よく来た興行
大正の初め、ともさんが子どもの頃、
活動写真が来るようになった。
まず、町内を音楽隊がまわる。
珍しいので、子ども達が後につづく。
所々で興行の案内をする。
夜が待ち遠しい。
子どもは5銭。
まず、天然の美の音楽で始まり、
風景物がガス燈で上映される。
つづいて現代物が数人の弁士によって進められる。
最後は時代劇になり、
目玉の松ちゃんこと尾上松之助の忍術物で終わ.る。
その他にも、
天秤棒で両方の箱に人形を乗せて芸をさせた
人形浄瑠璃。
獅子頭をかぶり、もう一人の肩の上に乗り芸をした
大神楽。
本物の熊を乗せてきた
熊の肝売り。
猿まわしに手品師。
正露丸売りに石鹸の実演販売。
大相撲の他にもいろいろ旅芸人がきたらしい。
さて、某理髪店の親父さんが神戸に理髪の修行に行っていたときの事。
お化け屋敷の興行があったので、一人で出かけた。
岡山から出てきたので、仲間がいない。
お化け屋敷の人形はよくできていた。
なかなかの物じゃあねえか。
感心していると、なんと、生きた女のお化けが出てきた。
驚く親父さんに向かって、
「〇〇さん。」
自分の名前を呼ぶお化けの女。
さすがに、これには腰を抜かした親父さん。
なおも女は親しそうに手招きする。
「まあ、奥に入ってお茶でも飲んでいきんさい。」
御影供で西日本の評判を一人占めしたデコ初さんは、
郵便局をやめ、作ったデコ(人形)で興行を始めていた。
呼松に興行が来るばかりでなく、呼松から全国へ。
神戸でお化け屋敷をしていたところ、
デコ(人形)の数が足りず、しかたなしに嫁さんにお化け役を頼んだ。
デコ初さんは、デコ(人形)の髪を植えてもらいに、
よく親父さんのおふくろさん(髪結い)に頼みに行っていた。
それもあって、デコ初さん夫妻と親父さんとは顔見知りの仲。
神戸に来て、知ってる顔に会えて、
嫁さんは、本当に懐かしくお茶に誘った。
自分がお化けの姿をしていることを忘れて。
嫁さん、親愛の情を浮かべた分だけ
親父さんには恐怖だったろう。