藻打瀬網漁2

 

2002.10.5

 

呼松特有の明治以来の伝統漁法に藻打瀬網漁がある。

その数35隻。

操業方法は袋型の網を海底に沈めたまま、

帆を揚げ風力を利用して網を漕ぐ。

風力は5〜7米のときがもっとも漁がしやすく、

風のない凪の夜は漁獲量が少ない。

獲物はおもに車海老であるが、

藻打瀬網漁は混獲のため、

ウナギをはじめ多くの雑魚も入るので、

網の袋部の目合いは小さく20節を使用していた。

このような風力を使った漁は昭和16年ころまで続けられた。

やがて風力にかわる動力として

機械が導入され、漁獲高も3倍くらいになった。

櫓漕ぎの重労働にかわる機械化は

漁業にとっても漁民にとっても大きな革命であった。

5月の産卵期になると、

東は鳴門海峡、西は豊後水道より、

例年間違いなく大量の回遊魚の鯛やさわらが、

産卵のため内海藻場を探して水島灘藻場へと入り込み、

6月初旬に産卵をはじめる。

1匹の親鯛からの産卵で1万匹あまりの稚魚が産まれる。

8月下旬には体調5センチに成長。

この季節が鯛子の漁獲禁止の期間ということもあり、

藻打瀬網漁でとれた鯛子の稚魚は価値が無く、

再度放流する。

10月中旬になると、体長10センチに成長し、

市場価値が出るころには鯛子は自活し、

成長も早く藻打瀬網漁でとれる数も少なくなる。

11月に入ると、

隣接した備讃瀬戸の深海の岩場へと移動するので、

漁獲はさらに減少し、

12月に入ると水温の低下や高梁川の流水で、

藻中での生息が困難となり、

水島灘の藻場から姿を消し漁獲は激減する。

藻打瀬網漁は昭和30年、

工場誘致による漁場埋め立てにより消滅することになるが、

先祖から伝わる漁業を何とか残したい。

とる漁業から育てる漁業への転換で可能となる。

現在各地で、個人または法人のイケス型の養殖場は数多くあるが、

いずれも魚そのものを育てているが、

私の考える養殖とは、

人工的に藻場を育て、

そこに自然に魚がきて産卵し、

稚魚が育ち、昔のように魚の多い海に戻したいというもの。

野鳥においてはこれに似た事業はすでにあるが、

魚においてはいまだにどこにも無い。

広大な水域と莫大な資金や人材が必要であり、

現実的には不可能に近い。

しかし、最近の備讃瀬戸周辺の漁獲の減少を見るに、

思い切った改革が必要に思う。

それにはまず、岡山と香川の水産試験場の合体。

両試験場の専門技術の交流により、

鯛に限らず養殖可能な魚の産卵、育成、販売と、

一貫した運営により、

将来はそれを観光にも役立て、

一大国営事業として展開できないものかと想像してやまない。

候補地として、潮流の速い日比瀬戸か直島水道が適地と思う。

いずれにせよ、実現には、

両県の公職水産議員と両水産課のご尽力にすがるしかない

老漁民の希望である。