六口島の馬

 

ともさんの少年の頃の漁師は,

ドンザといってすその短い筒袖の着物を着ていた。

寒い頃は綿入れであった。

1色の柄はよいほうで,

たいていは23の切れで仕立てられていて,

下着のズボンのすそは,

ハセかひもでくくられていた。

この頃の大人は6尺(約2メートル)の

白布のまわしをつけていた。

2・3本しかなく,

1本はよそ行きであった。

漁師はせんたくするとズボンをはかないで,

丸腰であった。

すそが短いため,しゃがむとつい下の方が見えた。

すると,

「六口島の馬か。」

と仲間から冷やかされた。

馬は丸腰で,これにたとえた戯れの言葉であったが,

今は誰も使わなくなった。

 

さて,この六口島の馬は,池田藩が天城に命じて,

この島で名馬を作るため馬を放牧していた。

これは,有名な宇治川の先陣争いをした

佐々木高綱の馬「池月」が海獣(アシカ)と交配して

産まれたのでよく泳いだということわざから

ひっとしたら名馬ができないかという

変な野心からやっていたらしい。

 

また、この島の西海岸に天然記念物の象岩がある。

高さ約8メートル、江戸時代から奇岩として有名であった。

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この付近の海底からは、

漁師の網にナウマン象の化石がかかるらしい。