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笹沖の足高山
江戸の昔、大阪の呉服商の近江屋三郎が、 番頭に使い込みをされて店がつぶれ、 一家離散となった。 三郎は、疲れた身体と心にむち打って、 西の国でもう一度がんばることにした。 大阪を発って三日たち、 ここ倉敷笹沖についたころは、もう日が暮れかかっていた。 さて、ここからどちらに向かおうか。 三郎はちょうど分かれ道に道しるべがあるのに気がついた。 「北くらし」 「西つらし」 せっかくここまでがんばってきたのに、 「北に行ったら暗いことがある。 かといって、西に行ったらつらいことがある。 ああ、もうだめだ。」 と自ら命を絶つ決心をしてしまった。 足高山に登り、首をつる適当な松の木を探していると、 お坊さんが声をかけてきた。 「わしゃ、死人の世話をする者じゃが、 よかったら、事情を話してくれんかの。」 三郎が道しるべのことを言うと、 お坊さんは腹を抱えて笑い出した。 だんなさんを連れてお坊さんは山をおりて、道しるべの前に立った。 「だんなさんよ。その落ち葉をのけてみられ。」 三郎が道しるべの下にたまった落ち葉を払いのけてみると、 「北くらしき」 「西つらじま」 とあるではないか。 お坊さんは、続けて言った。 「一度しかない人生、悪く悪く考えてはいかん。 肝心なのは気持ちの持ちようじゃ。 つらじまの南には、 福を呼んで待つという『福田 呼松』というところもある。 みんな幸せにくらしとる。 な、元気を出してがんばってみられ。」 三郎は、涙を流してお坊さんにお礼を言い、 それから、文字通り死んだ気でがんばった。 店を再建し、家族を呼び寄せ、 お坊さんにもお礼参りをし、しあわせにくらしたそうな。 また、間違える人がいないように、今度は漢字で、 「西連じま」という道しるべをつくった。
現存するのがそれである。
足高山には県営団地と、一番上に公園と足高神社がある。
いつもにぎやかで、お参りの人が絶えない。
神社の中に車の祈祷場があるのには驚くが、 土俵があるのには驚かない。
地中に潜んでいる魑魅魍魎をこらしめるために、 空中高く足を上げて地面を踏みしめるしこ。 また、それをするのは、一番強い者。 しめ飾りを腰に巻いた者、つまり、横綱の役目。
足高山の北には倉敷市役所が見える。 この北の斜面には、 地元の葦高小学校6年生の植えた桜がある。 第1回目を植えた6年生は、 2002年春、大学を卒業して社会人となる。
ここから、近江屋三郎は足高山に登ったのであろう。 この日は、倉敷商業高校野球部がつらい階段のぼりをしていた。
三郎のように死んだ気でがんばれば、 甲子園で活躍できるぞ。
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