歓の泉酒蔵2002

 

 

まず、ここでお酒が作られるようになったわけ。

その1。

 干拓した福田地区の物資の集散地で、

 特に、年貢米の出し入れが、

 ここ呼松港で行われたということ。

 米に付加価値をつけて商売をするにはうってつけである。

 酒以外に、しょうゆ、みそ、油など、

 加工品業者が呼松に多く起業された。

その2。

 呼松の漁師は冬、漁に出ることが少ない。 

 よって、酒作りに必要な.人手が得やすい。

 かつて、漁は長い間、風任せだった。

 その漁に都合の良い風が冬は吹かない。

 ちなみに、なんとか少しの風でも船を動かせる帆を作りたいと

 布地の研究をはじめたのが「中田テント」。

 

さて、12月8日は呼松鉄人隊で、

21日は教職員代表として蔵のなかを見学させてもらった。

まず、米。

安政6年、岡山市雄町の岸本甚造さんが

大山の牛馬市の田で偶然大粒のもみと背の高い稲を見つけた。

それを持ち帰り、自分の村で作り始めた。

心白が大きく酒米最適であった。

これが「雄町」。

岡山のように、年間通して温暖で、

台風や霜の被害もなく、酸性度の低い土でないと生育しにくい。

一方、「山田錦」は全国各地で栽培可能である。

その他、岡山には「朝日」「アケボノ」といった

超有名な米がとれる農業県なのである。

その米のまわりにあるビタミンやタンパク質をけずる機械。

大吟醸になると、何と35パーセントに精米する。

 

ここで、酒のできるまでを整理。

 

ビールやワインなど一般のアルコールは、

ブドウ糖に酵母を加えることでできる。

酵母というのは、納豆菌と一緒で自然界にあらかじめ存在するもの。

つまり、ぶどうを収穫して、

つぶしてそのままほっておいたらワインになっていたというようなもの。

 

ところが、酒は、米のデンプンをブドウ糖にかえる一行程が必要である。

それを行うのが麹菌。

蒸した米に麹菌をまぜると、

徐々に成長するらしい。

よく酒作りで上半身裸の男たちがコショウの粉を振っているような場面を見るが、

まさにこの時である。

相方の米にも相性があるらしく、

「山田錦」が最高の相手で、細胞全体に麹菌がしみこむらしい。

横坂さんら杜氏は2時間おきに、

麹の成長具合を見る。

酒作りの中で、ここが一番大切なのだそうである。

 

次に、酵母に蒸した米を加えて酒母を作る。

酵母は麹菌がデンプンをブドウ糖にかえた後、

今度はそのブドウ糖を食べて、

アルコールにかえる役目を担っている。

この酵母のよしあしが香りや味わいを左右する。

歓の泉の社長さんの実弟が

東京農大の助教授でこの酵母や酒米の研究をしている。

最近、ナデシコの花からとてもすばらしい酵母がとれたそうだ。

 

できた酒母と麹とさらに蒸した米を何度かに分けて

タンクに仕込む。

この仕込む量や時期がすべて横坂さんに任されている。

「1日たつと味がぜんぜん変わってきます。」

アルコール度は高い。

 

そして、いよいよしぼり。

50パーセント以下の高精白の酒米からできたもろみを

袋に入れてぽたぽたと落ちてくるのを

びんづめしたのが、純米吟醸の「中汲み」。

ジャンボ尾崎や五木ひろしも愛飲。

予約でいっぱいで、なかなか手に入らない。

連続自動絞り機でしぼられる酒もまだ生きている。

「これがしぼりたて。」

炭酸が舌にぴりり。

 

この後、冷やしながらじっくりと熟成させる。