過去の農具・水車

 

呼松は山からすぐ海になっており,

魚とは昔から付き合いが深いが,

水田はないので農業に関しては縁が薄い。

しかし、産婆から医院、身の回りの物ほとんど、墓石まで、

何でもそろえる事ができた。

米作りに使う農具の水車も

呼松が製作地であったらしく,

遠くから買い付けにきていた。

製作者は,水尻の海津の彦さん,

南町の海津蔦吉さん,

小南の田中富太郎さんの3名で,

とても評判がよく,作るのにおわれていた。

総桧造りで製作者の住所氏名も書かれていた。

 

この水車は小川に取り付けられ,

2本の棒の柄につかまり,

水車の羽根を踏むと,

回って水が田に上がっていった。

朝の涼しい時分に踏む人が多かった。

日中の暑いときには、雨傘を棒にくくり

日よけにして踏んでいた。

よくドライブインなどで飾られているが,

農業用発動機ができてからは,

過去の農具となってしまった。

suisya.jpg (13222 バイト)(江戸時代の水車)