莫大な補償金はどう使われたか。

昭和38年11月12日の山陽新聞から。

 

 

広江団地

 

倉敷市が進めてきた誘致工場の用地買収あっせんは、

このほど完了した川崎製鉄広江団地の買収で

一応ピリオドを打った。

漁業補償、工場、住宅の用地買収など相次いで、

今まで水島地区を中心に倉敷市内で支払われた補償金は、

36年以降でも36億円にのぼっている。

さて、それらの補償金はどう使われたのか・・・・・。

 

36年3月、川崎製鉄水島製鉄所の建設のため、

高梁川干拓連島地区の入植者64名が立ち退くことになって以来、

連島、福田両町の農家を中心に、

水島工業基地建設のため、

地元に支払われた各種補償金は36億円。

内訳をみると、高梁川干拓の入植者64戸に7億円、

高梁川のノリ補償に5億5千万円、

37年には川鉄鶴新田団地買収に9億6千万円、

三菱化成、東京製鉄などの高梁川廃川地内の住宅団地に1億2千万円、

三菱化成広江団地に8千6百万円、

高梁川干拓入植者が移転する亀島新田団地買収に5千万円と相次いだ。

そして今年6月、

三菱化成など3社の工場用地買収で松江地区98戸に

6億6千万円が支払われ、

10月には川鉄弘江団地買収完了で

74人に3億円が支払われることになった。

このほか小さな補償もあって、

総額36億円を越える補償金が農家に入り、

「一夜明ければ利子5千円」の農家も出た。

ところで、これらの補償金はどう使われたか。

用地のあっせん買収を続けた板谷同市民生部長は

「換地の購入3割、預金や株式投資4割、

 家屋の手入れや電気器具など生活近代化に2割が使われ、

 1割は浪費されたろう。」

と見ている。

また福田町農協は

「この3年間に組合員の預金が5億円ぐらい増えたから、

 4億円は補償金がとどまっていると見て良かろう。」

と板谷部長の見方を裏付けている。

中には東京製鉄の用地買収にかかわった農家が、

広江地区の農地を買い、これが三菱化成に買収され、

今度は水島港東岸壁付近を買って値上がりを待つという

「投資」を続ける者もある。

同様に換地を買って相当値上がりし、

利ざやをかせぐ者もある半面、

値上がりを見込んだ農地が値下がりした者もある。

高梁川干拓の入植者64戸のうちには、

興除村に転出して地道に農業を続ける15戸があるし、

一方では投資した株式が暴落した者もある。

会社をつくる、アパートを建てる人もあれば、

「女」へつぎ込んでしまった例、

補償金目当ての家族、親族騒動まで引き起こした例など、

明暗さまざま・・・・・。