藻打瀬網漁1

2002.10.5

 

呼松の藻打瀬網漁は邑久群尻見の漁師が入植してきて、

村の漁師に指導し広まったものである。

明治の初めまでは幼稚な漁法で魚をとっていたが、

この漁法によって豊漁が続き、

漁民は喜び漁船も35隻あまりに増えた。

藻打瀬網は長方形の袋状の網の一番下の部分に

子供の握りこぶしほどの大きさの陶器製のおもり300個を

数珠状にしてつなぎ、

海底に沈め、それを船で引っ張るというもの。

このひとつ260グラムの岩網の調整により漁獲に差がつく。

岩網が重たければ底物のウナギ、カレイ、キス、カニ、タコ、エビなどが入り、

岩網が軽ければ浮遊魚が入る。

港に帰った漁師はお互いに岩網を見せ合い、

漁獲量が上がるように慎重に調整する。

当時の船の推進力は風であった。

船と船の間は約50メートル。

網を引く速さは牛歩ぐらいが最適。

帆の上げ下げで速度を調節するが、

さすがに風の無い日はどうしようもなかった。

その後もますます船は増えて、

村の漁師160人のうち4分の一がこの漁にかかわっていた。

水揚げが風によって左右されるため、

天候と風には敏感であった。

真日和ならば必ず昼間は南風が、

夜には決まったように北風に変わる。

秋になって高梁川から風が吹き出してくるころには、

風の無い凪の日が続く。

ところが、この単純な網にも欠陥がある。

岩網が海底を転がるうちに網本体を巻き込み、

あたかも巻きせんべいごとき状態になり、

網は破れ操業不能となる。

岩巻という現象である。

この巻網には昔から多くの漁師が悩まされたが、

これといって防止策はなかった。

昭和21年、船は機械化され、

網を引く向きも風向きに関係なく引くことができるようになり、

漁獲量も倍増した。