王地権現
天誉住僧が重たい足を運んでいると、
たくさんの若者が大きな材木を運んでいるのが目に入りました。
私以外にもこんな材木を集めた方がおられるのか・・・。
しかし、その材木はどこか見覚えがあります。
気になって、よく見ると、
なんと、「熊野権現再建の材木」と書いてあるではありませんか。
これは、正しく、先日流されていった私の集めた材木。
天誉住僧は首をひねるばかりでした。
いったいどういう事なのか。
というのも、実は・・・・・。
強風にあおられ、波間に消えた材木は、
流れ流されて、呼松の浜に重なり合って打ち寄せられたのでした。
呼松の若者たちは、不思議に思いながら材木をよくよく見ると、
「熊野権現再建の材木」の文字。
これは、焼けた権現様を建て直すための材木に違いない。
「よし、わしらで運ぼうじゃねえか。」
広江や郷内の若者も仲間になり、
みんなで林まで運ぶことになったのでした。
しかし、なにぶん1000本余りの材木です。
いったん仮置き場をつくり、海から引き上げなければなりません。
その仮置き場となったのが、呼松王地権現屋敷です。
石の宝殿が祀られています。

ここは、林の福岡山の神様が、役の小角の弟子の義学たちを
呼んで待ったといわれる場所であります。
福岡山の神様が材木を呼び寄せたのでしょうか。

小学生のとき、よくこの木でせみとりをしたものです。
さて、今は『日本一の熊野神社』との看板がある熊野権現。

我が家もお宮参りはここでした。

焼失前は、これ以上立派だった・・・。
ちょっと想像できないなあ。
