呼松という地名のおこり
呼松は、はじめ「呼待」とかかれていたものです。
また、海岸は「呼待の浦」「松ケ浦」とも言われていました。
おこりその1
| 紀州熊野権現の御神体を奉じた船が瀬戸内海を西にむかってすすんでいると、 「おーい。おーい。」と船を呼ぶ声がするので、そのほうを見ると、白髪の老人が、 大きな斧を持ち右手に巻物を持って岩の上から「その船は熊野権現の神様でしょ う。私はこの山の向こうの林(郷内)に住んでいる福岡の神です。どうぞこちらにお いでください。」と何度も呼んだそうです。 このように、福岡の神が熊野の神霊を呼松の地で『呼び待った』ので「呼待」と言 われるようになりました。 (熊野権現縁起書による。) |
船を着けたいう王地の権現様
おこりその2
| 後鳥羽天皇の第三皇子の頼仁親王が承久の乱に敗れ、備前児島に配流のおり、 王島(呼松の対岸、今の王島山)の地に着かれ、王島が小島で不便だったので村 人が親王を迎えられたので「呼び待つ」と言われるようになりました。 |
おこりその3
| 呼松の王地に一本の大松があり、その松の木の上から親王をお呼びしたので「呼 松」と言われるようになりました。 |
いずれにせよ、児島や水島、連島、羽島、早島、玉島、亀島がその名のとおり、
島だった頃の話。