四文字のコマンドを打ち込んで無事復旧。よかったよかった。これで、ネスケでの日本語入力も安心してできるらしい。(^^)
ただ、まだネットワーク関連の設定がてきとーなため、一応ネットにはつながるものの、セキュリティーがどうのこうのという警告が頻発している。^^;早いとこなんとかせねば。(勉強はどこ行ったぁ〜!)
今日の日記は、今までのとかなり雰囲気違うはず。たまにはこういうのもいいでしょ。